おれたちコロナ大学生

蛇いちご

第1話 オレたち通学はじめ

 「ソーシャルディスタンス、ソーシャルディスタンス」


 ツイッターで何か回って来るので脳死で開ける。都知事だ。だが、その手には雑なコラージュで遊戯王のカードが握らされており、頭には雑にとげとげしい金髪が載せられている。

 

 あははは


 一人で笑ってみた。


 久しぶりに笑った。ちがうな。久しぶりに声を発した。


 思いっきり口の端を釣り上げてみる。眉を左右に伸ばし目を細める。


 あはははは


 笑う笑う。面白い。面白い。面白くて涙が出てくる。何が面白いのかは分かんない。


 笑いながら、マウスを動かし、ピクチャーインピクチャーにしてたオンデマンド授業を再生する。


 おれは大学生。高校まで地方にいた。地方とは言ってもずっとおんなじ所にいたわけじゃない。家庭の都合で何回も引っ越しを重ねた。一度だろうと、都会には住んだことは無かったけど…。そして、彼女ができたことがなかった。友達はすぐできたが女と話すことは殆ど無かった。寺の男子校とか別の校舎に分けられて授業するとかそんなんばっかだったからか。地方は地方だが観光で食ってる土地が多かったから死ぬほどカップルを見てきてて、そのたびに羨ましいと思ってた。


 だから、大学受験を頑張った。正直、不埒な目的だったとは思う。東京の大学に行って、サークルに入って友達いっぱい作って、そしてゆくゆくは女の子なんかとつきあったりして…


 そういう夢のキャンパスライフを夢見てた。


 本当に頑張った。そしてなんとか都内の有名大学に合格した。親も泣いて喜んでくれた。どこにでもいるふつうの受験生なんだろう。


 だが、一つだけ違ったのは地方から来た俺を向かい入れたのは、大学じゃなくてこの安い学生アパートだけだった。入学してから早2年になるがキャンパスにいったことなんて無かった。


 最初の1年、親から毎週手紙と飯が送られてきたが、コロナの影響で観光が死ぬとそれも無くなった。


 バイト先を探すのに苦労した。今は漫画喫茶の夜勤をしてるけど、それまで色々、転々としてきた。入っても出られなかったりしたからだ。ただ、今の職場もいつまで続くかは分からん、みんな何かに怒っててそれをこっちにぶつけてくる。従業員も客も。なんで俺にぶつけるんだ?


 ……


 まぁ、でも今まで頑張った。頑張ったわ。ほんとに。明日からやっと登校なんだよ。まじで頑張った。


 涙が出てくる。


 もう3年にもなろうとしてるが、やっと、やっと本当にやっと登校できんだ。本当に苦しかった。マジで、苦しかった。でも、それも今日で終わりなんだ。


 ちょっと小躍りしながら、オンデマンド授業を消してベッドに寝転ぶ。


 何回も寝転んだベッド。一体、何日の間、こことPCの前を往復するだけだったか。


 やっと、やっと俺の時代が来たんだ。やっと、ほんとうに。


 もう、いいや。もう課題なんてどうでも良い。寝よう。寝よう寝よう。



 おれはそうやって一回起き上がってから部屋の電気を消した。


 ~


 スマフォのアラームで目を覚ます。そうか、今日は授業だ。登校だ!!!


 いまの時間は9時。…2限からだから…、家を出るのは10時40分とかで良いんだ。


 よっし!!


 今日は久しぶりに朝ごはんを食べる。昨日スーパーで買った銀チョコパンだ。昔からこれが好きで…小学生の頃は朝によく食べてた。


 はりきりすぎか?


 いんや、いやいやいや!俺はここまでよく耐えたんだからこれくらいいいだろう!!


 うん、美味しい!なんておいしいんだ!


 カーテンを開ける。


 美しい朝日。

 

 今までの人生の中で一番輝いているかもしれない。よし!


 前日に用意していた授業で使うプリント類と筆記用具の入ったリュックを見る。ていうか視線がそっちに行く。そわそわしてままならない。


 それにしても、ちょっと早く起きすぎたか?でも、このそわそわは本当に抑えられない。


 右手に握りっぱなしのスマフォを自然な流れで顔の下に持ってきて、ほぼ決まった動作みたいにツイッターを開く。


 あは、は?あは、いぬかわいい。あは。は?は?ねこちゃんかわいいい。


 親指で温かい画面を上にに向かってスクロールし、画面が更新したら下にスクロールする。情報がとめどなく脳みそに入って来る。ねこ、政治、いぬ、馬鹿、ねこ、ねこ、馬鹿、ねこ、ねこ、ねこ、馬鹿、馬鹿、くそ、馬鹿、政治、怒ってる奴、ねこ、ねこ、ねこねこねこ。


 ………


 ん?あ、気づいたらもう出る時間じゃね。よっし!!


 勢いよく黒いリュックを背負い、玄関に出て靴を履く。鍵は既にズボンのぽっけに入れてある。玄関出てすぐのところに置いておいたマスクを袋から出してつける。袋はそこらへんに捨てる。


 玄関の扉を開ける。…今までで一番美しい太陽だ。白くて、空は青い。壁は白くでこぼこしてる。今日はすごく良い日だ。何か新しいことがきっと起こるんだ。俺の人生はここからやっと好転するんだ。


 「あはははは」


 自然と笑いが込み上げてきた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る