第14話 初日の朝 ②

 亜衣とお菊の自己紹介を受けて、


「へえ、アイウエオか。可愛い名前だ」


 体操のお兄さん風の好青年が、人懐っこそうな笑顔を見せた。短く切り揃えられた黒髪で、身長は佐藤と同じくらいに高い。


「うえおかきく、そう言うこと…」


 今度は女性が呟いた。


 物静かで落ち着いた雰囲気漂う、かなりの美女だ。年齢は二十代中頃あたりで、おそらく四人の中で一番若い。派手にならない程度の茶髪を肩まで伸ばし、白いバレッタでひとつにまとめていた。


「何々、浅野さん。ひとりで納得したような顔して」


 そのとき、浅野の独り言を聞きつけた先程の男性が、興味深そうに話かける。


 しかし浅野は、まつ毛の長い切れ長の目を伏せたまま、とにかく無視を決め込んだ。


 それもいつもの事なのか、体操のお兄さん風の男性は、苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。


「コラコラ、私語は謹んで。とりあえず、自己紹介を続けるぞ」


 同じく苦笑いを浮かべながら、佐藤が二人に声を掛けた。


「今度はコッチの番だ。坂下くんから頼む」


「現地派遣員の坂下です。分からないことがあったら、何でも聞いてね」


 体操のお兄さん風の男性が、ニカッと爽やかに笑う。続いて女性が、まるでお手本のようなお辞儀を見せた。


「浅野です。よろしく…」


「浅野さんも、現地派遣員だ。それから最後に水戸さん」


 口数の少ない浅野の挨拶に、佐藤が慣れた感じで補足する。


「改めまして、ミトです。セーレーの魔力回路の維持と調整が主な仕事です」


 相変わらず、見えてるのかどうか心配になる程の糸目の男性が、優しい笑顔を浮かべて頭を下げた。


「セーレー?」


 水戸の挨拶にあった耳慣れない言葉に、亜衣が見上げるように佐藤を見る。


「その話は後でしよう」


 佐藤は亜衣にチラリと目線だけを送って、それから部下一同を見渡した。


「それでは皆んな、今日も一日、よろしく頼むよ」


 〜〜〜


 浅野と坂下が奥の部屋に入っていくのを見送って、佐藤は亜衣とお菊を、先日の応接スペースへとうながした。


「さて、今日から仕事に就いてもらうに当たって、もう少し話をしておくね」


「はい」


 三人着席したところで話し始めた佐藤に向けて、亜衣とお菊が、少し緊張気味に返事を返す。


「先ずは、ウチの事業に欠かせない、精霊AIのセーレーについてだ」


「あ、セーレーって、さっきの…」


「そう。異世界の精霊学や魔法学の理論によって構築された、特別スーパーなAIで、向こうの世界に行くための時空間転位やアバターの管理、他にも様々なことをになってもらっている」


 まあ、異世界を支援しようって集まりだ。今さら何が出て来ても驚かない。


「現地派遣員であるキミたちには、セーレーの存在は、特に欠かせないものになる筈だ。困った事があれば、どんどんと頼って貰って構わない」


「分かりました」


 そう言うもんだと受け入れながら、亜衣とお菊は頷いた。


「それと、アチラの世界での冒険しごとについて、もうひとつ大事なことがある」


 佐藤の声が、だんだんと真面目なトーンに変化していく。


「水戸さんも言っていたように、向こうの世界でも、異世界人の存在はおおやけにはされていない。この事は、特に注意するように」


 言いながら佐藤の目線は、何故か亜衣の方に向けられていた。

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