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結局その日は二人で捜査方針を打ち合わせ、必要な資料を集めた後に終業となった。
とはいえ、恭弥は既にユディトのオーナーである為、彼女とは帰宅しても一緒なのだが。
都心郊外に立地する1LDK賃貸マンションが恭弥の住まいだ。年季こそ入っているものの近くに駅とスーパーがあり、日当たりも良好。初めは一時の仮住まいのつもりだったのだが、存外暮らし心地が良かった為こうして今でも居ついているという訳だ。
まさか今日会ったばかりの女性を家に上げることになるとは。相手はEvoであるが、恭弥はどこか落ち着かなかった。
窓の端から朱色の西日が差し込み、部屋の中を照らしている。夏が近いせいか、午後7時を間近にしてもそれなりに明るい。
「あー、とりあえず座れよ」
恭弥は所在なさげなユディトにソファを勧める。Evoの扱いとしてこれで合ってるのかは分からない。なにしろ生まれてこの方Evoを所有したことなどなかったのだから。
今の時代、市民が個人的にEvoを購入することは珍しくない。価格はだいたいワンボックスカーと同程度と、値は張るものの一般人にも手が届く額だ。
しかしながら恭弥はまだ社会人としての生活は長くなく、貯蓄がそこまである訳ではない。こうしてタダ同然で手に入ったことは、まさに棚から牡丹餅だったということだ。
ユディトはクスリと笑った。
「恭弥さん、私はEvoですよ。どうぞお好きなように命令してください」
「つってもなあ。別にやらせることなんか浮かばねえし……」
「では、お部屋の掃除をしましょうか。見たところ、恭弥さんは日常的に清掃を行っている訳ではなさそうなので」
普段のサボり具合を言い当てられてしまい、恭弥はぐうの音も出なかった。
別に頻繁に来客がある訳ではないので、わざわざ掃除を毎日する意義は薄い。というのが恭弥の言い分であったが、アンドロイド相手にあれこれ弁明するのも馬鹿らしいのでやめた。
てきぱきと作業を進めるユディト。恭弥も何か手伝おうとしたが、彼女の完璧な動作の流れに付け入る隙を見出せず、最終的にシャワーでも浴びてくるかという結論に達するのだった。
風呂場に行って戻ってきた時間は15分程度だったが、その間にユディトは室内の片づけを全て終わらせており、またしても恭弥を驚かせた。
「こりゃベテラン家政婦も顔負けだな。人間が仕事奪われるのも道理だぜ」
などと言いつつ、恭弥は帰りがけに買ってきた総菜類を缶ビールと共に無造作に食卓の上へ並べると、皿に盛ることもせずにそのまま食べ始める。
ユディトが恭弥の向かいに置かれた椅子に腰かけた。その椅子は家具を買った時にたまたま二つセットでついてきたものの、一人暮らしという都合上ただの置物と化していた。そんな中、入居者が増えたことでようやく本来の役目にありつける日が来たのだった。
「お注ぎしましょうか?」
「ん? ああ、頼む」
恭弥が答えると、ユディトはコップにビールを注いだ。
「最近はEvoも飯を食うらしいな」
「ええ。食べた物が実際にエネルギーへ変換される訳ではないので単なる真似事に過ぎませんが」
「じゃあ何の為に。味覚を楽しみたい、とかか?」
「うふふ、面白い事を仰いますね。ですが違います。正解は、人間がそのような機能を望んだからですよ」
親しいものが自分と同じ歓びを共有することを欲する。それは人間なら多かれ少なかれ持っている欲求だろう、とユディトは言う。
共に食卓を囲む相手として、Evoを「使う」人間もいるということだろうか。
確かに食事は誰かと摂る方が楽しいというのが大多数の意見で、恭弥自身もその考えには同感だ。ただ機械相手にそのような精神的な繋がりまで求めるのか。そこはいまいち腑に落ちなかった。
「まったく、分からねえ。分からねえが、試してみるぐらいはいいか」
