蓄光
「警部! ガイシャと最後に接触したと思われる部下の岡崎弘子さんです」
郁警部補が紹介したその女性は眼鏡をかけて、手には岡持ちを下げている。
「えっっと……出前中ですか?」
「? いいえ?」
「いや、その、それは何ですか?」
「? 私のビジネスバッグです。オカモッティです」
(マジかよ)
しばし理解に苦しんだが、バッグだと言い切るその顔に嘘をついている様子は微塵もない。
ブッコローは岡崎とオカモッティから、再び床に散らばったガラス片を見やった。
ブッコローには実は特殊技能がある。
それは即興、語呂合わせ……ではなく、左右の目に由来する。
右目は昼、左目は夜に効く。
ただ暗闇でもよく見える、というだけではない。
昼であっても夜であるかのように暗闇の中に居るように「視る」ことができるのだ。
この能力によって、明るい中では見えなかったものが視えてくることで事件のKEYが発見されることもあるのだ。
ブッコローは左目に意識を集中し夜間モードを発動した。
辺りを見回すと、床にぼんやりと玉虫色のような鈍い光を放つ物体が視える。
細々としたガラス片のいくつかが、その光の正体のようだ。
「けっ警部! ガイシャが…息を…いいえ、イビキをかいています!」
「は?」
集中モードを思わぬ出来事で邪魔され、苛立ちを隠せない返答をしてしまった。
死んだと思われていた被害者、間仁田は確かに耳障りなイビキをかきはじめている。
「死んでないじゃん! 帰っていい?」
「いやいやいや」
「ていうか救急車呼ばなくていいの? ホント大丈夫な方のイビキ? ヤバいイビキとかあるじゃん。オレ後々、問題になるのとかヤなんだけどー」
「まあまあまあ」
苦笑いの郁警部補。
ブッコローは心底嫌そうな顔で間仁田の肩を叩いた。
「間仁田さーん、起きられます?」
「うーん」と唸ったのか返事なのかわからない声を聞きながら、ブッコローはあることに気づいた。
「あれ? これって早稲田のたすきカラーのインクじゃね?」
血だまりに手羽先をつけて擦り合わせてみる。
「うん…。やっぱインクだわ」
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