第23話 深淵に奏でる黒

「無明穿天……!」


 クレスの声に呼応し、彼の手に握られた葬具が起動する。

 放たれた光は、シオンたちが放った攻撃の全てを掻き消し、何もかもが無に帰していく。


「全部、消し飛ばされた……!?」


 地上にまで達した光は、シオンの中に潜っていたはずのカノの姿も実体化させる。


「違う……! これはそんな単純な話じゃ──」


 彼の持つ葬具の能力に察しがついた彼女が説明をしようとしたその時。

 シオンは咄嗟に、カノを突き飛ばし、自身も前方に飛び込む。

 次の瞬間、二人がいた場所はズタズタに切り裂かれる。


「シオン!?」


「だ、大丈夫……!」


 カノを突き飛ばしたことで一歩で遅れた彼女の背には、傷が出来ていた。

 だが、少しでも早く斬撃に気が付いたことで、傷は浅かった。


「やっぱり、二人だったか。そっちの女は……霊魔種か! 殺して、新しい葬具の素材にでもするとするか」


 降下しながらシオンとカノの命を狙い、剣を構えるクレス。


「カノ、魔力の残りってどれくらい!?」


 放たれる斬撃を操作しながら、シオンはカノに確認する。


「5割は切ってる。けど、あの葬具の能力が私の推測通りなら、どれだけ魔力が残ってても無駄かも」


「残ってるなら大丈夫……!」


「大丈夫なわけないでしょ……!? まだ私との共有終わってないでしょ!?」


 血を流しながら笑うシオンに、カノは怒りを露わにする。

 カノとの契約。

 それは、二人の影を繋ぐことで成立していた。

 二人の影を繋ぐことで、お互いの全てを共有する。

 五感も、思考も、鼓動も、何もかもを一つにすることが、彼女との契約だった。

 これを利用し、カノが培ってきた戦闘経験や、魔法に関する全ての知識を共有することで、シオンが戦えるようにする。

 これがカノの策だった。

 だが、何百年分の情報を共有されたところで、全て理解しきるためには多大な時間が必要になる。


「それに、あいつの葬具の能力は多分、『あらゆる事象の無効化』。私が外に引きずり出されたのがその証拠」


 シオンと契約したカノは、彼女の影としてずっと潜んでいた。

 誰の手が届かない暗闇の最深部で、シオンとの共有が終わるまで、攻防のアシストを行っていた。

 しかし、そんな彼女が表層に引きずり出された。

 否。影に潜むことを否定されたかのように、気が付いたら彼女の傍にいたのだ。

 それが、葬具の能力の推察根拠だった。

 ただ、葬具の能力を何度も使ってこないところを見る限り、何かしらの制約があるのだろう。

 それを差し引いたところで、シオンとクレスの実力は天と地ほどの差がある。


「今なら、全員揃って逃げられる……! このまま──」


 無茶も空元気も、蛮勇も大概にしろ。

 彼が葬具の能力を使用してこないうちに、ここから逃げよう。

 そう言おうとした彼女の口を、シオンが塞いだ。


「大丈夫。無茶でも、空元気でもなく本当に」


 カノに背を向け、シオンは降下してくるクレスを睨みつけた。

 ジワリと赤く滲んだ彼女の背中は、先ほどとは少しだけ違っていた。

 それが何を意味するのか、カノには理解できた。

 ただ静かに、彼女の手を握りしめ、自分を影に変えることで、シオンの身体を覆い尽くす。

 漆黒の影の鎧、通称『纏淵外装(エクリプス・ベイル)』。

 二人の影を混ぜ合わせ、一つの状態として完成した、まさに一心同体の形態である。


「戦場で呑気にお喋りとは、舐めてるとしか言いようがないな!!」


 そして、その変化に、クレスはまだ気が付かない。

 二人を一刀両断しようと振り下ろされた彼の一撃を、シオンは弾き返す。

 間一髪の防御ではない。

 明確な殺意を伴った一撃を、彼の一撃に合わせて放った。

 クレスは後方に吹き飛ばされながら、地面に着地することとなる。

 その決定的な隙を逃すまいと、シオンは地面を蹴り、一気に距離を詰める。


「舐めてるのは、どっちだよ!」


 懐に潜り込み、刃を振るうシオン。

 クレスはすぐに態勢を立て直し、彼女の一閃を防ごうとする。

 しかし、刃と刃が触れることはなかった。


「なっ!」


 唐突に天地がひっくり返るような浮揚感。

 シオンは、最初から彼を斬るつもりはなかった。

 そう思わせて、足を払い、完全に態勢を崩すことが目的だった。

 黒い鎧から見える橙色の瞳が、地に倒れゆくクレスを見下ろしていた。

 その冷たい眼差しは、先ほどまでの素人の瞳ではなく、戦士としての瞳だった。


「お前ごときが……俺を見下すなぁ!!」


 振り下ろされる刃を切り裂き、返す剣でそのままシオンの首を切り裂こうとする。

 その凶刃を、もう片方の手に生み出した刃で防ぎ、クレスの身体を蹴り飛ばす。


「ごふっ……!」


 地面を跳ね、転がっていくクレスの身体。

 切っ先を地面に突き立て、無理矢理に自分の身体を停止させる。

 彼のその判断は正しいものだった。

 シオンは追撃のために既に動き出していた。

 あのまま地面を転がっていたら、致命傷は避けられなかっただろう。

 黒い鎧を身に纏ってから、彼女の動きは急激に変化した。

 鎧が原因なのか、彼女と共にいた霊魔種が原因なのか。

 そこまで思考している余裕は、今の彼にはない。

 何があったのかは知らないが、目の前の少女は、一瞬にして戦士へと変貌した。

 手を抜けば死ぬのは自分だ。

 近づいてくる彼女を視界に収めながら、クレスは葬具をちらりと見る。

 彼の持つ葬具『無明穿天』は、カノが予想した通り、あらゆる事象を無効化する能力を持つ。

 しかし、その強力すぎる能力故、当然制限が存在する。

 連続使用は出来ず、チャージタイムが存在し、その時間は無効化した範囲に依存する。

 イリスとの戦闘で使用した際のチャージタイムは2分だった。

 そして、先ほどのシオンたちの攻撃の無効化範囲から、恐らくチャージタイムは残り1分程度だろう。

 その一分を凌ぎ切り、彼女の鎧を剥ぎ、殺す。

 もしくは、彼女の魔力切れ、体力切れまで粘り、殺す。

 クレスの勝ち筋は、そのどちらかしかなかった。

 そして、勝機がより少ないのはシオンたちの方だった。

 どちらが勝つのかは、この一分間の後に決することとなる。

 互いの勝機を乗せた刃がぶつかり合う。

 交差する殺意と闘志。

 二人の最後の攻防が幕を開けた。

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