外観 2

「はぐっ」

 ハンバーガーにかぶりつく。

 貝殻に見立てたカリカリのバンズ。主役の肉厚な貝柱はティスリル港の名産だ。このバターソースの風味には潮風の匂いを添えてこそ。


 雲のまばらな空、太陽は真南に差し掛かり、穏やかな陽気を投げ掛けている。

 ここは駅前の広場。青年はベンチに腰掛けて、テイクアウトしたハンバーガーを頬張っている。駅ビルの有名店ともなればケの日でも満席、行列が絶えないらしい。なるほど待った甲斐があったというものだ、と味を評する。

 同じ行列に青年より前に並んでいた、白赤のムカデの女性の姿は見えない。タクシーでも拾ったのだろう。所詮は一時の縁。一緒にお昼を食べる方がへんな話だ。


 この広場、やたらと開放的で、フェンスや植え込みなど視界を遮るものは何もない。それどころか段差や坂というものすら見当たらない。とにかく平坦でだだっ広いのだ。歩道と車道と自転車道があるが、すべて同じ平面にシームレスにぶちまけられている。流石に無法地帯とはいわないらしく、バス停やタクシープールの動線は地面の色分けで示されている。

 尖った思想を感じさせる設計だが、ここティスリル港湾駅をモデルとして採用が広まりつつあるのだから驚きだ。


 足下は幾何学模様の石畳……と思いきやコンクリートブロックの舗装路だ。グレーの濃淡で色分けされたインターロッキングが敷き詰められている。耐荷重と透水性に優れているのだったか。


 どすん、と鋼鉄のギアが脚を降ろした。間近に寄った大型ギアの威圧感に青年が感嘆する。

「おぉ……大型四足ヨンソク」 

 青年の目の前を闊歩しているのは短コンテナを牽くような鋼鉄の馬。筋骨隆々の上にパステルカラーの装具を着ている。運送会社の丸文字のロゴの近くに、かわいらしくデフォルメされた、荷車を牽くギアがプリントしてある。実際に貨物を運んでいるのはこのムキムキの大型四足なのだが。

 こんな広場には一仕事終えて羽根を伸ばしに来ているのだろう。売店でコーヒーとサンドイッチを買ってきたと思しき男性が歩いてくると、鋼鉄の馬は嬉しそうに首を揺すってみせた。


 近年ますます大型化するギアのために舗装の技術も日進月歩だ。

 重たいくせに蹄で駆けるのが常態化しているせいで、世の舗装路というのは毎日途方もない消耗に苛まれている。レンガは早々に脱落して、砕石も見なくなって久しい。アスファルトも重いのを停めていると沈むから、いずれ過去のものとなってゆくのだろう。

 大変なのはギアが人に付き従う生き物だということで、ちょうどあの鋼鉄の馬のように、荷運びから解放されれば人間と一緒になって休憩する。車道に縛りつけておけないのだ。人に寄り添うだけ歩行者の世界に近づいてくる。

 こういうわけで、人間とギアの足下をシームレスに敷いた平坦な広場という発想につながる。かつて「本質的な境界は存在しえない」と力説したのはティスリル港湾の偉い人だ。


 青年がハンバーガーの最後の一口をミニュームベロに譲る。モチビには一個まるまる食べさせたはずだが、まだ欲しがっている。包み紙と紙コップをモチビに与えると、火の舌でぺろりと呑み込んで焼却した。この通りなんでも食べるのに味がわかるのだろうか。


「いくよ、ミニュームベロ」

 リュックサックからミニュームベロの「巣」を取り出して展開する。Λ字型のフレームにアルミ色の蛇が絡みつき、前後に脱皮殻のタイヤを膨らませる。

 出来上がったのは、不思議な格好だが、これで自転車だ。


 交通の中心は大型四足だとしても、大型ギアとの旅行は苦労に絶えない。人間と一緒に泊まれるホテルもあるが、飲食店には連れ込めないのがほとんど。

 その点でミニュームベロは旅行者に人気の高いギアだ。リュックサックに収まるサイズの巣と、人間に巻き付いて運ばれる本体。軽快に飛ばせるマウントながら手荷物同然に扱えるのが都合がいい。代償というべきか、動力は人間が十割担う。この場合は青年の脚だ。


 だだっ広い駅前から出ると、信号一つ挟んでまたすぐ広い公園がある。古い作りで、舗装は薄いレンガのタイルだから、大型四足は進入禁止。高い植え込みが日光を遮っていて涼しげだ。

 青年を乗せた自転車が公園をゆっくり走る。途中、大理石の台座の周りに人が集まっているのを見つけた。あれは見覚えのある観光スポットだ。足を止めて人混みに加わる。


 大理石のつるりとした断面は正方形。目に見える図案は四隅のマーカーだけ。URLが付記されている。

「えっと、このページを開けばいいのかな……」

「そうですよぉ」

「どうもご親切に」

 見知らぬ親切な人。

 カメラの権限を許可。タブレットの画面越しにその大理石の断面を見ると、ARの都市のミニチュアが浮かび上がった。


 時間を意味するスライドバーは一番左側。昔のティスリルだというが、青年にはピンとこない。旅行プランを建てるのに眺めていた地図と符合するのは海岸線と川と線路くらいだ。

 時間を進めると、急に抜本的な再開発が始まって、地図がまるきり変わってしまう。目立つのは市庁舎の解体だ。行政権が市庁からティスリル港湾博物館に委譲された歴史の転換点がよくわかる。

 それから絶え間なく再開発を繰り返して、やっと今のティスリル港湾の姿に漸近してきた。今日もどこかで工事しているのだろう。

 しかし、毎日地図が変わるのは不便だ。ここに暮らす人々は道に迷わないのだろうか。

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