古畑ブッコローの事件簿

H.B.ブックロウ

ぞわぞわぞわ

「ハァハァハァ…」

肩を大きく上下させながら、呼吸はひどく乱れている。

彼女は自分を落ち着かせようとゆっくりと自らの手を見た。

「!!」

反射的に持っていたものを投げ捨てた。

それは真っ赤な液体にまみれていたのだ。

パリィンと軽い繊細な音が、やけに静かな部屋に響き渡る。

床には血だまりの中、男が1人倒れている。

彼の半身を覆うほどに、みるみる真っ赤な液体が広がっていく。

彼女はよろけるように後ずさりしたが、次の瞬間には鞄を掴んで踵を返して駆け出していた。




「あーあ、タカラジェンヌと合コンしたいなー」

宝塚劇場前を通りすぎながら、心の声がダダ漏れしている。

彼の名前は古畑ブッコロー。

ミミズクながら警部だ。

今日の事件現場は大衆酒場「一角」、書店が経営しているという。

「警部!お待ちしてました」

現場に到着すると、郁警部補がやってきた。

「ガイシャ?」

ブッコローは足元に横たわる男を見下ろしながら端的に尋ねた。

「被害者は間仁田亮治。有隣堂の文房具バイヤーですが、土曜の夜はこちらで皿洗いの仕事をしていたそうです」

血だまりに倒れた男の近くには無数のガラス片が散らばり、中には赤く染まっているものもある。

「ガイシャが犯人と揉み合っている時にぶつかって落としたのでしょうか…」

視線の先に気づいたのか、郁警部補は呟いた。

ブッコローは男の近くの客席を見回した。

ナプキン代わりだろうか?

テーブルの上にはキムワイプと書かれたティッシュのようなものが置かれている。

「この店のメニューは?」

「こちらです!」

郁警部補がすかさず一冊の本を差し出した。

「『YES! プリクラ王子2』」

「間! 間違えました! こちらです!」

慌てて郁警部補はブッコローの手からプリクラ王子2を奪い取ると、本物の店のメニューを手渡した。

やたら良い紙質を感じる重厚感のあるメニューを開いた。

オススメメニュー『油淋鶏』『Saku Sakuチップス』『食用バラのサラダ』『冷蔵庫の下から出てきたドライたくわん』……

ブッコローは1つのメニューに目を留めた。

涼しげなガラスの器が使われているが、写真からも不思議と秘めた情熱を感じる。

『極めて冷製スープ』





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