第28話 いつか笑った夢物語

「ちっ……」


 シオンたちが作戦を練っている中、リベラは盾を砕くべく、斬撃を浴びせていた。

 しかし、予想以上の強度に、彼は焦りを感じ始める。

 イリスが参戦したところで、戦況に大した違いはない。

 多少厄介ではあるが、戦闘スタイルも、葬具の力も全て把握している。

 彼が最も嫌がっていることは、シオンたちの姿を見失うことだった。


「砕けろ!」


 リベラの放った斬撃は、ついにイリスの盾に亀裂を入れる。

 この好機を逃すわけにはいかない。

 斬撃を何重にも折り重ね、亀裂に向けて放つ。


「二翼斧!!」


 だが、リベラの斬撃が盾を砕く前に、イリスは葬具の形態を斧へと変化させ、自分の手の内に戻す。

 リベラの放った一撃は、盾を砕くため、亀裂に向かって放たれていた。

 簡単に予測できる単調な軌道。

 そうなるように、盾の一部だけ強度を下げて待ち構えていた。

 何重にも重なった斬撃とイリスの戦斧が激突する。


「くっ・・・・・・ぁぁぁぁああああ!」


 一撃一撃が重たくのしかかり、イリスの骨が軋み悲鳴を上げる。

 その声を無視し、彼女は全ての斬撃をねじ伏せ、そのまま地面を叩き壊す。

 同時に、漆黒の鎧を纏い直したシオンが、土煙の中を一直線に駆け抜ける。


「その傷でよくやる。だが、これはどうする?」


 近づくシオンと、動き出そうとするイリスに向けて、土煙ごと切り裂くように斬撃が放たれる。


「くっ!」


 盾を再展開すれば、斬撃を防ぐことは出来るが、その場から動くことが出来なくなってしまう。

 動きを封じられたイリスを心配する気持ちを抑え、シオンは目の前の斬撃に集中する。

 回避できる斬撃は全て回避し、避け切れないものは影になってやり過ごす。

 そして、影になった数秒間でリベラに出来る限り近づく。

 当然、彼がそれを許すはずがない。

 何度も降り注ぐ斬撃の雨。

 徐々に実体に戻っていく身体に、切り傷が増えていく。

 それでも立ち止まるわけにはいかない。

 影から戻る前に、斬撃の雨を超え、リベラにこの拳をぶつける。


「とっ……どけぇぇぇ!!」


 全身の痛みと共に、斬雨を超え、リベラの死角に飛び込むシオン。

 斬撃を放つよりも、拳が届く方が早い。

 その瞬間、シオンの背後からガラスの割れるような音と、肉と骨が裂かれる生々しい音が響く。


「っ!? イリス……!」


 だが、振り返った彼女の視界に映ったのは、今なおリベラの攻撃に耐え続ける彼女の盾だった。


「しまっ──」


 シオンは、自らの失態を悟る。

 彼女のことを信じられず、千載一遇の好機を逃してしまったことに気が付いたところで、もう手遅れだった。


「ぐっ……!」


 シオンを挟み切ろうと放たれた斬撃。

 どうにか両腕で食い止めるが、ギリギリと鎧が削られていく。


「どうやら、魔力が尽き欠けているようだね。いや、むしろよくここまで戦ったと褒めるべきかな」


 必死に抵抗する彼女を見ながら、リベラは呟く。

 彼の推測通り、シオンはもう影になることも、影に潜ることも出来ない。


「すぐにイリス・ラスティアも殺してやる。先に死んで、待っているといい」


 目の前で振り下ろされる斬撃。

 シオンは、身動きを取ることが出来ず、彼には逃れる術がなかった。


「く、そぉぉ!!」


 自身の死を悟った彼女は叫び声をあげた。

 ──だが、それはリベラが聞いたから、そう聞こえただけの話である。

 シオンの一世一代の叫び声は、作戦開始の合図だった。


「なっ……!?」


 リベラは、何が起きたのか理解できなかった。

 分かったことは、シオンを狙って放った斬撃が見事に弾き返されたこと。

 そして、自分が今、足元の影から飛び出してきた拳に顔面を殴られ、後方に吹き飛ばされているということだけ。

 それ以外の理解は追いついていなかった。


「──ずっと見てて、疑問だったんだよね。どうしてそんなにシオンたちに絶え間なく攻撃をするのかって」


「き、さま……何故そこにいる……!?」


 地面を転がっていたリベラは、顔を押さえながら、いるはずのない彼女の方を向き、激昂する。

 しかし、その怒りと同時に、彼は斬雨を凌いでいたはずの盾が消えていることに気が付いた。


「い、いつの間に……!?」


「あなたの魔法、影までは偽装できないんでしょ? まあ、難しいもんね。陽の当たり方や動き方でころころと形とか向きとかが変わるから。というか、偽装できたところで、影の中に潜られたら、すぐに気が付かれちゃう」


 シオンの纏う鎧から現れ、斬撃を真正面から打ち砕いたイリスは、淡々とリベラの魔法を解明する。


「どうしてもシオンたちを追い詰め続けないといけなかった理由はそれでしょ? 少しでも隙を作って、影に潜られるわけにはいかなかった。それを許したら、自分には手出しできなくなるから」


