第9話 二人の決意 ②

「…失礼した」


 コホンとひとつ咳払いを入れ、ゆっくりと腰を下ろす佐藤。


「その案も確かにあったんだけどね、アチラの世界に重大な混乱を招きかねないと却下になった」


「言われてみれば、確かに…」


 佐藤の返答に納得出来たのか、お菊も素直に大きく頷く。


「と、まあ、こちらとしては君たちに手伝って貰いたいんだけど、どうかな?」


 そうして投げかけられたこの問いに、亜衣とお菊はお互い顔を見合わせた。


「私はやるよ」


 間髪入れずに、亜衣が即答する。


「亜衣がやるなら…」


 そこまで言って、「ううん」とお菊は首を横に振り、


「聞かれなくても、私もやる」


 意志のこもった瞳を亜衣に向けた。


「じゃ、決まり」


「そうか、ありがとう。本当に助かる」


 二人の決意に、佐藤が深く頭を下げる。


「それでは事務的な話に移ろう」


 それから直ぐに顔を上げて、黒縁眼鏡の眉間部分を右手の中指でクイッと正した。


「君たちは中学生だから…」


 中学生である亜衣とお菊を、アルバイトとして雇うことは難しい。そこで佐藤は、職場体験という形を提案する。


 お給料分は謝礼金と形を変え、


 親御さんの理解を得るため、保護者用の説明会を明日開催しようと決めた。


「そこでの説明は、異世界云々の話が出来ないので、内容が違った形になるのは許して貰えるかな?」


「大丈夫。言ってもどうせ信じないよ、ウチのお母さんは」


 言いながら、ケラケラと笑う亜衣。


「どうしよう、佐藤さん…」


 そのときお菊から、少し不安そうな声がこぼれた。


「ウチ、お母さんしか居なくて、明日も仕事だから、たぶん説明会に来れない」


「……え?」


 しかしそれに反応したのは、隣りに座っていた亜衣だった。同時にお菊は、しまったと口元を右手で隠す。


「あ、亜衣、やめてよね! 急に態度を変えられたらやりにくいし、本当にもう、全然何ともないから!」


 お菊の言葉を黙って聞いていた亜衣は、やがて「分かった」と笑顔を見せた。


「よし、それなら委任状を作ろう」


 そのやり取りを見ていた佐藤が、自分の膝をパンと叩いて、意図的に少し大きな声を出す。


 それから自分の事務机に移動して、何やらパソコンに打ち込み始めた。内容を要約すると、亜衣の親御さんの判断に賛同するというものだ。


 印刷したその用紙をお菊に渡し、


「一番下の空欄に、お母さんの署名を書いてきて貰えるかな?」


 指を差しながら説明する。


「分かりました」


「それじゃ、明日の十四時に集合で。説明会用の資料は、そのとき用意しとくから」


 そこで、亜衣とお菊は立ち上がり、


「はい!」


 と元気に、声をそろえた。

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