第25話 小さな勲章 ②

 佐藤の説得が通じたのか、ひとしきり泣いたからなのか、亜衣とお菊が、やっと落ち着きを取り戻す。


「ようやく落ち着いた?」


「…はい」


 先ほど佐藤に手渡されたタオルで涙を拭きながら、二人はゆっくりと頷いた。


 感情が冷静さを取り戻すと、今度は思考が仕事を始める。


「あの…」


 ランカータ市のこと、アサノさんのこと、それから、あの少女のこと。


「向こうは、どうなったのでしょうか…?」


「そうだね…」


 お菊の質問に頷き、佐藤が壁際に並ぶ機械群に顔を向ける。


「セーレー、向こうの状況を教えてくれ」


「多数の被害は出ましたが、魔物の撃退には成功。現在は、事後の処理と復興作業が開始しています」


 セーレーのその結果報告に、単純に喜べは良いのか、お菊には判断がつかなかった。


「あーーーっ! 私たちのアバター!」


 そのとき、急に思い出したのか、今度は亜衣が大きな声を張り上げる。


「それなら大丈夫。セーレーによる遠隔操作で、安全な場所まで移動している筈だ」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 続いて何かに思い当たったかのように、更にお菊が声を張り上げた。


「今回はアサノさんたちが向こうに残ってましたが、誰もいない時に何かがあったら、どうなるんですか⁉︎」


「そうだね、その話がまだだったね」


 お菊の気付きに微笑み返し、佐藤は亜衣とお菊の顔を交互に見つめた。


「少しややこしくなるけど、聞くかい?」


「はい!」


 間髪入れずに届いた二人の決意に、佐藤は大きく頷く。


「よし。先ずは分かりやすく、簡単に言うとだな…」


 それから黒縁眼鏡の眉間部分を、右手の中指でクイッと正して、


「僕たちが居ない間、向こうの時間は止まってるんだ」


 凄まじいことを言い放った。


 〜〜〜


「そ…そんな事が、本当に可能なんですか⁉︎」


「うん、まあ、実際には無理だ」


「…………は?」


 その瞬間、お菊の佐藤を見るが、恐ろしいものに変わる。


「ま…まあ、落ち着いて。これはあくまで分かりやすく言ったまでで…っ」


 佐藤の説明は、こうだった。


 自分たちが日本に帰還する時に、セーレーによって、向こうの時間にAと言うポイントが登録される。

 そして次回は、このAと言うポイントに向けて転位することになる。

 それによって自分たちの視点では、時間の流れに何の違和感もなくなると言うのだ。


「でも、それって…」


「そう。実際には、向こうの世界の時間は過ぎている」


 答えながら佐藤は、反応を返したお菊に感心していた。


 隣りで聞いてる亜衣はと言うと、


 既に考えることを、放棄しているようだと言うのに…


「だから僕たちが転位することによって、新たな時間軸が発生することになる。平行世界と言えば、少しは分かりやすいのかな?」


「選択肢の数だけ、もしもの世界が無数に増えていくって、アレですか?」


「よく知ってるね、その通りだ」


「なるほど、そう言うことか…」


 お菊のその返答は、まるでささやくような声だった。口元に右手を添えて、何やらぶつくさと思案している。


 それにしてもこの二人、得意なことがハッキリと分かれており、良いコンビだと佐藤は改めて認識した。


「それと余談だけどね、セーレーに蓄積されている元の時間軸の出来事を、リスク予報として向こうの政府に提出してるんだ。とは言え時間軸は再構成されているから、100パーセントって訳にはいかないけどね」


「あ、だからイレギュラー襲撃なんて、言い方してたんだ」


 最後の最後に、やっと話に入る亜衣。


「…で、どうする?」


 そのとき佐藤が、再び黒縁眼鏡の眉間部分を、右手の中指でクイッと正した。


 質問の意図が分からずに、亜衣とお菊はポカンとする。


「今日はもう、帰るかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る