 偽装するには条件が複雑すぎる影は、彼の魔法でも偽装できないのではないか。

 仮に出来たところで、影を自由自在に操ることのできるシオンとカノの前では、無意味なのではないか。

 そう考えれば、シオンたちに絶え間なく攻撃を続けていたことにも説明がつく。

 彼の魔法の弱点を影だと推測したイリスは、一つの作戦を提案した。

 シオンたちの手札から、影に潜るという術が失われたことをリベラに認識させる。

 そのためには、最低限の魔力消費で戦いつつ、追い詰められる必要があった。

 絶体絶命の危機で、影に潜ることや影になるといった手段を取らなければ、まず間違いなく、それはもう使えないのだと認識するはずだ。

 クレスとの連戦も相まって、確実にそう認識してしまうだろう。

 また、彼との戦いを見ていたリベラは、シオンが鎧を纏った姿は、カノとの一体化した姿だと認識しているはず。

 その認識を逆手に取り、カノはシオンの影の中で待機させておく。

 頃合いを見計らい、盾の中に籠り、斬撃を凌ぎ続けることで、リベラの認識から外れたイリスを影の中に引きずり込む。

 そして、シオンを殺す一撃を放った瞬間に、イリスがその攻撃を防ぎ、カノがリベラに一撃を喰らわせる。

 それが、イリスの提案した作戦だったのだ。


「それに気が付いたところで、君たちの敗北は変わらない!!」


 認識を偽装し、敵を解体する魔法『偽解魔法(ぎかいまほう)』を使うリベラが、認識を逆手に取られ、魔法の弱点を解明されている。

 しかし、それでもリベラの優勢は変わらない。

 クレスに敗れ、葬具に侵食され、ほとんど戦える状態ではないイリス。

 連戦でほとんどの魔力を使い切ったシオンとカノ。

 魔法の弱点を暴かれたところで、リベラの勝ちは揺るがない。

 既に駆け出しているシオンたちを、影に潜るよりも早く切り刻んで殺す。


「その敗北を変えるための作戦だって言ってるでしょ!!」


「ちっ!! いつの間に……!!」


 そのために魔法を発動しようとしたリベラは、全身に絡みつく弦に気が付いた。

 どのタイミングで仕掛けたのかは全く分からないが、身体を動かすことが出来なかった。

 身動きを封じられたら、認識の偽装も意味がない。

 また、手を振り下ろすことが出来なければ、斬撃は放てない。

 彼女たちが一歩近づくたびに、自分の愚かさに気が付かされる。

 目の前の少女たちは、変わらない敗北を、自分たちの劣勢を覆すために必死に戦っている。

 その必死さを笑ったクレスは、彼女たちに敗北した。

 優勢だからという理由で、自分の勝利は揺るぎないと信じていた自分が恥ずかしい。

 勝利を確信するのは、ここにいる三人を殺してからだ。


「う、お、おおおおおおおおお!」


「う、嘘……!?」


リベラは、身体中に弦が食い込み、血飛沫が噴き出すのも気にせず、右腕を振り下ろそうとする。


「粉々に切り刻まれろ!」


「その前に、私達が……!」


「お前を、倒す!!」


 右腕を引きちぎってでも、斬撃を放とうとするリベラの視界にシオンとカノの真っ直ぐな瞳が映った。

 次の瞬間、二人の拳がリベラの顔面に直撃する。

 何度も何度も、凄まじい勢いで放たれる絶え間ない殴打。

 残り全ての魔力を身体強化に回し、もう二度とリベラに攻撃のターンを回させまいと、ここでこの戦いを終わらせるべく決死の攻撃を放つ。


「うぉぉぉおおおお!! 粉微塵になれぇ!!」


 リベラは遠退きかける意識を繋ぎ止め、右腕を振り下ろす。


「「黒淵重奏(ディープ・アンサンブル)!!」」


 それと同時に、彼の腕は弦に切り裂かれ、二人の拳に纏わせた影が鋭い刃となり、彼の身体を同時に切り裂く。

 一瞬の意識の断絶。

 その僅かな隙に、シオンとカノの間から、白銀の槍を携えたイリスが現れる。


「消えろ……! 白翼一奏!!」


 白き光の奔流が、降り注ぐ斬撃ごと、リベラの身体を吹き飛ばす。

 その眩き光に呑み込まれたリベラは、懐かしい誰かの言葉を思い出していた。


「──私はね、いつか全ての種族と手を取り合えると信じている。その中には、君たち霊魔種も含まれているんだ」


 それは、いつの日か、人間種の先代国王ガルス・ラスティアが口にしていた言葉だった。


「……ふん。下らない夢物語だ。そんな日は、未来永劫訪れることはない」


 彼の身体に憑りついていたリベラは、その言葉を鼻で笑った。

 霊魔種と他の種族が分かり合える日など来ることはないし、手を取り合うことなどあり得ない。


「……そう、思っていたのだがな」


 しかし、リベラの前に立つ彼らは、ガルスが語り、自分が否定した夢物語そのものだった。


「俺の、負けだ」


 手を取り合い、共に戦う人間種と霊魔種。

 リベラは、かつて自分が嘲笑い、否定した夢物語の前に、敗北を認めるのだった。

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