第24話 小さな勲章 ①
亜衣とお菊が臨時帰還をする旨の報告は受けていたが、
二人が隣室から出て来る気配が全くない。
ランカータ市に、イレギュラーな魔物の襲撃があったことも既に把握はしているが、
そこで何かがあったであろう事は、佐藤にも容易に想像が出来た。
同じく心配そうにしている水戸に仕事を続けるよう指示を出し、
「入るよ、良いかい?」
佐藤は隣室への扉をノックした。
しかし、しばらく待てども返事はない。
「それじゃ、入るよ」
佐藤はもう一度、念を押してから、ゆっくり扉を押し開いた。
部屋の中はセーレーによって、リラックスがし易いよう、適度な照明と環境が維持されている。
そんな若干薄暗い照明の中、くぐもった嗚咽の声だけが響いていた。
佐藤は瞬時に、亜衣とお菊は泣いているのだと理解する。
二人を注意深く観察すると、ヘッドマウントディスプレイは外されているが、自分の顔を両手で覆い隠していた。
「何かあったのかい?」
佐藤は、努めて明るく質問をする。
しかし、返ってきたのは
やがて…
「何も…、何も出来なかったあああ」
とうとう亜衣が、「うわーん」と大きな声で泣き始めた。
釣られてお菊も、グスグスと鼻を鳴らす音が大きくなる。
どうやら、散々な異世界デビューになってしまったようだ。少しずつ慣れていけば、楽しい事も、たくさんあった筈なのに…
これは、駄目かもしれない…
何の根拠も無かったが、佐藤は亜衣とお菊に対して、不思議な期待を抱いていた。それがいきなりこんな事になってしまって、心底残念に思えてならない。
佐藤はきつく両手を握り締め、悔しそうに立ち尽くした。
「佐藤さん、私、悔しい…」
そのとき亜衣が、嗚咽混じりに、か細い声を漏らした。
同時に佐藤は、驚いたように顔を上げる。
「私も…私も悔しい…」
続いてお菊も、嗚咽の合間に、気持ちを吐き出す。
「私、絶対ゼッタイ強くなるーー!」
「私も頑張って強くなるから、だから見捨てないで、佐藤さーーん!」
そうして二人は起き上がって、涙ながらに訴えた。
その、思ってもみない二人の主張に、佐藤は思わず面食らう。
「な…、何でそんな、僕が見捨てるなんてそんな話に…?」
「だって…、いきなり戻されたあああ」
ああ、なるほど、そう言うことか。
気が付けば、転位前の部屋の中。確かに亜衣とお菊からしてみれば、役に立たないから追い返されたと思っても仕方がない。
二人の涙の理由が判明したものの、
「浅野さんがそうしたのは二人を落ち着かせるためであって、見捨てるとかじゃないからとにかく今は落ち着いて」
今度は誤解を解くことに、尽力しなければならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます