人は考える生き物である。新時代の異端はそう言った。

ぐりーなー

世界は偶像が好き 前

人は変わった。いや、進化した。

そう言った方が彼らは喜ぶだろう。

我らが始まり、神による寵愛か、激励か。

授かった。

名をイーヴァ。神の付けた名で意味は恩恵と言うらしい。

イーヴァは未来を個人で切り開く力。俗にいう超能力だ。

人は浮遊し、巨大化し、力を増幅させ、人の傷を癒す。

いや。人ではないか。

彼らは自身を神子しんじと呼ぶ。

今では人は力も持たない出来損ないと言うレッテルの張られた差別用語だ。

まだ十数年前の話。

途端に態度を変え、人を罵る彼らは自分の過去を強く侮辱している。

ずっと人であり、人で満足し、人で事足りる生活をしていた筈なのに、何をまだ求めるのだろうか。当たり前のレベルが高くなれば前のシステムに満足できなくなる彼らを見ているとそれが本当に進化なのか進歩なのか分からない。

便利とは時に人の知能を奪っている気がする。

まあこれも人の嫉妬と言われてしまうのだろうな。

この世のシステムに疑問は絶えない。

まあ、どっちでもいい。

生きる価値もないと言われる俺には到底関係のない話だから。





空気は暖く、風は冷たい。

そんな春。

中学校の卒業式を迎えた。

自分は誰よりも先に校舎を出て校門前のロータリーに来ていた。

「卒業おめでとう。誰の役にも立れない雑魚で足手纏いな那由多なゆた君?」

しかしそこには先客が三人居た。学ランを着崩して格好つけているお年頃の男達。

どうやら俺を待っていた様だ。

あ、てか俺の自己紹介を忘れてたな。

俺の名前は那由 多由羅なゆた ゆら。身長は百七十六センチ。ここ一年で三センチ伸びました。スタイルは良い方だと自負しているよ。ただ顔には自信がないかな。黒髪で目立たないし、ボサボサの髪型もあまり良くないかもね。つーわけで、中が関の山じゃないか?周りはビジュはいいのにと言ってくれるが俺はそんなの信じない。俺の顔がいいはずないだろ!馬鹿野郎!

「おい!無視すんなよ!」

「あ!ごめん!いること忘れてた!」

「この距離感でっ!?…くそっ!いちいち言動が頭にくる奴だぜ!」

「むかつきやすいだけじゃないの?表面上のプライド取っ払ったら?」

「はいー!そう言うとこ!俺はなァ、許せねぇんだよ。ザコいくせに口だけ一丁前で調子乗ってる奴がよォ。その上、学年一位のやつと友達だぁ?いや、それだけじゃねぇ……。学校で指折りの力を持つ神子しんじと仲良くしやがってよぉ」

「何?嫉妬?人間如きに?ダッサイなぁ」

「はい!カッチーン!今日はその取り巻きも居ねぇ様だし?最後にお前をボコボコにしてスッキリ卒業させてもらうぜ!」

「お前…それ…。自分があいつらに敵わないって言ってる様なもんじゃん。人間の俺にしか優位性を生み出すことできないお前らって…うう…」

「哀れみを向けるなっ!俺たちは可哀想な奴じゃないんだよっ!」

「お前らは可哀想な奴らだよ!」

「ええっ!?断定っ!?もう知らないからな!謝っても許してやんないからな!」

「許すも何も事実しか言ってないんだg「うらぁっ!」」

どうやら堪忍袋の尾が切れたようで、言葉より先に拳が顔面目掛けて飛んできた。

(…あっ。あー)

