第12話 母の説得〜お菊の場合〜

「お母さん、私、アルバイトしても良い?」


 お菊は夕食の後片付けを手伝いながら、意を決して母親に話し掛けた。


「アルバイト⁉︎」


 そんな突然の提案に、母親の目が驚きで丸くなる。


「どうして? お小遣いはちゃんとあげてるでしょう?」


「そうだけど…」


「もしかして、何か欲しい物があるの? 必要な物なら買ってあげるわよ?」


「そうじゃないの!」


 思わず、声に力が入るお菊。


「お金の話じゃなくて、亜衣と一緒に、やりたいことが出来たの!」


「…驚いたわね」


 普段からは想像もつかない娘の声に、母親の口がポカンと開いた。


「あなたのこんなに大きな声、一体いつぶりかしら…」


 言われて、お菊は右手で口元を隠し、


「自分でも、驚いてる…」


 少し気恥ずかしそうに、うつむいた。


「亜衣ちゃんて、新しく出来た友達よね?」


「うん」


「その子と一緒にやるの?」


「うん」


「どんな仕事をするの?」


「市役所のお手伝い」


「市役所⁉︎」


 その瞬間、母親の声から嫌悪の色が薄れたと、お菊は感じた。市役所の力、恐るべし。


「それで、いきなりなんだけど、保護者向けの説明会をするから明日来て欲しいって、市役所の人が言ってた」


「明日⁉︎」


 今度は、母親の声が大きくなる。


「そんなこと急に言われても、お母さん、仕事休めないわよ!」


「分かってる」


 言いながらお菊は、ポケットの中から四つ折りの用紙を取り出した。


「その事、市役所の人に相談したら、この紙をくれた」


 受け取った母親が、用紙を開いて内容を確認していく。


「委任状、ね…」


「亜衣のお母さんがOKなら、お母さんもOKで良いよね?」


「そんな簡単に言われても、仕事の内容も分からないのに…」


「だったら、お母さんの分の説明会用の資料を、私がちゃんと貰ってくるから!」


「まあ、それなら…、でも、うーん…」


 娘の圧力にされながらも、最終判断には至らない。


 しかし、もう一押しだとお菊は悟った。


 それなら後は、コッチが折れることは絶対に無いと、その気合いを見せるだけだ。


「私、絶対ゼッタイやりたいの! 亜衣と一緒に頑張りたいの!」


 母親の目を真っ直ぐに見つめ、お菊は息もかからんばかりに身を乗り出す。


 時間にして数秒、


 母親が、「はああ」と息をついた。


「分かった、降参」


 同時に、ゆっくりと両手を挙げる。


「近頃のあなた、前よりずっと楽しそうなんだもの。きっとその、『亜衣ちゃん』のお陰なのね」


 今や自分の身長と変わらない娘の頭を優しく撫でて、母親は愛おしそうに微笑んだ。

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