2.宿命

 「早く!気管の確保と血を吐き出させろ!」

 ——これは?——


「よぅしよし。ちゃんと飲めましたね」

 ——ん?——


「よし!もう一踏ん張りだ!よし!立てた!偉いぞ!」

 ——ああ——


「なんでこんな簡単な事も出来ないんだ!それでも俺の子か!」

 ——あぁ——


「凄い!また百点だね!」

 ——懐かしいな——


「ダメだったらしいよ?え?じゃなきゃここにいなくない?」

 ——思い出したくも無い——


「嫌われてる癖に。こっち見んなよ」

 ——勝手に嫌ってるのはそっちだろうに——


「キモっ」

 ——同上——


「合格おめでとう!」

 ——その涙は何だ?一緒に行こうと約束したろう?——


「今後のご活躍をお祈り申し上げます」

 ——定型文だな——


「厳正な選考の結果……」

 ——この先を読む迄も無い——


「お前の代わりなんて幾らでもいるんだ」

 ——後々困るのは目に見えてるのに——


「この大学出ててそれなの?」

 ——大学での成績と労働者としての適正は別だろうに——


「たいして価値の無かった人だから」

 ——なら、自傷する程の苦悩からの恢復の時に傍にいたのも無価値なのか?——

 ——それとも嘘や勘違いであんな笑顔になったのか?——


「何やってるんだ!危ない!」

 ——本当におまえは僕に生きていて欲しいのか?——


 閃光



 ——ああ、これが走馬灯か——

 ——もっと、心地いいものだと思ってたなぁ——


 目の前には、自分から選んだとは云え、避け難い「死」が有った。


 安心感。

 全身複雑粉砕骨折。

 衝撃感。

 内臓破裂。

 苦痛。

 開放感。

 堪え難い苦痛。


 閃光。


 白い世界。

 ——ただ、白い——


 ——最初の幸福な数年以外は苦痛に満ちた僕の人生——

 ——最後はこんな真っ白で終わりか——


 ——僕らしいな——


 自嘲的な嗤いと共に、安らかな気持ちになる。


 ——さよなら。世界——


「真に汝はそれで良いのか?」


 突然の声。


 光の崩壊。

 気道に生温いドロドロした物が入り込む。

 口から溢れ、喉が塞がれて行く。

 肺がそれで満たされていく。

 筋が引き剥がされる。


 ——なんだ、もっと安らかなモノだと思ったのに——

 ——痛くて、辛くて、寒くて、苦しいじゃないか——


 ——こんな勘違いも僕らしい、か——


「真に汝はそれで良いのか?」


 また声。


「良い訳があるか!何だっ!こんなっ!」

 僕は声が出せる様になっていた。

 口から溢れていた血は消え、換わりに涙が溢れ出ていた。


「こんなっ!でもっ!でも……」

 血潮の代わりに嗚咽で喉が塞がる。


「他に何かあったのかよっ!?他に何かできたのかよっ!?」

 ——そうだ、僕には何もできなかった——


「だから!もう終わりにしたいんだ!」

 踞り、そう叫ぶのが精一杯だった。


「ならば、最高の頭脳を与える。『次』へ行くがよい。『賢者』として生きよ」


 声は、ただそう告げた。



 明るい光。

 先程の閃光とは異なる、優しく、暖かい光。


「お兄さん、ここで何してるの?」


 全身を温める様な陽光の中、目を開けると、そこには歳の頃17・8歳の、赤褐色の目をした少女が僕の顔を覗いていた。

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