このブサイクな拳…思い出した。

同じクラスの人だ。

入学式の時も同じ絡まれ方をしたな。

それで———

「はいはいー。そこまでだ。由羅を倒したいってんなら親友であるこの俺を倒していけ!」

こんな感じで、どこからか俺の前に颯爽と現れて、ブサイクな拳を掌で受け止めたんだ。

あの頃は涙と鼻水なんて垂れ流して居なかったが。

「おっ。これ入学式を思い出すな゛ぁ゛」

「泣くな、喋んな」

「辛辣っ!?」

俺を親友と言う男は千田 智尋せんだ ちひろ。一年から三年まで同じクラスだっただ。

金髪、高身長と良く目立つ。モデルみたいな体型に整った顔とザ・イケメンだから更に目立つ。

ただ、「喋らなきゃ最高なのにね」と女子から良く残念がられていた童貞だ。

「そ、そうですね」

「なんだよ。水臭いなー。最後くらい別れの挨拶ちゃんとしようぜ」

同級生の男は腕を掴まれ冷や汗を掻く。

「またボッコボコにして欲しいか?」

流石、学一。凄味がある。

「い、いえ!すみませんでしたぁー!」

「おーい。俺じゃなく由羅に謝れー」

拳を引いて、汗を散らしながらせわしなく逃げていく三人に智尋は手を振り別れを告げた。

「つーか、由羅!お前なんで先行っちゃうんだよ!コレが最後かもしれな゛い゛の゛に゛ぃ゛!」

「その気持ち悪い顔面拭けよ」

「せめて、涙拭けって言って!?」

「ほんと、なんで先行っちゃうかなぁ」

「天音」

雨音 天音あまおと あまね。彼女もまた大天才であり清楚系大美少女。

黒髪ロング、ド真面目生徒会長を知らない奴はこの学校にはいないだろう。

「まてまて、なんで俺を囲うんだよ。今生の別れって訳でもないだろ?」

それから続々と優秀で有名と言われている縁あって友達となった奴らが群がってきた。

「似た様なもんだろ…。お前とは…」

「まあ、住む世界が違うからな。人と神子しんじじゃ。会える頻度も減るのは仕方ないだろ。って、そんな全員揃って泣くなよ。…気持ち悪ッ!」

「酷っ!ここは『俺も泣きそうになるだろ……グスン』って台詞が欲しかった」

「そんなの由羅君に求めたって無駄だよね〜。でも…ほんと…悲しいな…」

今まで泣いた所どころか、苦しい姿さえ見せない天音の声が震えている。

彼らを見ているとどうしても、人を批判する神子が頭に浮かぶ。

神子同士でこうも見方が違うのは、社会が作り上げた価値観とルールを自分の『価値観』としているか、これまで自分で見て学んで考え培った全てを自分の『価値観』としているか、の違いなんだろうな。

もっとざっくばらんに言えば、俺を人間として捉えるか個人として捉えるかの違いだろう。

後者は壁がない。世間の評価なんて気にしないし興味もないから。

自分を見つめて自分を正し、努力する。自分は自分、人は人として、自分の足りない部分も自分が人よりも劣っている所も良く知っている。

だから彼らは強いし優秀で、驕らず誰にでも分け隔てない。

それは、俺を俺として見てくれている証拠だった。

(…俺の何がいいんだか)

「ま、ありがとうな。お前らが居てくれたおかげで楽しかったし幸せだったよ」

だから最後くらいは照れ隠す事なく笑顔で感謝をしよう。

それが人間の俺にできる精一杯だ。

「ゆ、由羅が…」

「あ、あの由羅君が…!」

「「デレた!」」

「うわーん、最後にそれはずるいよぉ。私も由羅君と居れて楽しかったよぉ」

「おま!まじか!おま!うぉおおおおおん。それ最後にずるいって!まじ俺の体内の水分全部飛んでいきそうなんだが!?」

俺のその言葉と笑顔が彼らを更に感極ませる。

「あ、悪い。用事あるから行くわ」

俺は全然そんなことないけど。

「感動の余韻っ!」

「出た!由羅君の私たち置いてけぼり!」

「いや、まじで時間ないんだって!」

「分ぁったよ。頑張れよ」

「一番頑張んのはお前だよ」

「じゃあまた。会えたらいいね」

「おう。元気でな」

最後は何時もと同じ様に。

友達の涙を背中に俺は向かう。

面接に。






今日は卒業式。更には面接日だった。

高校への願書は全て受理されず。働くにしても、社員どころかアルバイトすら神子である事が前提条件だった。

そんな人間を排他する世の中で唯一面接を受けさせてくれる個人事業主が居た。

しかも名指しで。

怖すぎ。

けれどこれが俺に残された未来を生きる唯一の道。

だから面接を受けた。

拷問や人体実験という最悪なケースを覚悟して。

という訳でスマホ案内片手に到着したのは全面ガラス張りの高層ビルだった。

見上げると首が痛い。

この高級感。逆に怪しさが増す。

ただビルの中とは言われていない。待ち合わせはこのビルの前と聞かされているからな。

ビルの中だったら黒、他でもやっぱり黒は黒か?

