第6話 その全ては感じられるものにこそ、全てである
その全ては感じられるものにこそ、全てである。とは哲学者で詩人でもあった、ジアーサー・ヴェルヘルム先々代王の勇ましい詩の一節だ。彼のどこか傲慢な感性は、僕と相容れないけれど、強い男というものを勉強中の僕にとっては参考になった詩だ。
夏の間、僕たちの日々は滞りなく過ぎていった。アグリャとバーンズは剣技、ジェムルスは算術、そして僕は……詩と文学をそれぞれ教え合いお互いの成績は少しずつ向上していった。秋の涼しさが微かに見えた頃だった。衝撃的なニュースで、国中が不安に包まれることになる。我が国と帝国の国境地帯で大きな衝突が起こったのまでは、いつものことだったが、何と、我が国の主力である鬼のニコルの部隊が奇襲返しで壊滅したとのことだ。
「ニコラウス様はご無事だったそうだが、副将のカーミラ中佐は死んだそうだぜ。空中魔法部隊は二千人中、約千四百人戦死。残ったものも怪我人多数だと」
昼休みに校庭の木陰で僕ら四人は昼食をとっている。ジェムルスの言葉にアグリャは
「嫌だねえ」
とだけ返して立ち上がり、他のグループと話に行った。バーンズがそれを見て
「坊ちゃま、職業軍人ほど、戦いを避けたがるものです」
「……なんで?」
「戦争の悲惨さを知っているからです。アグリャ本人からそう聞きました」
ジェムルスは黙って聞いている。
「彼の家は陸軍の重装歩兵が多いので、今回は関係ありませんでしたが……」
ジェムルスが大きく息を吐いて、小声で
「パパの裏情報によると、いつものように部隊が協力魔法のファイアレインを地上に降らせると、相手の広範囲反射魔法で、それがそっくり返ってきたんだとよ」
「それで、千四百人死亡……」
空中魔法部隊なんて軍人の中でもエリート中のエリートで、入るまでとてつもない修練と勉学をしてきただろうに、その人達が一瞬で……僕が震えそうになっているとジェムルスが苦笑いで
「防御壁や防御魔法無しで、強い魔法受けたらそんなもんだ」
バーンズが複雑な表情になり
「……ショウさんは、坊ちゃまの価値を上げる好機とみているな?」
ジェムルスはさらに小声で
「明日、大講堂で、双頭のミャドルの講演が急遽決まっただろ?」
バーンズはため息をついてジェムルスに
「友として、お前はどうすべきだと思う?」
尋ねる。二人の会話が意味不明過ぎて僕は首を傾げる。
翌朝、全校生徒が大講堂に集められ、前方の講演場に国民誰しも親しみを持っている怪人が登壇してきた。
「にゃにゃー!ミャドルでーすっ!」
真っ黒な黒衣に顔まで包まれた小柄な人物の頭に乗った大柄な黒猫が元気よく挨拶して、さらにその人物の持つ長い枯木の杖先端の真っ赤な鬼の顔をした飾り物が口を開き
「そういうわけで、お前らにありがたい話を聞かせに来た。俺の観た景色を話してやる」
低い声で言うと
「にゃー?どっからがいいにゃー?」
「ハンス橋の十六時間なんて聞き飽きただろうから、ジアーサーのドラゴン部隊の……」
「それも、絵本になってるにゃー?」
鬼の顔はニヒルに笑い
「泣き虫ボーヘムの修行についてなんてどうだ?」
大講堂中が歓声に包まれる。何故か最前列に座らされている僕たち四人も熱狂していた。先々代王ジアーサーの右腕ボーヘムは剣も魔法もこなした超人で、出自が謎の人だ。残された絵画の顔も常に頭巾で覆っていて性別すら未だにはっきりしない。しかし長生きのミャドルは、当時からジアーサー王たちの戦友で、ボーヘムについても詳しく知っていると言われていたが、長年語っては来なかった。
二時間に渡るボーヘムの話は壮絶なものだった。豊かな国も恵まれた家族も亡くした彼が、十五で男を選択して、二十歳になるまで血の滲む努力で剣と魔法を独学で習得し、そして、復讐の旅の途中でジアーサー王に出会った。というところでミャドルは話をやめた。
「じっかんだにゃー!」
「では、人気者の俺は帰るぞ」
生徒たちの拍手とともに怪人は去っていく。
ジェムルスは深呼吸して
「シーレム、パパに手を回してもらって、四人同席にしたからな?」
「……なんて?」
拍手でよく聞こえない。
すぐに三人の先生たちが僕たちを呼びに来た。
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