「?」
「ほら、お前も食えよ」
恭弥はコロッケを一つ、ユディトへ差し出した。
一瞬だけ表情が固まった彼女だが、それを受け取ると顔を綻ばせて礼を言う。
「ありがとうございます。いただきますね」
改めて見ても、ユディトは綺麗だ。笑った顔は特に。
そんな彼女を眺め、時折言葉を交わしながら摂る食事というのも悪くはあるまい。たとえそれが造られた美だとしても。とりあえず、恭弥はそう思うのだった。
翌日から本格的な捜査が始まった。
これまでの犯行は全てバラバラの場所で起こっていたが、それでも数が重なれば傾向は掴めてくる。
どうやら被害はEvoが目立つ活動をしている地域に集中しているようだ。例えば工業労働者としてEvoが多く稼働している大田区。秋葉原や原宿などは、趣向は異なれど両者ともどもインフルエンサーとしてEvoが活躍している区域だ。
そのような地域を数日間に渡って二人は調査した。が、未だ対象に出会うことはできでいない。
そんな中、今日選ばれたのは原宿だった。
「こういう足で稼ぐ捜査は好きだぜ。やっぱ机に向かってるよりか、俺には性に合ってるよ」
「ええ。これ以上被害が増える前に、早急に目標を捕縛しましょう」
彼女の歩む足は速い。
恭弥達が捜査に当たっている間にも、Evoが破壊されたという市民の声が届いている。ユディトの言う通り、もたもたしてはいられない。
被害を受けたEvoの多くは、オーナーと親密な関係を築いていたという。恐らくそれは偶然ではなく、そういった個体を向こうは優先的に狙っているのだろう、と推察している。
時折街角で聞き込みなども行っているが、今の所有力な手掛かりは得られていない。
「ネクサスへアップロードされた映像にも今の所怪しい人物は写っていないようです」
なんでも、街の防犯カメラで撮影された映像が三十分おきに送信されているとのこと。ネクサスの内部にはあらゆる情報が記録されているという話も、いよいよ信憑性が増してきた。
しかし、恭弥は捜査とは無関係だが一つ気になっていることがあった。
それは、すれ違う人々の視線である。
「あれって……Evo? 凄く綺麗だな」
「もしかしてモデルタイプの新作? レベル高いわ~」
などという声があちこちから聞こえてくる為、どうにも気が散る。その称賛、感嘆が向く先は勿論ユディトだ。当の彼女は全く意に介していないようだが。
「ったく、こいつは見せもんじゃねえってのに」
「すみません、そのEvoのオーナーさんですか?」
苦虫を嚙み潰したような顔の恭弥の行く手を、一人の男が阻んだ。
「私、週刊マドモワゼルのマネージャーをしております。実は今雑誌の専属モデルを探しておりまして、どうかお話だけでも」
「仕事中だ」
早口でまくし立ててくる胡散臭い輩には、警察手帳は効果てきめんだ。
今日だけで何度目かも分からないスカウトを躱すと、恭弥は溜息を吐いた。
「こんなんじゃ捜査になんねえよ……」
「少し休憩にしましょうか。どこか座れるような場所は…………あれは」
ベンチを探していたユディトの視線が、ある一点で止まる。
「どうした? 何か見つけたのか!?」
「はい。あれを」
ユディトが指し示す先には、小さな女の子が一人。
歳は小学校低学年辺りだろうか。道の端で膝を抱え、蹲っている。行き交う人はその子に見向きもしない。まるで路肩の小石に等しく、どうでもいい存在であるかのように。
そのような人々の態度に恭弥が憤りを覚えていると、ユディトはその少女に向かって歩き出していた。
「どうかしましたか?」
「ぐすっ、ぐすっ……え?」
「安心してください。私達はおまわりさんです。あなたの力になりますよ」
少女に微笑みかける彼女は、さながら女神の貌であった。
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