待ち合わせの15分前。

この余裕が気持ちを騒がせ、無駄な思考を促す。

だからこんな事をしてしまったのだろう。

俺の胸ポケットには赤い造花が一輪刺さっている事に気づいてしまったんだ。

しかし、そのまま面接を迎えるのはどうだろう。あまり良い印象は受けないよな。

鞄に突っ込めば確実に造花はポッキンアイスの様に真っ二つ。いや、中に入っている道具達にいじめられて更に酷い状態になるかもしれない。

鞄には入れられない。ポケットも同様…。

じゃあどうすんの?

(はっ!地面に造化を活ければ街がオシャレになるんじゃね!天才か!俺!)

胸ポケットに入った真っ赤な花をそっと地面に刺す。

(いや待て!コレ変なイタい奴じゃない?)

そして、気づいた時には遅かった。

余裕は焦りに変わり、周囲の目線が気になりに気になった。

「あのー」

奇行を致した俺に話しかける影が。

恐る恐る後ろを振り向くと、満面の笑みをしたスーツ姿のスマートサラリーマンが立っていた。

(……………怖っ!!)

満面の笑みに悪寒がする。

それは俺が今から連行されると考えているからなのか、この笑みが偽りであると考えているからなのか、彼が俺と同じ変人だからなのか。

いや、全部。

ヤバい俺に言葉をかけるヤバい人であり、心が笑ってない表面的な笑顔であり、今から俺を連行するつもりだからだ。

何故本心で笑ってないか分かるかって?

直感。

「貴方は以前待ち合わせをしたー…」

(あっ。違う。直感違う。面接官の人だった。恥ずかし///)

「あっ、すみません」

「おや?違うので?」

「ああ!いえ!違いませんよ。待ち合わせの方で合ってます」

「ははは!面白い子だな!」

いえ、ただの狂人です。

誰がこんな奴を採用するんだ。いや、だから採用するのか?

俺指定面接だし、気にしていないのか?

頭でぐるぐると考えても仕方のない事。けれど俺の思考は止まらない。

取り敢えず、挨拶を済ませこれからどこに行くのかと尋ねてみた。

「ん?この目の前のビルだよ?」

はい黒。

俺の人生終ー了ー。

まじでこのビルだったよ。どうするよ。いやどうするもこうするもないけど。

いや、よく考えたら別にいいか。

人間に将来なんて無いも同然なんだから。

「よろしくお願いします!」

最後くらいは元気で。

「お。いい返事。やる気がある子はそうそういないから私、嬉しいよ」

(…面接ってやる気のある子しかいないんじゃないの?あれぇ?)

そんなこんなでビルの中に入った訳だが、貴賓溢れる空間に開いた口が塞がらず口内がカッサカサになった。

シャンデリアにモダンなカーペット。フッカフカの黒いソファとシックな木の小机がいくつも並んでいる。

高級ブランドで統一された待合室。

待合に量産する様なものではないだろうし、一つくれ。

「どうぞ。こちらへ」

面接官は気づけば突き当たりにあるエレベーターで待っていた。

薄暗い雰囲気だ。言い方を変えればムーディーである。オシャレだね。

「はい…」

俺は早歩きでエレベーターに向かい、乗り込んだ。

男の人がそれを見て扉横のボタンを押すとエレベーターは下降する。

(上…じゃ無いのか…)

見晴らしのいい景色を考えていたから少しシュンとしてしまった。

設置された液晶ディスプレイをボーッと見ていると、B1-B2-B3と数字が増えていく。

(下に下がっているのに。数字は上がるんだよな。はは!おもろ!……面白くねぇわ!!)

B7で数字は止まり「ドアが開きます」のアナウンス通りに扉は開いた。

(なっがい廊下)

「ここでお待ちください」

面接官はニコニコと笑みを浮かべたまま廊下での待機を指示し、スタスタと歩いて行ってしまった。

(待合室と同じ建物とは思えないな)

高級感はどこへやら。

ボロボロで緑色のリノリウムの床。ソファはパイプ椅子となり、シャンデリアは剥き出しでキレかけの電球に変わっていた。

ある意味ムードがある。

ただこの方が俺にとっては安心する。

人間扱いされてるって感じ。俺はドMか?

