第39話 親友とあの男 side:沢城麗華

「………わからない、永井秀人…」


 私は何も求めずに走り去って行ったあの男の背中を見ながらそう呟く。


 今まで出会って来た人は私を見るなり媚びへつらったり、恩を売って見返りを求めたり、男であれば私の身体を欲望の籠った気持ちの悪い視線で舐め回すように見て来たりと、彼女以外はろくな人間がいなかった。


 しかしあの男は違った。

 私が挙げた人種に全く該当しない変わり者…それは私の正体を知った後も変わらなかった。


 私は人を見る目がしっかりあるという自覚はある。今までも様々な人を見て培った目だ、そこに疑う余地なんてないと思っていたが…私は今自分の目のことを疑いつつある。


「私の容姿を見て、それに正体まで知って態度が変わらない男…?……そんなのいる筈ない。…そんな人はだけ」


 私はその場を後にして、スマホからなっている通知音を確認する。


〈麗華?場所分かる〜?迎えに行こうか?〉


〈大丈夫です、今から行きます。〉


〈も〜!また私に対しても敬語になってるよ〜?待ってるからね〜?〉


〈ごめん、久し振りだったから…今から向かうね〉


 とある人物への返信を確認してから私は目的地へと歩き出す。

 そこから数分ほど大学内を歩くと、が待っている目的地に辿り着く。


「中には入らなくていいわ。近くで待っていなさい」


『かしこまりましたお嬢様。我々は近場で待機しておきます』


 そうして私は黒服達を近くに待機させ、目の前にある古びた建物に入る。


「あっ…ふふっ、こっちよ麗華」


 私が中に入ると、驚いた顔をしたお婆さんに「おやまぁ…最近は賑やかになったわねぇ…」と言われたが、そのまま会釈をした後に奥に進むと私のことを呼ぶ声がする。


「お待たせ棗、ごめんなさい待たせたわね」


「うぅん、気にしないで?急に呼び出したのはこっちだから」


 そう言って目の前で本を読んでいる私の唯一の親友、一条棗は読んでいた本に夜空色の綺麗な栞を挟んで閉じ、ニコッと笑いかけてくる。


「どう?良いところでしょう?この図書館」


「…えぇ人が居なくて過ごしやすいわ。それにこの雰囲気も嫌いじゃない…それどころか大好きよ」


「うふふ…この場所は私ともう一人しか知らない穴場なのよ?…それにしても数年会わなくても感覚は似たままなのね」


「そうね、なんて言ったって十年以上の親友だからね」


 そう言って私たちはどちらも自然に笑みが溢れる。

 棗とは私が小学生の頃から一緒にいて、心から尊敬できる唯一の親友。


 私が海外で数年間過ごしていたから学年は違うけど、年齢は私と同じ。


 棗の家も私ほどではないにしろ、そこそこ良いところのお嬢様で、今はおじさま達に許可を貰って一人暮らしをしているとか。


「それで?海外の生活はどうだった?楽しかった?」


「良い国はたくさんあったけど…やっぱり日本が一番ね。…気候以外は。棗はどうだった?」


「そう…こっちも色々あったわ……麗華ちゃんがいない間にね」


「…聞いたわ、ストーカーの被害にあったそうね?安心して?もうそのゴミは二度と日の目を浴びさせないわ?」


「あ、ありがとう…麗華…」


「全く…よく無事だったわね?そのゴミが殺人未遂を起こしたって榊原から聞いたわよ?私が殺しに行こうか迷ったくらいだわ…」


 私がそう棗に言うと、一瞬顔を赤らめたかと思えば急に暗い雰囲気に包まれた。


「う、うん…私を助けてくれた男の子がいてね…?その子が私のことを助けてくれたんだけど…そのせいでその子が大怪我しちゃって…。昨日もその男の子に連絡を入れてたりしていたの」


「男…?また棗に群がって来たゴミクズどものことかしら?良いのよそんな奴ら気にしなくて」


「そうだとしてもそうはいかないでしょう?全く…。それにそんな人じゃないわよ?彼は…そう、その男の子は私に対して下心もなく助けてくれたカッコいい人なの……私が危なかったら迷わず身を呈して庇うくらいに…危なっかしいけどね」


 そう話す棗は顔を真っ赤にして、私から見ても今まで見たことのない表情をしている。


「…まさか好きなの?その男のこと…」


「………私にそう言う資格は今は無いけど…好きよ?彼と添い遂げたいくらいには…ね?」


 私が問いかけると、迷いのない顔でニコリと笑いながら本の栞を見つめている棗。

 …こんな顔の棗は見た事がない。


「……まさかそんな言葉が棗から出てくるなんて思わなかった」


「うふふ…私だってこの歳になって本当の意味での初恋をするなんて思わなかったわよ。…でも今は私の気持ちの前に彼への償いね。…それで?麗華の方は好きな人はできたかしら?」


「冗談言わないで?今までと同じ、男なんて気持ち悪い…どこの国も私に話しかけて来た男は全員気色が悪かったわ?やっぱり男なんてどいつもこいつも一緒…………そう言えば最近変な男が居たわね…」


「あら?私だって麗華からそんな言葉が出るなんて思わなかった。どんな人?」


「顔は……普通ね。特別かっこいいわけじゃないわ、その辺に居そうなごくごく普通の顔。…だけどあの男は私の事を命懸けで助けたかと思えば、頑なに見返りを求めない変な男よ。私の正体は明かしたのに、お礼を受け取らせる前にさっきも逃げられたわ。本当に何を考えているのかしら!あぁ!ムカムカする…っ!」


 私が永井秀人の事を思い出すと、再びお礼を受け取らなかったあの男に対してイラつきが湧き上がる。

 そうして私が少し感情的になると、驚いた顔で私の事を棗が見ていた。


「麗華が男の子に対して感情的になっているの…初めて見たかもしれないわ?」


「これはただの見返りを受け取らないあの男へのイラつきよ!全く…私を助けて見返りが要らない…?赤の他人でそんな人がいる訳ないでしょう?」


「…そうでもないわよ?意外とそう言う人は近くにいたりするものだから。もしかしたらその男の子は、麗華が初めて出会うタイプの男の子なのかもしれないわね。私を助けてくれた彼もそんな人よ。人を助ける事に見返りや理由なんて考えないような人…信じられないかもしれないけどそう言う人はいるの」


「…そんな男見た事ないわ?」


「だから初めて会うタイプって言ったのよ。機会があれば彼と話させてあげたいくらいだわ、うふふっ…きっと麗華でも話せると思うわよ?あっ…もうこんな時間、ごめんね麗華。私はこれから講義があるから…行くわね?」


 そう言って棗は図書館を出て行った。私も棗と一緒に図書館を出て、スマートフォンを取り出す。


(初めて会うタイプの男…?そんなのいるはずないわ、私の見たことのない男なんているはずがない!)


 そう思った私は榊原に電話をかける。


『どうなされましたか?お嬢様?』


「榊原?少し頼み事を貴女にお願いしたいの…いいかしら?内容はとある男の事を調べて欲しいのだけれど―――」

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