第10話 新宿区大久保1ー〇ー〇〇 ③
カラオケルームの電話が鳴る。
ふと、正気に戻りスマフォの待ち受けを開く。19時。ここに来てからもう5時間経ってたのか。このカラオケルームに押し入ってからは20分ぐらいか。目の前には、指を縛られ、足の親指を結束された女が口に白いガムテープを貼られてソファの上に座っていた。目の周りが何か黒い。アイメイクが崩れているのか。
受話器を取る。
「もしもしお客様、わたくしメロンカラオケ新宿店、店長、坂上と申します、お客様が別のお客様を拘束していると通報を受け、警察の方がいらっしゃいました、間違いであるのなら一度フロントのほうまで…」
「間違いじゃない」
「…暫くお待ちください」
エリーゼのためにが受話器から流れる。カラオケ内で流れていた有線の音楽が消えた。
…手に汗をかいている。震えている。俺は、何をやってるのか。よくよく分かっている。だが、それでも、もう元には戻れないと、体中が寒く感じる。腹に何かものを感じる。
自然とびんぼうゆすりする。
プツンと音がして、声がした。
「初めまして、私は警視庁警部補新宿警察署大久保交番の渡辺だ、君は今やっていることが違法行為だと知っていてなおやっているかね?」
「ああ」
「分かった、それでは今から私が君との交渉人だ、君…名前は…?」
「竹内…悠人」
「分かった、竹内君よろしく、君ともう一人の女の子がいると思うんだが、代ってもらうことって可能かな?」
「わかった…」
かわいい女の子に手でこちらに来るように合図を出し、ひざではって進ませる。手が届くところまで来ると口元に張った白いガムテープを外し、受話器をしゃがんで彼女の耳に押し当てる。
少し酒焼けした感じで渡辺と名乗ったのは巡査部長、40代といったところか。どうやら、既に通報されたらしい。まぁ…それが目的だし。
「はい…いまのところ…はい…鈴木桜……はい…はい…わかりました…おねがいします」
こちらを下から目でうかがっている。終わったみたいだ。再度耳に受話器を当て、手で下がれと合図する。
「代ったかね?」
「ああ」
「わたしと話そう、竹内君、たぶん、すぐに他の者が来る、そしたら交渉人が変わってしまうだろう、だからそれまで私と話そう」
「…」
「できる限り君の希望にこちらも沿おう、私たちにしてほしいことがあったらなんでも言ってくれ、だから彼女を傷つけないでほしい」
ふと女のほうを見る。黒くてヒラヒラがついた短めのワンピース。その下からは素肌の足が覗いている。可愛いな。だが、俺には程遠い。カラオケに来て、一緒に歌う友達がいる。きっと、もしかしたら、全てが違ったら、俺もこんな今時の子と、たとえ仲良くなることはできなかろうと、知り合いになることぐらいはできたかもしれない。
包丁を握る手に力が入る。
「ああ…」
声が震えている。憎い。すべてが憎い。この憎しみはもうどうしようもない。なぜ、俺が幸せになれなくて、そのくせ責務だけは押し付けられて、そして他のやつは簡単に俺の手に入れられなかったものを手に入れてるのか。
本当に憎い。
「竹内君、協力してくれてありがとう、君は優しいね、なんだか分かり合えそうな気がするよ」
…分かり合えるだ?
「んなわけねぇだろ、ざけんなよ!!」
気づけば受話器に向かって怒鳴りつけていた。そのまま、元あった場所にたたきつける。古びたプラスチックの破片がそこらへんに飛び散る。少し、欠けちゃったか。これ、清掃する時見つけたら多分ほったらかしにするな…。めんどくさいから。
女の子のほうを見る。
なんだろう、その目は。何か、怖い物を見る時のおっかなびっくりした感じの見方だ。そんな目で…いや、それもそうか…。
やってることがやってることだ。
大きくため息を吐いて、女の子に謝る。ごめんねと。もう、近づいてきてくれないだろう。たとえ、近づいてきたとしても、こんな状態で俺のそばに来させるのも忍びない。ガムテープを外したままだが良いだろう。ここにいさえすれば良い。
もう一度受話器がなる。
「先ほどはすまなかった、確かに君の言う通りだ、軽々しく分かり合えるなどと言ってすまなかった竹内君」
少し冷静になる。大きく息を吸い、吐いた。人から自分がどう見られているのか、久しぶりに考えた気がする。というより、久しぶりに人に見られたのか。恐怖させる形でだけど。
「いえ、こちらこそ…」
いちいち、こんなことで怒ってても意味はない。
「君の要望にはなるべく応えたいんだ、その女の子のためということもあるが、君自身のためにも」
「…」
「君はなぜ今、立てこもっているのか、何か要望があるんだろう?それ自体が目的じゃない、そこの女の子も無事みたいだし」
女の子のほうを見る。ごめん。
「いや、これ自体が目的だ、強いて言うなら俺とこの子のぶんの食料、それからおまるか、何か汚物を処理できるものをくれ、あとそうだな…俺の名前を報道してくれ」
携帯を見る。通知は無い。
「分かった、食料は届けさせよう、君が言う携帯トイレも届けさせる、ただ密室の中では匂いがもれるから期待しないでくれ、それと…名前を報道すれば良いのか?」
カメラを起動し、女の子に向ける。
「あぁ、できるなら、なるべく事を大きくしてくれ」
フラッシュで目の前が一瞬明るくなった後、シャッター音がする。出来上がりの画像を見る。うん、上出来だ。
「…分かった、努力してみる」
ツイッターを開く。アフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィ俺俺俺俺俺俺俺アフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィアフィ
つぶやき作成を選び、さっきとった画像をアップして投稿する。
「なるべく、この電話を切らないようにしよう、お互いに話していよう」
「いや、すまないが、忙しいからもう切る」
今度は優しく受話器を懸ける。この女の子には申し訳ないことをした。こんな顔を晒されて、いや可愛いけど…本人がどうおもっているかは分からんが、まぁ泣き顔を全国に晒されて、可哀そうだ。どうか、これが終わったら被害者ムーブで稼いでくれ。まぁ被害者なんだけど。
…
っち…全然見られないな。
「ねぇ、ツイッター得意?」
聞いてみる。返事は無い。
…まぁそうなるよな…。そもそも、こんな子がツイッターやってるとは思えない。インスタとかだろう。きっと友達もいっぱいいるんだろう。俺にはいなかった、与えられなかったのがいっぱいいるんだ。
有名配信者の名前を検索する。凸待ち系のやつだ。昔、ちょっと見てた。そいつのツイッターアカウントを開き、一番最新のつぶやきをタップする。
ラーメンの画像だ。食ったのか。
今から大体30分前だ。いいねがいっぱいついている。リプ欄をタップし、画像を投稿する。もちろん先ほど撮ったやつだ。
…………
ケータイをスリープモードにする。
もう、俺に将来は無い。俺はいわゆる無敵の人になったんだろう。まぁ、元々無敵の人だったんだ。大して変わらない。世間体も無く、帰りを待つ人間もいない、親戚もいないから多分夜逃げしてる両親以外困る人間もいない。守るべき幸せなんてどこにもない。
ケータイが鳴る。ツイッターからの通知だ。久しぶりだ。俺に対しての人間からの反応は。ネットの世界では初めてだ。
開く。通知が既に67。ほくそ笑んだ。
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