にしても気になるのは俺以外に人がいる事だ。

しかも、数名どころか数十名。

(俺以外にも面接受けにくる人いるんだな)

名指し、手書きのあの募集書をクッシャクシャに丸めて捨てないなんて、予想外だ。

いや、待て。

(格好ラフすぎないか?本当に面接か?これ)

パイプ椅子に座る人間を次々と見てふと思う。

エレベーターを降りて一番手前の人はパーカー。その隣は口にピアス、その隣にはへそにピアス、対面に金髪サングラス、その隣には乳首ピアス、その隣は半裸、その隣はトレンチコートのおっさん、その隣は全裸。

…………………全裸?

(アウトォッ!ただの露出狂ォ!なんでだんだん肌けていくシステムなのぉ!?)

やばい変なやつしかいねぇ!

いや逆に、制服姿の俺が一番おかしいんじゃ無いか!?

1人ずつ見てツッコミを入れていくと一人変わった子がいた。いや、逆に普通の子だった。

しかも見覚えのある子だ。

パイプ椅子ではなく車椅子に座るピンクいツインテールをした女の子。

胸ポケットにはひしゃげた一本の造花。

(花ァ…)

その造花は俺が先程羞恥と共に周知に晒したお花と一緒。

つまりは同級生だった。

小柄で顔の整った色白の少女。

彼女は晴瀬 花奈はるせ はな

有名人だ。

車椅子での生活を強いられている子は彼女しかいないしな。

美少女で、車椅子だから、という事以外に、彼女を有名にしたのは寄ってきた神子全員に放つ近寄るなオーラだ。見えなくとも顔と雰囲気で分からせる程のそれは神子に恐れられている。

俺は人のオーラがなんとなく見えるから、彼女が人に接して欲しく無いのは特によく知っている。

ただ彼女がいる事でここが面接会場というのが尚更懐疑的になった。

と言うのも彼女は神子のみが扱える力、イーヴァの持ち主。

つまり面接は人である事が前提条件じゃ無い訳だ。

神子が居るところにわざわざ人を呼び出すことは無い。人が出来ることが神子が出来ない筈がないからな。

拷問…人間実験…試薬とか…?

いや、神子相手。しかも、晴瀬という大物に対してそれは無い。

(まじで謎)

ここはなんなのだろうか。

取り敢えず面接じゃ無いことは明らかだ。

上戻って…。

しかし。

「大変長らくお待たせ致しました。足元に気をつけながら、私の後について来てください!」

(うおっ!えっ!?)

俺が踵を返しビルを出ようとするのと同時に、顔面ニコニコ男に声をかけられた。

そして、丁度エレベーターから降りて来た人間に体を押されそのままズルズルと奥に連れ込まれるのだった。







バタンと音がしてどこかの部屋に入ったのが分かる。

音の反響的に並大抵の大きさじゃ無いだろう。それはもう、どこかの工場並みの広さくらい。

(?なんか一番奥にでっかい像見たいなのが…ある?)

しかし鮮明には分からない。

薄暗くて目を細めてもよく見えないのだ。

思えば顔面ニコニコ男の姿も声も聞こえない。


『本日はお集まり頂き誠に有難うございます』


今の嘘。

上を見上げたら居た。

天井近くに出窓が一つ。

そこから光がこぼれている。中にはマイクや放送用の機材が沢山だ。

そこに居た。

男がマイクに向かって話すと設置されたスピーカーを通りこの部屋に響渡る。


『では、始めてください』


………なにをっ!?

キョロキョロと挙動不審で落ち着きのない俺を無視して周りの人間達は二人一組で向き合った。


「クソがっ!」「消えろっ!!」


そして始まったのは唐突な罵倒合戦だった。

……………………は?

驚き過ぎて声も出ない。

向かい合って急な罵詈雑言フェスティバル。神輿みこしかつぐ男くらいの大音量で俺の眉間に皺がよる。

手を出さないのは彼らなりのわきまえか?

