第20話 遥かなる異郷 ③

 アイとオキク、アサノにサカシタの四人は、ランカータ市の中心街を市役所に向けて歩いていた。


 ここの市長も現地協力員のひとりと言うことで、アイとオキクを紹介するためだ。


 竜宮市役所ランカータ出張所も同じ中心街に位置しており、徒歩で10分も歩けば市役所に着く。


 周辺には、警察や病院などの公共機関や多くの商業施設が集まっていて、たくさんの人で賑わっていた。


 そんなとき、


『待ってたよ、アイ』


 不意にアイの耳元で、若い男性の優しい声が響いた。


「え⁉︎」


 驚いて咄嗟とっさに振り返るが、たくさんの人が行き交うだけで、声の主とおぼしき姿は見当たらない。


「誰?」


 気のせいかもとは思いもしたが、あまりにハッキリ聞こえたその声に、アイの本能はその考えを否定した。


『僕はアウェイ。あの日、君が僕を見つけてくれた日から、この日が来ることを、どれ程待ち望んでいたことか』


「…何のこと? 分かんない」


『長くつなげ過ぎるとバレてしまう。必ず、赤と白の姫君を見つけるんだ。必ずだよ…』


「待って!」


 声の主の遠のく気配に、アイは懸命に右手を伸ばす。


「どうかしたの、アイ?」


 次の瞬間、オキクにポンと肩を叩かれ、アイはハッと我に返った。


「えっと、誰かに話しかけられて…」


「誰かって誰?」


「えっと…、誰なんだろ?」


「何よ、それ」


「おい、そこの二人! 早く来い!」


 そのとき、前方の人混みの中から、アサノの大きな声が聞こえてきた。これ程の雑踏ざっとうに負けない彼女の声は、まさに驚異的としか言いようがない


「すみません、直ぐに行きます!」


 二人は慌てて返事をすると、黒いパンツスーツの背中を追いかけた。


 〜〜〜


「着いたぞ。あそこが市役所だ」


 アサノが真っ直ぐ指差したのは、三階建ての白い建物。竜宮市役所と比べてみても、そんなに大きな遜色はない。


 思い返してみれば、高層のマンションは無いにしても、五階建てレベルの建物はゴロゴロとしていた。


 その横の大通りを走っているのは、大型のバスだろうか。中には、たくさんの人が乗っている。


「私らはここまでだ。市長への挨拶は、お前らだけで行ってこい」


「え⁉︎ アサノさんたちは、来てくれないんですか?」


 アサノの突然の申し出に、オキクが思わず声をあげた。


「アサノは市長が苦手でね」


「ふざけんな! アイツが変なだけだ!」


「その…、私たちだけで伺って、大丈夫なんでしょうか?」


「話は通してあるから、問題ないよ」


「そう、ですか…」


 それでも不安そうなオキクの表情に、サカシタは少し軽率だったと反省する。


「とにかく行ってみようよ、オキク」


 そこに助け船を出したのは、いつも通りのアイだった。


 ポンと背中を叩かれ、オキクの表情も明るさを取り戻す。


「そう…ね。はい、行ってみます」


「市長は気さくで優しい人だから、心配しなくても大丈夫だよ」


「はい、行ってきます!」


 アイはオキクの手を取ると、市役所に向けて駆け出した。

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