愛すべき男
「あーはいはいはい。わかりました。」
「!!」
郁警部補はブッコローの言葉にハッとしたように顔を向けた。
「犯人がわかったんですか?」
「はい。犯人は……」
勿体ぶるように、郁、間仁田、岡崎の一人一人と時間をかけて目を合わせていく。
誰かの唾を飲み込む音がする。
「あなたですね! 岡崎さん!」
ブッコローはインクで汚れた手羽先を岡崎に突きつけた。
「わっ、わたしですか?!」
思わず声が裏返っている。
「あなたは昨晩、ここで食事をしたようですが、何か書き物もしていましたね?
そこへ間仁田さんがやってきて、あなたの鞄、そう、そのオカモッティにつまずいて転倒した。
オカモッティを見てください。
何かにぶつかったような凹みがあります」
ブッコローは格好つけて、オカモッティを手羽差した。
「やだぁ、本当だ。へこんでるー」
と言って、マジ凹みする岡崎。
ごほん、とわざとらしく咳払いをするとブッコローは続けた。
「倒れそうになった間仁田さんはテーブルに手をつこうとした。その拍子に置いてあった物も巻き込んでしまったのでしょう。
テーブルの上にはインク瓶があったために、床にこぼれ血だまりであるかのように見えたのです」
郁は真面目にOKフェザーワルツに三代目直記ペンでメモをとっている様子だが、もちろん直線しか書けていない。
「その時、岡崎さんの手にはガラスペンが握られていた。血を流し倒れる間仁田さんの姿に動揺し、インクの付いたガラスペンを見て、咄嗟にそれが凶器になってしまったと思い込んだあなたは投げ捨てた。周囲にはちょうどガラス製の皿が割れていたから隠すには好都合でしたね。
間仁田さんは昼も夜も働き詰めで疲れていたため、頭を打って脳しんとうを起こして、そのまま眠り続けてしまったんでしょう。
……こういうわけで、これは間仁田さんが躓いて転んで失神した、という『事故』ですね」
「事故?」
「え? さっき私が犯人だって…」
「あーあれ、せっかく来たんでやってみたかっただけです」
郁と岡崎がぽかんとした顔でブッコローを見つめていると後ろで気配がした。
間仁田が中年らしい声にもならないうめき声をあげながら体を起こしていた。
間仁田は寝ぼけ眼で周りをゆっくり見回すと間抜けな声を発した。
「ほへ?」
了
古畑ブッコローの事件簿 H.B.ブックロウ @HBBOOKCROW
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