いや、今気になるのはそこじゃない。

俺の心がざわつくと言うか、モヤモヤすると言うか、高鳴ると言うか。

昔から何か不吉な事が起こる前兆に大体こうなる。

その感覚はほぼ確実に当たるから嫌だ。

更に拍車をかける様、俺の目が人々のオーラ的なものを捉えた。

霊や謎のもやだったり、人のオーラ的なものが見える時は必ず良くも悪くも大きな事が起こる。

オーラは青、紫、赤と人によって色が違い、怒りのボルテージや言葉の強さに伴い膨れ上がる。

それはいつも通り。ただ、オーラの流れはいつも通りを逆らった。

普段ならオーラは、発した対象に流れたり、当人が纏っている感じだ。

しかし、今回に限っては、煙を吸う吸煙器と同じで全てのオーラが一点に吸い寄せられていた。

集中する先は俺がこの部屋に入った時、一番初めに目に入った不鮮明な巨大な塊だった。

(何が起こるんだ)

更にハラハラする心。


「貴方は言葉で私を貶さないの?」


その一言にそう言えばとハッとした。

俺に罵詈雑言が飛んでこない。

俺と二人一組を組んだ相手は誰なのか。

目線を下にやって、対面していたのが車椅子に座った彼女 晴瀬 花奈 だった事を知った。

「那由多君がここにいるなんて…意外と言うか、残念」

俺も意外だった。

「よく俺のこと知ってたな。接点も殆どないのに」

誰にも興味がない彼女が俺を知っているなんて。

「ま、まあ!唯一の人間だったし…私にとって貴方は、って何を言わせる気!?」

「自分で墓穴掘りかけてただけだけどな」

更に意外なのは鉄面皮の姿しか見せてこなかった彼女が焦った一面を出した事だ。

顔まで赤くして。

「にしても本当…貴方が宗教団体に入団するなんて。貴方の考えは素敵だと思ってたのに。そんなものに頼っては…ダメだよ……」

…俺の考えがなんだって?ボソボソと小さい声であまりよく聞こえない。

いや、待て。今なんて言った。

「宗教…団体…?」

「…?ええ」

『ええ』?肯定の『ええ』?ですか?

「え?」

「え?」

「……」

「……」

沈黙の間に分かったのは、彼女が可愛いという事とここが宗教団体の関連施設だという事。

(………………マジでか)

「まさか那由多君…。知らずに…?」

「うん!」

恐る恐る伺う晴瀬に元気いっぱい頷いた。

「入信は…」

「する様な人間に見えるか?」

「え…じゃあなんでここにいるの!?」

ごもっともで。

「面接だ」

「はっ!?」

「面接でここに来たんだ」

「入信じゃなく面接?…はっ!?」

彼女には理解が難しかった様だ。いや、俺のせいだけれども。

情緒が乱れている晴瀬。どれも新鮮で面白い。

「悪い。説明が抜けてたな。面接の約束をしててな、ビル前で待ち合わせだったんだが、あそこのニコニコした男が造花を地面に活けてる俺に話しかけてきてさ」

「待って。何その状況」

「だよねー」

そんな引いた目で俺を見ないでくれ。確かに俺が悪いけど!!

