第5話 異世界支援課 ③

「…いい加減にしてください」


 うつむいた姿勢のまま、少し苛立いらだった声を発するお菊。


 そんな彼女に向けて、まるで待っていたかのように、佐藤は小さな笑みを浮かべた。


「何のことかな?」


「何もかもです! そもそも、あんな目立つ場所に求人広告を出しておいて、秘密も何もないでしょう!」


「…ああ、そのことか」


 佐藤は大袈裟に前屈みになると、二人にも顔を寄せるように手招きをする。


 それから声のトーンを落として、


「あの掲示板には特殊な結界が張ってあってね、普通の人には見えないんだ」


 そんなことを言い出した。


「ふ、ふざけないでください!」


「うわっと」


 目の前でお菊の怒鳴り声を浴びた佐藤は、まるで吹き飛ばされたかのように、わざとらしく姿勢を戻す。


「お菊、落ち着いて」


 そんな佐藤に助け船を出したのは、お菊の隣に座っていた亜衣だった。


「おや、上尾うえおさんは信じてくれるのかな?」


 佐藤は、黒縁眼鏡の眉間部分を右手の中指でクイッと正しながら、まるで観察するような視線を亜衣に向ける。


「うーん、信じるって言うか…」


「亜衣、あなた本気なの⁉︎ 大の大人が、わざわざこんな所でする話じゃないよ!」


「うん、そう。それだよ、お菊」


「…え?」


「上手く言えないけど、佐藤さんが今更、こんな嘘つく理由がないんだよ」


「……」


 こう言うときの亜衣は、妙にスルドいときがある。お菊は口元に右手を添えて、口をつぐんだ。


 冷静に考えたら、自分たちの様な子どもが求人広告を見たと現れて、門前払いをされないのはちょっとおかしい。


 受付でも感じた違和感だけど、この市役所には秘密があって、それが理由で自分たちは、まで案内されたんだ。


 お菊は、小さく深呼吸をすると、ゆっくりと頭を下げた。


「すみませんでした、佐藤さん。お話を続けてください」


「信じて貰えたのかな?」


「いえ、お話を最後まで聞こうと思っただけです」


「それで充分だよ、ありがとう」


 今度は佐藤が頭を下げる。


 それから語られた佐藤の話は、簡単には信じられない内容だった。


 ひとつ、


 傷付き倒れていた異世界の魔法使いを、市長が偶然保護したこと。


 ひとつ、


 市長が彼の存在に大層感激し、自らの手で予算の見直しを図り、異世界への支援事業を開始したこと。


 ひとつ、


 異世界へ渡るためには特殊な資質が必要であり、所内で該当した二名だけでは人手が足りない。そこで、人材を募集するための広告を出していたこと。


 最後に、


「水戸さん、ちょっといいかな?」


 佐藤は、事務机で仕事をしていた、四十代くらいの男性の名を呼んだ。


 立ち上がったのは、ちゃんと見えているのか心配になる程の、細い目をした灰色短髪の男性。佐藤よりは少し小柄で、紺色のスーツを着ている。


「私はミトと申します。あちらでは、魔法を使って戦っていました」


 言いながら水戸は、壁に立て掛けてあった木製の杖を手に取った。上部がうずのようにねじれた、自身の身長ほどもある杖。その杖の先端で、水戸は床をコツンと突いた。


 すると、フラフープのような光のリングが水戸の足元に出現し、そのまま頭のてっぺんまで、ゆっくりと上昇していく。


 その光景に、亜衣とお菊は思わず目を見開いた。


 紺色スーツだった水戸の姿が、ブリムの広い緑の三角帽子と、同じく緑の長衣をまとった姿に変わったのだ。


「あ、コレ、魔法使いだ…」


 ボソッとこぼれた亜衣のつぶやきだけが、静かな事務室内に響き渡った。

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