1-5

「そんで、急遽この子の親探しが始まったと」


 恭弥が見つめる先にはユディトと広瀬百合と名乗った少女。ひとまず彼女を泣き止ませることには成功したようで、今はユディトに手を引かれながらソフトクリームを舐めている。ちなみにこれは少女を安心させる為にユディトが与えたものだ。代金を出したのは恭弥だが。


「厳密には親御さんではなく、保育タイプのEvoですが」

「ううん、リリアーナは親だよ。だってパパやママよりも大好きだもん!」


 百合の両親は多忙であり、普段はそのリリアーナというEvoとほぼ二人暮らしのような生活だという。

 今時、子供の面倒をEvoに任せる親も少なくなく、それが社会問題になりつつある。が、少なくとも百合は現状の暮らしに不満はないそうだ。


「リリアーナはね、勉強を頑張ったらお出かけに連れていってくれるの。今日も一緒に来たんだけど、はぐれちゃったんだ……」

「それは心細かったでしょう。でも、大丈夫です。私達が絶対にリリアーナさんを探し出しますので」

「うん!」


 ユディトが色々と話しかけた甲斐あってか、百合の顔にもすっかり笑顔が戻ってきたようだった。


「百合さんはよく原宿には来られるのですか?」

「うん! 美味しいパンケーキ屋さんがあるの! 他にもねー、可愛いお洋服買ったりしてー……」


 年齢、そして人間や機械関係なく、女同士だと会話も弾むようだ。

 恭弥としては早く捜査を再開したいので、百合は交番に預けるよう提案したのだが何故かユディトはこのまま自分達で探すことを主張した。


 何かユディトならではの考えでもあるのだろうか。気は乗らないが、今は彼女に合わせるしかない。


 



 目的の相手が見つかったのは、意外にもそれからものの数分後だった。


「百合様!」

「リリアーナ!」


 互いに名前を呼び合いながら、二人は駆け寄る。

 どうやらあの金髪のEvoがリリアーナらしい。彼女は竹下通りを駅から反対方向へ進んだ中腹辺りを彷徨っているところだった。恐らく向こうも百合を探していたのだろう。ともあれ再会できて何よりだ。


「どこに行っていたんですか!? あなたに何かあったらと思うと私、心配で……」


 なんて人間らしい顔をするのだろう、と恭弥は感じた。

 その心底安堵したような表情も、百合に向ける慈愛の眼差しも、ただプログラムによって打ち出された動作とは思えない程に繊細で、本当に百合を愛しているかのようだった。


「しかしツイてるな。こんなすぐに見つかるなんてよ」

「運だけではありませんよ。百合さんとの会話内容からリリアーナさんが行き着く確率の高い場所を割り出しましたので」

「マジかよ……。ただ雑談してた訳じゃなかったのか」


 それで見事に的中させたのだから、ユディトの高機能さにはつくづく驚かされる。


「ですが、百合様? 日頃から勝手な行動はおやめくださいと申し上げている筈です」

「うっ……、ごめんなさい」


 遅まきながらリリアーナに小言を言われ、百合はしゅんと項垂れている。

 それからリリアーナは恭弥たちに向き直ると、深々と頭を下げた。


「まさか警察の方に助けてもらうなんて……本当にお手数をおかけしました」

「いやまあ、成り行きみてえなものだったし。それにしても、Evoが人を叱るなんて驚きだな」

「ええ。甘やかすだけでは親は務まりませんから。と言っても、あの子は可愛いのですぐに許してしまうのですが」

「親、か……」


 苦笑いするリリアーナに、恭弥は呟いた。

 Evoは、それを使う人間が望んだ姿を演じる。彼女もまた、幼い子供の面倒を見るという役目を所有者から与えられ、それをこなしているに過ぎない。


 だが、この女性の顔は子育てに翻弄されながらも我が子との触れ合いに幸福を感じている母親のそれであった。

 まさか、与えられた役割に対し存在意義を見出しているというのか。機械が。


「まるで人間じゃねえか」


 漏れ出た言葉はリリアーナには届かなかったようだ。彼女はすっかりしょげてしまっている百合の頭を優しく撫でている所だった。

 ともあれ、ここはもう大丈夫だろう。


「そんじゃ、もう行くか。ユディト――」


 その声を遮るようにして、真昼の表参道に鋭い破裂音が轟いた。





 僅かな時間、硬直してしまった。しかし恭弥はすぐに身構え直し音のした方へ振り返る。そして、絶句した。


 何が起こったか把握できていないかのように唖然としている百合。その傍らで、リリアーナが倒れていた。


 そこから10メートル程離れた位置に、銃声の主と思われる者が立っていた。

 そしてユディトはというと、その襲撃者に対して今まさに肉薄しているところだった。


 彼女の運動能力が披露されたのは初めてだったが、これもまた筆舌にしがたい程に高い。

 驚異的な瞬発力は瞬きの内に距離を詰める。しかし敵はユディトが振り上げた脚を素早い身のこなしで回避してしまった。


 加えてそのまま敵が反撃に出てきたので、ユディトは後ろに飛びのき再び距離を取った。

 周囲の人間が自分達を取り囲むよう集まってくる。


「おいユディト、もしかしてあいつが……!」

「ええ。S2型1号機、カーリーです!」


 破壊と修正のAIを持つEvo。遂に相まみえた。

 身長はユディトよりも高く、顔立ちも美しさというよりは凛々しさが際立つ造形だ。紫の髪をたなびかせながら、じっとこちらの様子を伺っている。


「久しいな、妹よ」

「ええ。ですが、残念です。このような再会となってしまうとは」

「ふん、お前は案の定飼犬に甘んじることにしたようだな」


 その声音には、僅かに憐憫の情が含まれているような気がした。

 しかし……と、カーリーは続ける。


「私は与えられた機会を使い、必ずあの方の命令を果たす。邪魔をするな」

「ならば私も同じく命令を遂行します。あなたを捕縛することによって」


 言うが早いか、ユディトは腰に下げたハンドガンを引き抜き発砲する。

 この銃はユディトに与えられた特注で、実弾は出ない。その代わりプラズマを弾丸に変換し射出する機能を持ち、特にEvoを始めとする機械相手に威力を発揮するという代物だ。


 対するカーリーが持つ大型拳銃、所謂マグナムと呼ばれるそれは、リリアーナの損傷を鑑みるに恐らく実弾式だろう。人間が撃たれれば致命傷は免れない。


「おい、ここは危険だ! 早く離れろ!」


 恭弥は声を張り上げると、集まっていた野次馬は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 だが、百合だけはその場に留まり動かないリリアーナを必死に揺すっている。


「ねえ、起きて! 起きてよリリアーナ!」

「そいつはもう駄目だ! お前だけでも行け!」

「いや! リリアーナも一緒に連れていくの! リリアーナ、リリアーナ……あっ!」


 百合が歓喜の声を上げる。

 それまで仰向けに倒れていたリリアーナが、突然ゆっくりと起き上がったのだ。少女の懸命の祈りが通じたのだろうか?

 否、現実というものはそう甘いものではない。


「危ない!」


 恭弥は咄嗟に百合をリリアーナから引き剝がした。

 彼の反応があと少し遅れていたら、いたいけな少女の首筋は引き裂かれていただろう。暴徒と化した、機械人形によって。


「゛ア、゛アァアアアアァ……」


 ゆらり、と立ち上がるリリアーナの目は焦点が合っていない。先程まで百合を優しく見つめていた薄青色の瞳は、昏く変色していた。


「り、リリアーナ……? どうして!」

「゛アアアァアァアアア!」


 もはやかつて愛した主の声すら届いていないのだろう。リリアーナは激しく体を揺らしながら襲い掛かってくる。

 恭弥は彼女を蹴り倒し、拳銃で頭を撃ち抜いた。


「まさか……!? ありえない話でもなかったが、あいつらなのか!」


 突如理性を失い、暴れ出すEvo。恭弥はこの症状を既に知っていた。

 彼はユディトと格闘しているカーリーに向かい、叫ぶ。


「おい、お前! 『明星の会』に入ったな!?」

「……ほう。なぜそう思う?」

「簡単なことだ!? お前が使ったこのウイルス、これを持ってるのは明星の会だけなんだよ!」

「ふっ……ご明察だ!」


 そう言い放つと、カーリーは力の入った蹴りをユディトの脇腹へ打ち込んだ。

 大きく吹っ飛んだユディトは、恭弥の隣まで転がってくる。


「大丈夫か!?」

「はい、損傷は未だ軽微です。ですが身体能力という点ではカーリーはこちらを上回っています。同条件下の白兵戦では分が悪いでしょう」

「畜生!」


 恭弥はカーリーを睨みつけるが、眼力程度で彼女は怯む様子はない。


「そういきり立つな。我々は人間に危害を与える気はない」

「んなわけあるか。てめえらのやる事全部が迷惑なんだよ。『人類の復権』なんて大した建前並べやがって」

「建前などではない。私は彼らの信念に嘘はないと判断した。故にこうして力を貸している」


 会話をしている内にカーリーの背後へ車が走り込み、甲高いブレーキ音と共に停車する。

 窓は黒く塗られていて車内の様子は見えない。だが、開いたドアから中にいるらしき男の声がする。


「おい、撤収だ。早く乗れ」

「予定より早いな? 何があった」

「仲間が数人サツに捕まった」

「なんだと? もしや……お前の手引きか」


 カーリーがユディトを振り返る。

 ユディトは何も言わず、銃口を向ける。


「まあいい。近い内にお前とはまた会うだろう。こうして私の前に立つ限りはな」

「おい、待て!!」


 恭弥の制止など聞く筈もなく、カーリーが乗り込むと車は急発進して去っていく。

 結局、その日も破壊されたEvoが何体も発見されたそうだ。

 


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