「えっと、その…つまりニコニコ男が面接官だと思ってついて来ちゃったと」

「そうそう。パイプ椅子に座る前にやっと気づいてさー。もう手遅れよ。あっはっはっ」

「あっはっはっー」

「あははははー」

「ヘラヘラし過ぎっ!」

「はいっ!」

彼女のノリツッコミの様な叱咤に俺の体は勝手に背筋を伸ばす。

「…大変な事になってるね」

「ねー」

「由羅君!!」

「すみません!…因みにここってどう言う信仰心が働いてんの?イカれてない?」

「由羅君と同じくらいね」

おっと、心に傷が。

その後、彼女は懇切丁寧に現状と宗教について教えてくれた。

ただ、今は怒号の時間だからと訳の分からない事をのたまって、怒りながら教えてくれた。面白かった。

因みに要約するとーー

このビルの地下7階だけが宗教団体の施設だそう。

彼らが今罵倒し合っているのには当然宗教上の理由があって、それを話すにはまず、この宗教団体が何を方針に動いているのかを知る必要がある。

彼らは天国へ行く事を最終目標に活動しているらしい。

その為に必要なのが怒りの発散だと言う。

元来マイナスなであったり、嫉妬、怒り、ストレスなどの負の感情とされるモノを心に溜め込んでいる人間は死んだ時、地獄に落ちると言われていた。

それは逆を言えば、マイナスがなければ天国には安心していけると言う事だ。

俺から言わせれば地獄も天国も見た事ない奴が何言ってんだって話なんだが。

まあ、それは置いておいて。

この世で溜まりに溜まったストレスや怒りをここで発散し、清らかな体で天国に行こうと言う考え方。

普通に考えて暴言を吐いてる人間が天国に行けるとは思えないけどな。

(…こいつらマジでやりたい放題だな。都合が悪いと見えないモノを否定して、徳があると分かれば勝手に信じて)

彼女がここにいる理由については思創師しそうしがなんたらとか聞いたことのない職業と言葉を巧みに使われ、全く分からなかった。

ただ、天国に行くというのは表向きの理由だそうだ。本当の企みは怒りの力を偶像に注ぎ、稼動させ、神子を破滅させる事らしい。

人間の復讐。だいぶ深い禍根があのニコニコ男にはあるらしい。

しかし、怒りの力で偶像を動かすって本当に出来るのか?

いや出来るのだろう。なんせ人は言葉や感情で人を病気にさせるくらいなのだから。

それに俺は目視で確認してただろ。人間の湧き立つ感情のオーラが一点に吸収されている所を。

しかしあのでっかい像が動くとなると…足で踏まれただけでお陀仏だ。

「もしかして今やばい?」

「私の焦りが全てよ!」

そう言う事らしい。

「……」

「……」

顔かわいっ!

見合ってよくわかる彼女の顔の良さ。表情があるのも相待っていつも以上に美少女だった。

と言うか今日は近寄るなオーラは出さないのか。

「…なんでそんな堂々としてるの?」

「ん?晴瀬さんが可愛いのと」

「ん?私ブスじゃない?」

「それ、周りの女の子に言うとぶっ殺されるからやめた方がいいよ」

「ぇえっ!?」

まさかマジでそう思ってたのかというデカいリアクション。

「私無愛想だよね!?」

「その自覚はあったんかい」

「いや、本当なんでそんなに焦らないの?だいぶ危険な状況よ?」

「いや、もう焦ってもねぇ?人間が地球上で敵うものなんて一つもないんだから死が来たらその時だって受け入れるべきじゃない?」

「悟るの早過ぎよ。でもその考えは嫌いじゃないわ」

「ありがとう」

「素直!……そんな考えのな貴方だからだ私は生かしたい。私はこいつらを殲滅したい」

「…へ?」

最後なんて言ったの?怖いこと言ってない?殺戮になるの?

じゅうごさい。こわい。

「車椅子を押してくれる?」

「あ、はい」

彼女はくるっと車椅子を回して、俺に背を向けた。

俺は彼女の指示に従って俺に向けられた車椅子の手押しハンドルを握る。

「ありがと」


『そこ!何をやっているのです!』


途端、スピーカーがハウリングするほどのボリュームで俺の耳を叩いた。

彼女はなんの反応もしない。

信者は怒号を止め、全員がこちらを向いた。

(えぇ…怖っ!目イッちゃてるじゃん)

催眠にかかっているかの様な精気のない瞳。

…これのどこが澄んだ人間なんだ!

「何をやっているのかって?直ぐにでも教えてあげる。…ほら」

晴瀬がいつもの晴瀬だった。

クラスメイトを蔑んだ目で見る学校での彼女。真っ赤なオーラで壁を作って憎悪をお腹に隠す。慌てる事が無ければ冷静で、感情が無ければ冷淡だ。

晴瀬は何かを押し殺している。

いつもその苦しさが伝わってくる。今日もまた。

彼女は一息吐いて目を瞑る。

俺が瞬きをしている間に彼女は車椅子から姿を消していた。

左右を見渡してもいない。

(上か…!)

そう思い上を見上げると………………。

ありがたやぁ、ありがたやぁ。

パンツ覗きの神が俺に良い夢を見せてくれた。

彼女は俺の真上で浮いていた。

そんな状態で上を見上げたもんだから、そりゃ良いものも見せてもらったって話。

(有難きパンツの幸せ…)

がん開きの眼で一つの瞬きもせず脳裏に焼き付けている途中、さっとスカートを折りたたんで隠されてしまった。

(ッ!!くそ…!クソォ……くそォッ!!!!!!)

