第8話 もし、別の道があると知ったなら
もし、別の道があると知ったなら、僕は虎にでもなっただろう。とは、ある冒険家が旅先で読んだ詩の一節だ。彼はこうも言っている。でも僕はモグラ、光に憧れて穴を掘る。
飛び続けた魔法船は、のどかな農村に着地する。いや、言い直そう、住人がそっくり兵士に入れ替え合っていなければのどかな農村に、僕たちは降り立った。そして村の奥の最も大きな2階建ての家をミャドルは迷わず目指す。兵士たちは敬礼はするが、どこか迷惑そうな気配も微かに漂わせていた。
扉を兵士が開いて、そのまま僕たちは客間に案内される。住人は避難したようで、家の中は絵画も調度品も棚すら無い。簡素な椅子に並んで、テーブル向かいに座る相手を黙って待っていると、いい加減そうな無精髭を生やした長身で黒髪オールバックの軍人が入ってきた。制服も着崩している。彼は席に座ると舌打ちし、ミャドルの猫ではなく、黒子の頭をキッと睨みつけ
「学生の訓練じゃねえんすよ。こっちじゃ、残った無傷の二百で部隊立て直し中です」
「にゃははーっ!ニコラウスは軍事法廷に召還されたかにゃー?」
「だから言ったのだ。ワンパターンだと」
猫と杖から畳み掛けられて、軍人はイライラしながら
「将軍のやり方は間違ってねえっすよ。反属性の減衰計算を基準にしてましたし、地形効果も完璧に読んで、隊列の組み換えも頻繁でした」
黒猫は嘲笑う表情でそれに返すと
「あの子に貸してた例のものは、もういらにゃいよにゃー?」
軍人は舌打ちしながらポケットを漁り、表紙が焼けた手帳のようなものをミャドルに投げつけた。黒子の頭に当たってテーブルに跳ね返る。そして彼はドンッと机を叩きつけ、立ち上がると
「なあ!弟子が死んだんだぞ!なんで悲しんでやらねえんだよ!」
黒猫は少し考えて
「……才能の割によくやったにゃー」
そして杖が重々しい口調で
「……愛で勝てるのかね?」
軍人は一瞬、顔を泣きそうに歪ませると、扉の方を向き
「くそったれ!カーミラ!かたきは討ってやるからな!」
と叫びながら出ていった。
黒猫はテーブルに降り、表紙が焦げた手帳を咥えると、僕の前まで来て手帳を置き
「読むといいにゃー」
と言ってくる。
その中は雑記と散文詩に満ちていた。恐らくは女性筆記者の、恋人への想いと戦場での日々がびっしりと書かれていて、最後のページには
「やっと埋まった。お師匠様、私わかりました。次の作戦が終わったら修行に戻ります」
少し嬉しそうな文字で、そう綴られていた。僕がそのページから目が離せなくなると
頭の上に戻った黒猫が
「パッと光って、シュッと消える、そんなもんだにゃー」
杖がため息をつきながら
「……死戦など潜らぬとも、生命の素晴らしさは知れる……けれど愛が足らぬと、世界の輝きがわからぬのだ……あの子はやっと……」
「ばっかだにゃー。一度しかにゃいのにもっちいねえにゃー」
僕とバーンズが固まっていると黒猫が
「今から2時間やるにゃ。その手帳からお気に入りの詩を一つ抜き出して、シーレム君のものにしろにゃ」
のんびりした口調で課題を出してきた。
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