1-3
「おい、いつまでそこで突っ立ってるつもりだ」
恭弥はコーヒーカップを持ったまま固まっている茨木を見かねて言った。
かといって彼は完全にフリーズしている訳ではなく、瞳だけがユディトの一挙手一投足を追って機敏に動いている。
「気持ちわりーよ」
「いて!」
頭頂部にチョップをかましてやるとようやく茨木の凍結は解除された。
「だっておかしいでしょ! 警視総監に呼ばれていったらEvo貰って帰ってくるなんて! しかもこんな可愛い子!」
まあ、確かに急な話ではあった。
恭弥の勤める機械犯罪科の部署に戻った時、室内はだいぶ騒然とした。問題児がいつものように折檻されに行ったと思いきや、最新型のEvoと共に大きな仕事を持ち帰ってきたのだから。
そして紛失したS2型は盗難ではなく自力で逃亡したのだという旨を伝えると、部署の人々は皆驚いていた。
まあ、茨木はそんな話ろくに聞いていなさそうだったが。
彼はユディトの体をベタベタと触りながら言う。
「いいなあ。これって総監からのご褒美でしょ? 俺も手柄立てたらユディトちゃんみたいな可愛いEvo貰えるのかなあ」
「ああそうかもな。だからお前はさっさと自分の仕事をしやがれ」
しっしと茨木を追い払った直後、ふと疑問が浮かび恭弥はユディトに問う。
「そういや、お前はなんで仲間が自分の意思で逃げたって分かる? 事件の日の記憶は消されてんだろ?」
「その理由についてはまだ説明していませんでしたね。それは……端的に言うならば、そうなるように私達は設計されたからです」
「は? どういうことだよ?」
「S2型は単なる現行の型の後継として開発されたのではありません。五機それぞれが異なる思想をインプットされ、その思想に基づき社会を変革する機能を持って造られました」
さらっと言っているが、とんでもないことである。恭弥は絶句していた。
「勿論、百田博士は実際に社会を変えようとはしていませんでした。彼が試みていたのはあくまで実験です。現実の社会を模した箱庭を作り、そこでS2型による社会運営をシミュレートしていました」
「だが、百田博士は殺され同時にお前以外の四機は外へ逃げ出した……。まさか、犯人はそいつらを利用して社会を変えようって気か!」
恭弥ははっとしてユディトの顔を見ると、彼女も静かに頷いた。
「ええ。ただ、利用するという言い方は正確ではないかもしれません。彼女達は皆独自の思考で動く筈ですので。方向性の違いから互いに衝突することもありえるでしょう」
「つまりEvoに社会を変えさせることが目的だが、どんな風に変わるかには興味が無いってことか……?」
「すみません。現段階ではそこまで判断しかねます」
「いや、謝ることじゃねえよ」
とは言ったものの、恭弥はそのまま黙り込む。
推理が進んだのに、逆に犯人の動機が不明瞭になってしまった。ただ改革を望んでいるだけなら、自分の思想に沿った個体だけを解放すればいい。それなのに何故犯人は全員を逃がすなどという不確定的な手段を取った?
考えれば考える程に迷走する思考。出口の見えない迷路を右往左往しているようだ。
警察官という職に就いていながら、恭弥は推論という行程の中で味わうこの感覚が非常に苦手だった。
「あーやめだやめ! ユディト、とりあえず行方不明になってるお前の仲間探しが先だ。さっさと見つけ出してそいつらから聞いた方が早いだろ」
「そうですね。なにしろ今は手がかりが少なすぎますので」
話はまとまった。
「よし。じゃあまずはお前が仲間について知ってることを教えてくれ」
「はい。先程も申し上げた通り、私達S2型は全部で五機。その中で私は二号機にあたります」
「それって造られた順番ってことか?」
「そうなりますね。さしずめ私は次女……と言ったところでしょうか」
そして、ユディトは他の姉妹達についての情報を話し始めた。
まずは一号機、カーリー。彼女の思想プログラムは「破壊」「修正」。現状を「誤った発展」と判断し、それらを破壊することで社会の修正を促す役割を持つ。
「誤った発展って、なにが誤りなんだ?」
「それはAIの進歩です。ここ数十年間で、AIの社会参入度は大きく深まりました。その結果人間によるAIへの依存が大きくなった他、職業選択という場においても人間とAIは競合する関係となりました」
「確かに。Evoに仕事取られたーなんて役所に泣きついてくる奴もいるらしいしな」
こと計算能力、処理能力という点においてAIは人間を凌駕している。その力が重宝される分野においてはもはや勝ち目はないだろう。
いまでこそ下火になったが、AI黎明期と呼ばれた時代にはデモなどの排斥運動が盛んに行われていたという。
「彼女……カーリーはそのような状況を憂いているのでしょう。人間の社会は人間のみで運用すべきだ、と考えているのかと」
「少しばかり遅れた価値観だな……。となると、そいつはEvoを壊したがってる訳か?」
「はい。そのような行動を取る可能性が高いです」
「だったら、とりあえずEvo襲撃関連の事件を洗ってみるか」
恭弥が椅子から立ち上がろうとすると、それをユディトが制した。
「いいえ、その必要はありません。既に情報を絞り込んでおきましたので。こちらをご覧ください」
仕事の速さに早々舌を巻きながらも、恭弥はユディトの持ってきたファイルに目を通す。
そこには発見された日時、場所と共にEvoの写真が並んでいる。そのどれもが、手足が欠損していたり体に大きな穴が開いていたりと、痛々しい姿だった。
「これは都内で見つかった、違法に破壊されたEvoのリストです。課の保管資料から拝借してきました」
Evoの破棄や解体は、国から認可を受けた業者ならば許されている。当然、それならば警察にわざわざ通報が来ることはない。ところが時折街中では何者かによって壊された状態のEvoが発見されることがあるのだ。動機はストレス発散だったり、処分を面倒がったりと色々だ。
他人の所有しているEvoなら器物破損だし、自分のものだとしても不法投棄にあたる。しかし件数としてはそこまで多いものではない為、本格的な捜査の手が加わることは稀だ。
「重要なのはこちらのグラフです。どうぞ」
次にユディトが差し出してきたのは、どうやらこの破壊されたEvo達の台数の推移を示しているようだ。
日間別に細かく区切られているそれは、とある地点を境に右肩上がりを続けている。そう、丁度二週間前から。
「おい、二週間前ってことは!?」
「ええ。S2型逃亡と同時に、Evoの破壊数が増加しています」
カーリーが関与している可能性は極めて高い、と彼女は言った。
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