第24話 たかが小瓶一つで

 凄まじい速度で交差する二人の刃。

 鎧の下の表情はクレスには伝わっていないが、シオンは決死の表情を浮かべていた。

 頭の中に絶えず流れ込んでくるカノの情報から、最低限必要なものを選定し、戦いを続けていた。

 戦闘中に変化し続けていた理由は、徐々に情報を理解し、自分のものとして消化していたためである。

 魔力の一割を身体強化に回し、一割を攻防に回す。

 その上で、カノの戦闘経験と自分の目で見た数々の技をラーニングして、どうにか食らいついている状態だった。

 さらに、カノと一体化することで、それら全てをより効率的に行っている。

 それでも、まだ勝機はないに等しい。

 あるとすれば、一つだけ。

 シオンはその時を待ち続けていた。

 恐らく、クレスのような性格の人間は、シオンのような急成長して食らいついてくる危険人物を放ってはおかないはず。

 今、この場で、確実に殺したいと思っているはず。

 それを逆手に取って、クレスの葬具を破壊する。

 そのために、今はクレスの剣技に食らいつく。

 影を介した移動も利用しながら彼を翻弄し、今以上に厄介な存在だと認識させるように立ち回る。

 一切の余裕はなく、一つのミスも許されない。

 ごく平凡な一般人だったシオンの体力はとっくに尽き欠けている。

 それでもまだここに立って戦っているのは、傷の痛みとカノの温かさ。

 そして、イリスとの約束を果たしたいという思いだけだった。


「あ、あぁぁぁぁあああ!!」


 その想いが、たった一撃だけ、クレスの剣技を上回った。

 彼の一閃を弾き返し、完全な隙が生まれる。

 その隙を逃すわけにはいかない。

 全てを振り絞り、彼の心臓を目掛け、突きを放つ。


「無駄な努力、ご苦労様……!」


 そんな彼女を嘲笑うようなクレスの笑みと共に、彼の持つ葬具が白く光り輝く。


「無明穿天、起動!」


 放たれた光が、シオンの持つ刃を消し飛ばしていき、鎧も砕け消え去っていく。

 同時に、彼と一体化していたカノも出現する。


「諸共に死ね」


 二人同時に切り裂こうと、剣を振り下ろそうとする。


「──は?」


 だが、そんな彼の視界にあるものが映った。

 炎が揺らめく一つの小瓶。

 それを取り出す素振りは一切なかった。

 一挙手一投足を見逃すわけにはいかなかったあの状況で、こんなものを取り出せばすぐに気が付くはずだ。

 だから、シオンは鎧を纏う直前に、カノに手渡し、自身の影の中に小瓶を仕込んだ。

 空中にいたクレスには、シオンに隠れてその光景は見えていなかった。

 そして、影の中に置いてきた小瓶は、能力の無効化により強制的に排出された。

 剣を振り下ろす腕を止めなければならない。

 分かっていても止められない。

 シオンたちを殺すために全力の一撃を放とうとしていたのだ。

 彼の一閃は、小瓶を真っ二つに切り裂く。


「フラム!!」


 そして、影の中に潜りながら、シオンは精霊瓶を発動させる。

 瓶から解き放たれた炎は瞬く間に広がり、爆炎がクレスを吹き飛ばす。


「がぁっ!?」


 完全に不意を突かれた一撃。

 ほぼ零距離で炸裂した爆炎は、一時的にクレスから視覚と聴覚を奪い去った。

 その隙を、シオンたちは逃すわけにはいかなかった。


「これは、イリスが受けた痛みの分だぁ!!」


 影の中から飛び出しながら、影を纏った拳で、クレスの顎を殴り、彼の身体を宙に浮かせる。

 そして、葬具だけを影で絡めとり、彼の腹部を思いきりぶん殴り、後方へと吹き飛ばす。

 何度も地面を跳ね、瓦礫に叩きつけられるクレス。

 その姿を見ながら、葬具を影で包み込み、圧縮し、粉砕する。

 ばらばらと砕け散る金属片。


「「──っ!?」」


 これで、クレスに戦う力は残されていないはず。

 戦いは終わった。

 そう考え、肩の力を抜こうとしたシオンとカノの背筋に寒気が走る。

 それは、砕け、地に落ちていく金属片の中から漂っていた。


「──感謝するよ。取るに足らない枷ではあったが、厄介なことに変わりはなかったからね」


 辺り一帯を震わせる声。

 その声の主を、二人は必死に探す。


「無駄だよ。どれだけ血眼になったところで、俺は見えない。既に肉体を捨て、魂だけになった俺のことはね」


 彼女たちの行為を笑うような声は、一か所に収束していく。

 それは、瓦礫に叩きつけられたクレスのいる方角だった。


「骨折、火傷、内臓の一部損傷。まあ、これなら活動には問題ないか」


 クレスは──いや、クレスの身体の中に入り込んだ何かは、自分の身体の損傷状態を確かめながらゆっくりと立ち上がる。

特徴的だった銀髪は緑交じりになっていき、紫紺の瞳は青白さが混ざっていく。


「さて、君たちのことは葬具の中からずっと見ていたが、初めまして」


 そこにいたのは、もはやクレスではない何かだった。




「俺は、リベラ・ブラキウム。君たちを殺す、霊魔種の名前だよ」

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