第8話 二人の決意 ①

「さて、現状で話せる話は、あらかた話したつもりだけど…」


 亜衣とお菊の頭から両手を離した佐藤が、二人の様子をゆっくりと見回す。


 その表情は、まだ暗い。


 それでも、自分たちなりに、佐藤の話を飲み込もうとしているのが見て取れた。


「あの…」


 そのとき亜衣が、おずおずと右手を小さく挙げる。


「質問、良いですか?」


「どうぞ」


「それなら、私たちが向こうの世界に行くメリットって何ですか?」


 亜衣のその質問に、佐藤は思わず両目を見張った。


「何を言ってるのよ、亜衣」


 そんな亜衣のおとぼけ振りに、やや元気を取り戻したお菊が口を挟む。


「死なない私たちが行けば、それだけ犠牲者が減るじゃない」


「それは判ってるよ」


 お菊のさとすような口ぶりに、少しムスッとした表情で頬をふくらませる亜衣。


「だったら…」

「いや、すまない。今のは僕が悪い」


「どう言う意味よ?」と続ける前に、思わぬ方向から聞こえた謝罪の声。


「君たちからこんな質問が出てくるとは思わなくてね、言葉に詰まってしまった」


 全く想定外の佐藤の謝罪に、今度はお菊がポカンとする。


「えっと…?」


「もちろん不死はメリットだけど、上尾うえおさんの感じた疑問も正しいんだ」


 佐藤は右手の中指で黒縁眼鏡をクイッと正し、真剣な表情で頷いた。


「魔王討伐が最終目標である限り、死んでやり直しを繰り返す訳にはいかない。そうなると、不死はただの保険であって、最大のメリットと言う訳ではなくなる」


「確かに…、そうですね」


 佐藤の言葉を噛み締めながら、お菊が口元に右手を添える。


「結局、死ねないなら…、では、何が一番のメリットなのか? それは、僕たちの智慧ちえそのものだ!」


 何かのスイッチでも入ったのか…、佐藤が突然、拳を握り締めて立ち上がった。背後にザパーンと、波飛沫なみしぶきでも立ちそうだ。


「魔法理論が確立しているファンタジーな世界だけど、それでも、僕たちの知る様々な理論が通用するんだ!」


「もしかして、現代文明チート!!」


「その通り!」


 亜衣をビシッと指差して、佐藤のテンションが上がっていく。


「コチラの科学技術とアチラの魔法理論が融合した特殊な技術の数々。それこそが、我々が手にする最大のメリットだ!!」


「おおーーっ!」


 と、大きな拍手を贈る亜衣。


「勿論、アバターもそのひとつだ。水戸さんのような熟練の猛者もさには敵わないとは言え、初期段階でも一般人を凌駕りょうがしている。更に特筆すべきは、その成長速度。常人には成し得ないスピードで成長していくアバターは、計算では、アチラの世界の誰よりも強くなるはずなんだ!」


「だったら、その技術を支援するだけでも充分なんじゃ…」


 佐藤の熱い空気について行けなかったお菊の冷静なひと言は、


 彼を我に返らせるのに、充分すぎるひと言だった。

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