第29話 戦いの終わり、残されたもの
「はぁ……はぁ……。お、終わったの……?」
「まだ油断しないでよ」
白光に呑まれ、吹き飛ばされたリベラの身体が地面に墜落する。
戦いは終わったのか。
まだ何も分からない以上、警戒を解くわけにはいかない。
カノの言葉に、シオンは緩みかけた緊張の糸を張り直す。
三人はゆっくりと地に倒れたリベラに近づき、イリスが彼の喉元に切っ先を突きつける。
「……君は、この男と違って、ガルスに似ているな」
自分を見下ろし、睨みつける彼女の顔を見て、リベラは掠れた声で呟いた。
「!? お父様を知っているの!?」
予想外の発言に、イリスは驚く。
「知っているさ。長い間、彼に憑りついていたんだ。霊魔種を含めた全ての種族との和平を夢見た愚か者。その愚かさゆえに、この男の策略に嵌り、王の座を追われた男」
「……そう、かもね」
リベラの言葉を、イリスは否定しきれなかった。
確かに、父ガルスと兄クレスは全てが対照的だった。
平和を目指し、そのために最小限の力を行使する父。
力こそが全てであり、圧倒的な力による支配の先に平和があると信じる兄。
争いを嫌う父は、兄の謀略に気が付けず、その立場を追われることになった。
「友愛賢人などと、よく言ったものだ。彼は、賢人ではなく愚者だよ。……どうしようもなく愚かな、心優しき偉大な王だったよ」
「……! うん。私も本当に、そう思う」
敵であるはずのリベラが、父のことをしっかりと評価していることが意外だった。
しかし、その評価は敵意に溢れたものであったり、適当なものではなかった。
彼が、父とどういった関係だったのか。
その詳細までは分からないが、ここまで正しい評価を下せるということは、悪い関係ではなかったのだろう。
全種族との和平を追い求め、国を追われた父が、憑りついた霊魔種に認められた。
それは、彼の理想は間違ってはいなかったことを証明してくれているようで、イリスは少しだけ嬉しくなった。
「それにしても、霊魔種のくせに、黄道十二神(アストロロジカル・トゥエルブ)に喧嘩を売るとは……。自分が何をしたのか、理解してるのか?」
「黄道十二神が何かは知らないけど、私は私の約束のために戦っただけ。霊魔種がどうとか関係ない」
リベラに問いかけられたカノは、力強く答えた。
自身の存在理由も、霊魔種としての目的も、彼の言う黄道十二神というものが何なのかも分からない。
霊魔種として、自分は欠落している何かがあるのだろう。
それは分かっている。
だから、今の自分は、シオンの力になりたいだけの、ただの一人の少女だ。
「変な霊魔種(どうほう)もいたものだ。君は──いや、君たちは、今日俺を倒したことがどれだけ危険な選択だったか、理解していないだろう」
彼女の答えに、リベラは呆れたような笑みを浮かべる。
霊魔種は全種族の敵であり、霊魔種にとっても全種族は敵である。
シオンたちは、霊魔種と共に、霊魔種を打ち倒した。
それは、彼女たちが文字通り世界を敵に回したことの証左である。
「それでも、オレたちは先に進むよ」
シオンは、事の重大さを理解しきれていない。
だが、理解していようといまいと、彼女は同じ選択をする。
自分が守りたいもののために、彼女は戦う。
それが世界の敵でも関係ない。
「そうかい。だったら、苦難の道を行く君たちに、せめてもの選別だ」
彼は、ため息をつきながら、懐から何かを取り出した。
それは、黒鉄の鍵だった。
「それは……?」
「さっき言ってた、王だけが持つカギだよ。こんな男が持つよりも、俺を打ち倒した君たちが持つ方がふさわしい」
リベラはその鍵をシオンに向けて放り投げる。
「精々頑張れ」
シオンがカギ受け取るのを見届け、リベラは目を閉じた。
「──っ!?」
カギを受け取ったシオンは、頭の中に何かが流れ込んでくるのを感じ、その情報量に膝をついた。
「な、に……!?」
そして、時間差で彼女と繋がっているカノの身体にも、衝撃が走る。
「え? ど、どうしたの二人とも……!」
それを見ていたイリスは、何が起きたのか分からないが、二人の心配をする。
「だ、大丈夫……。ちょっとふらついちゃっただけだから」
「……まあ、初めての戦闘だったしね」
「そ、そう……? ならいいけど、無理しないでね」
「うん。ありがとう、イリス」
明らかに何かを隠し、誤魔化しているとイリスは見抜いていた。
しかし、今はそれを問い質している場合ではないと考え、心配するだけに留めておくことにした。
その気遣いに感謝しながら、シオンたちは崩れ落ちているクレスの方に視線を向ける。
「それで、こいつどうするの? 生きてるなら殺しておいた方がいいんじゃない?」
「……このままでいいよ。こんなところに長居してる時間も体力もないし……。それに……」
イリスは、顔の半分が焼けただれ、自慢の剣技を振るうための片腕も欠損。
そして、シオンたちの斬撃とイリスの一撃を受けた身体は、生きていることがかわいそうに思えるくらい無惨だった。
「この人には、お似合いの末路だと思う。力を求めた結果、相手の実力を見誤り、本当の強さの前に負けたんだから」
「本当の強さ?」
「うん。誰かを守りたいって、誰かの力になりたいっていう純粋な思いがくれる強さ。それの前に、この人は敗北したんだよ」
イリスは、シオンとカノを見て、優しく微笑んだ。
その真っ直ぐで暖かな言葉に、二人は顔を見合わせて、少しだけ気恥しそうにする。
「……シオンといい、あんたといい、どうしてそうも恥ずかしいことを真っ直ぐに言えるのかしら」
カノは、ため息をつきながら、呆れたように口を開いた。
「えーっと……それ、褒めてる?」
「きっと褒めてくれてるんじゃない? この子、素直じゃなさそうだし」
彼女の言葉に、シオンは困惑し、イリスは彼女の反応を見て笑っていた。
「……分かった気にならないでよ」
二人の反応に、不機嫌そうな顔をするカノ。
「とりあえず、どこかの街に行って治療と休憩しよっか。みんなボロボロだし」
そんな不機嫌そうなカノの頬をイリスが指で突き、その手を煩わしそうに払いのける。
「さんせーい……もう、今にも倒れそう……」
「ふふっ。じゃあ、行こっか」
三人は、ボロボロの身体を引きずり、歩き出す。
こうして、シオンたちの戦いは、夕暮れと共に終わりを迎えるのであった。
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