地面に拳を叩きたい気分だった。

真上から覗いてるから気づかれるはずはないだろうに、どこからか嗅ぎつけた晴瀬はパンツを隠した後、くるっと回りながら俺の方を向いて、人差し指を俺の胸あたりに刺した。

目を瞑っているのにどうして。

いや、そこも気になるのだが、それよりも気になるのは、真上にいたりくるっと回転したりと浮遊して自由に移動している姿。

これが彼女のイーヴァ?

いや、見た事ないぞ。彼女が車椅子を降りる姿も浮遊する姿も。

「…?」

(あれ。開かない)

目を閉じて考えていた数秒後、目を開けようと思ったが目が開かなかった。

意識はあった。立っている感覚もある。

どうやら瞼が重いだけの様だ。

重いだけと言っても瞬間接着剤で付けられたくらいには開かない。

彼女の仕業だろう。

しかしそんな事、俺からしたら取るに足らず!

俺が目を瞑った事に安心した晴瀬がまた桃源郷を見せてくれるかもしれない。

どれだけ痛みを伴おうと俺は瞼を開けるのを諦めない。

そんな俺の気持ちが通じたのかほんの薄っすらだが、目が開いてくれた。

(……神よ!)

「…ほぇ?」

やば、あざと可愛い俺が出ちゃった。

これは俺が本当に驚きを隠せない時に出る声だ。

それはパンツよりも…無い事は無いと言うか、彼女が車椅子に戻ってる!?

「俺の努力は!?」

「那由多君?何言ってるの?」

「晴瀬は可愛いなって話」

「嬉しいわ。ありがとう。じゃなくて、なんで目……開けられるの?」

「あれ?本当だ!」

「…気付かなかったの?」

いつのまにか開眼してる。

車椅子の彼女を二度見するくらい驚いてその前の驚きを忘れていた。

俺が先に驚いたのは、床に気持ちよくお眠りしていた全信者達の姿を見てだ。

それだけだ!

ただ、窓越しのおっさん達は無事な様だ。

「これって、晴瀬の力だよな?」

「うん。でも、イーヴァじゃないよ」

「えっ?そうなの?」

「私は人だよ。私の力は起源からの借り物」

「起源?」

「この世の全てを構成する素粒子よ。私に必要な力と想いを創造してくれるの」

「素粒子か。なるほどな」

「理解するのね!?」

「まあ、素粒子が全てを造っているのだとしたら、形どころか感情も空気も作っているだろうし、素粒子を基に自分のしたい様表現出来るなら、可能かー…ってさ」

「ほー…」

「なんだよ」

「いや、凄いなって」

「人間だから考える事多いしな。ただ簡単じゃないよな。感情なら表現の仕方も感覚で分かるけど、素粒子って名前はあるにしろ、完全に見えないし、無から有を生み出す方法も分からないし、やれるって確証もないから完全に直感と思考だけじゃん。ああ!だから思創師か!っとおお!悪い自分の世界に入ってたわ」

「ふふふりやっぱり貴方の考えは最高ね」


『なにをしたぁっ!』


「「おっそ」」

そんな和やかな雰囲気で話しているところを見て窓越しの唖然としていた男がやっと指摘した。

気持ち悪いほど張り付いていた笑顔はどこへ行ったのか。

「私の想いがこの人達に伝わったのよ」

『は?なんだって!?もっと大きい声だせぇ!』

体育会系か?

窓ガラス越しに耳を傾げるニコニコだった男。こっちの声は全く届いてない様だ。

「貴方達が降りてこれば会話できるわよっ!」

『あんだって!?…まじで聞き取れないな』

一生懸命大きな声を出す可愛い晴瀬に何も聞こえないとお手上げのポーズ。

なんて態度だ!

「それで?これからどうすんの?」

「あの大きいのを消滅させるの」

俺の質問に晴瀬は無愛想に物騒に答えた。

大きいの、と言うのは恐らく最初に見つけた巨像らしき何か。

彼女の目つきと声色が変わった。

その瞬間感じた悪寒と、膨大なオーラ。


いや…ずっと…………なんだ………?











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