第9話 愛が無常を超えていく

愛が無常を超えていく。とはミャドルの弟子で鬼のニコルの副将まで上り詰め、今回の帝国の反撃で戦死した、カーミラの手帳の中の詩の一節だ。


戦場の夜の静寂が

あなたの吐息が

消えない傷の目立つ腕が

許されぬ私を包みこみ

愛が無常を超えていく


最後のページの横にそれは丁寧な字で書かれていた。バーンズとベッドのある一室に入った僕は手帳を二時間かけて読み込み、結局、最初に目についたこの詩に決めた。廊下に立つ衛兵に終えあったと告げると5分も経たぬうちに黒猫が入って来て

「朗読しろにゃ」

と言うので、その詩を読むと、少しだけ大きな両目を閉じ聞き入って、そして

「……宜しい、夕方まで寝ておけにゃ」

と言うと去っていた。入れ替わりで山程食料が室内に届けられる。


二人で満腹になりトイレにも行くと、僕は眠くなってベッドで自然と寝てしまう。そして不思議な夢を見ていた、ある山中の洞窟に両親の亡骸と住んでいた子供が、空腹で降りていった人里で万引きで捕まり、保護施設に送られてすぐそこを脱走する。その子は自らの独特の感と、緑色に輝くと素早くなる両足に気づき、そこから盗みを重ね始める。王都の大邸宅の書斎に盗みに入ったとき透明な檻で捕らえられ、そこで術を仕掛けた主のミャドルに出会う。彼は王家から依頼を受け手に負えない盗賊を捕まえにきたのだ。その後黒猫と杖に人の道を教え込まれた子供は、彼の元で魔法を修行しながら十年過ごし、師匠の反対を押し切って軍隊に入る。さらに女性をあえて選択した。師匠の薦めの逆を選ぶために。運良く五体満足のまま、三十手前で花形部隊の副将にまで上り詰めたが、殺し合いに虚しさを感じていたとき、軍に編入されてきたひと癖ある士官と恋に落ち、彼と退役して師匠の元に帰ろうと決意した。

……ところで僕は目覚めた。全身汗で濡れている。手には表紙が焦げた手帳がいつの間にか握られている。


見回すと、部屋には夕暮れがさしていて、バーンズは椅子に座ったまま眠りこけている。

僕が真っ赤にした染まった室内を眺めていると扉が開いて、客間で出会った軍人が入ってきた。そしてやる気なく

「調子に乗った帝国のクソどもが、北東の陣地を攻めてきやがった。おいガキども、ミャドル大老様のありがたいお考えで、テメエらは俺とそこに向かうんだとよ」

僕は不思議と驚きより、彼に強い親しみを、覚えていた。軍人は寝ているとバーンズに舌打ちをしながら軽く揺り起こす。その仕草も既視感があった。

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