第9話 お喋りするのも酒場の醍醐味
冒険者の酒場で仲間と美味い物を食べて話す。
レオナルドは、そんなシチュエーションに憧れが無かったと言えば、アリスティアどころかヴィヴィアンにすら否定されてしまう気がしていた。
酒場は酒場でも片田舎で、出てきたのは庶民向けのスープとパンだろうが、スラム街で周りを睨みながらの食事よりは、遥かに上等だ。
スラム育ちでなくとも、国軍士官に惹かれなかった男子の結構な割合は、同じ憧れを持つ。
レオナルドがそれを知るのは、もっと大人になってからのことだけれど。
「冒険の話って感じではないよなあ」
エミリーは、商家の娘なんて立場でもいろいろとあるらしい。
いわく、国軍の発注が気まぐれでお父様が苦労した。
将来を見込んでいた下働きの子を国軍に取られた。
エトセトラ。
「なに辛気臭い顔してんだ坊主、綺麗所と三人も一緒に居て」
「うるせえよおっさん。話入れなくて肩身が狭えわ」
レオナルドは隣の席――自分と同じロフト席ではない、テーブル席を見下ろして、野次に答えた。
酔っ払いがゲラゲラ笑っているのは同じなのに、不快な感じはしない。
悪意や敵意を感じないからか。
先と違って距離があるからか。
「国軍が入り込んでるって本当だと思うか?」
「そりゃあ、みんな入ってはいるとは思ってるんじゃねえか。本当なら魔石の鉱山なんて全部国軍が押さえちまうからな」
「あいつらなら徴兵した魔法使いも呼び放題だよな、勝てるのか疑問なんだが」
「商人連中の考えることはよくわからねえ。勝てると思ったから投資してるんだろ」
「そりゃそうか」
そんな話はそれこそ、商人の娘であるエミリーに訊いた方が良いかもしれない。
しかし、レオナルドは既にエミリーに苦手意識を感じていた。
エミリーから時々出てくる発言は裕福だろう家の娘にしては気安すぎるが、アリスティアと違って冗談が一切通じなさそうに、彼には見える。
「あー、もう一個あるな」
「なんだよおっさん、真面目に考えてくれてんのか」
「酒が入ったら頭と口の滑りがよくなる気がするなァ」
「話に置いてかれてる野郎を憐れんでくれたわけじゃあなかったのか。ほらよ」
レオナルドは、アリスティアからもらった硬貨を一枚、おっさんの方へ投げ入れてやる。
親方の――でかいトロールの頭に投石させられたときも少し思ったが、我ながら上手いかもしれない。
おっさんの空になったマグカップに、硬貨の音が鳴り響いた。
「こっちの方が互いに気楽だろぉ。つっても、簡単な話だけどな。魔石の採掘権まで取れなくても、利益が見込めるならやるだろ」
「あー……他の鉱石を掘り出すとかか。鉄とか銅とか」
「俺はダイヤモンドがいいが、掘り出すだけなら遺跡だな。それこそ国軍が高い報奨金をくれるぜ」
「自分で探検しねえのかよ」
「そういうのは命知らずの冒険者がやるもんだ、違法だしな」
ワハハと笑うおっさん相手に、レオナルドが肩を竦める。
そうすると、ちょうどその肩に手を乗せられた。
振り返ると、手は乗せたままで、アリスティアが冷めた瞳を向けてきている。
アリスティアの腕は、ヴィヴィアンの背中越しに伸ばされていて、間に挟まる彼女は落ち着かない様子だ。
エミリーは向かい側で思いっきりパンを頬張っているが、やはり目線はレオナルドの方へ向いている。
場はエミリーがパンを無理矢理飲み込むまで無言だった。
「女性の扱い方を教えた方が良いのは、お互い様ではないでしょうか。ねえねえ」
「そうですね。勉強熱心ではあるみたいですから、すぐ覚えてくれるでしょう」
「どうしろって言うんだよ。国軍がロマン潰しなんて話、今更すぎて相槌しか打てねえよ」
「ヴィー、席代わって下さい」
「いや分かった、俺が悪かった。確かに、同じテーブルに居て今のは失礼だ」
エミリーが目を丸くした。
何を驚くことがあるのだ、とレオナルドが口を開きかけ、それに被せるように、エミリーの方から答えが寄せられた。
「わたくしが同じようなお話をしても誰も取り合ってくれませんのに! アリスティアさん、何かコツがあるのですか?」
「暴力は向いていなさそうですから、それ以外から考えたらいいと思いますよ」
今日一日は差し引きマイナスと言ったところではないか、とレオナルドはぼやきたくなった。
トロールの暴走に巻き込まれてぶん投げられる。
酒場で軽く情報収集もできず、逆に絡まれる。
まあ、エミリーに飯を奢ってもらったのはプラスかもしれないが、それもアリスティアが引き出したものだ。
エミリーは、アリスティア一行が冒険者を名乗ったこともあって、冒険の話を聞きたがった。
しかし、文字通り冒険者を名乗っただけのレオナルドとしては、聞いていて楽しい話の持ち合わせがない。
結果的に展開された話はこうだ。
冒険者を志したのは良いものの、二人は最初の一歩がわからなかった。
故郷の酒場で途方に暮れていたところを、ソロで活動していたアリスティアが拾い上げた。
今は自分への依頼に付き合わせながら現実を叩き込んでいる最中、と。
「確かに、兄妹二人でお仕事ができるとなると、意外に無いかもしれませんわね。パン屋さんとか、それこそ、このような酒場とか」
エミリーは、重要な部分を省略しまくった物語に納得した様子を見せた。
冒険の話を聞かれて、出会いの話に何気なくすり替える。
レオナルドからすれば、アリスティアの迷う様子のなさから、彼女の善性が疑わしくなってくるのだが。
ちょっと手慣れすぎではないかと考え……それこそ最初からだったと思い直す。
「そういうのも悪いとは思わねえけどな、やる前から夢を諦めるのもどうよってな」
「違いないですわ。アリスティアさんと喧嘩別れされたら是非ご相談を」
「別に、普通に依頼をくれてもいいんですよ」
「それはそれ、これはこれ、というやつですの!」
エミリーが席を立つ。
テーブルに引っかけられた木の板を手に取ったことから、本当に奢ってくれるつもりらしい。
「みなさん、しばらくこの街におられるでしょう? また、時間が合いましたらお目にかかりましょう。信頼とはゆっくり稼ぐものですわ」
そうして、エミリーはロフトから降りようとして、頭を打った。
「……まあ、慣れてないなら次は普通の席にしましょうか」
「あれば登りたくなるでしょう!?」
ヴィヴィアンがこくこく、と頷いているのを見て、レオナルドは追い打ちをかけるのを止めた。
しっ、と口止めするような仕草をしてから立ち去るエミリーの後ろ姿を、三人で見送る。
「元気な方でしたね」
「変なやつだったな」
「わざとやってんじゃなきゃ大した度胸をしてますよね、誰も護衛についてきませんでしたし」
「俺らも宿に戻るか」
三者三様の感想が溢れた後、レオナルドがそう提案する。
そうすると、アリスティアがレオナルドと、ヴィヴィアンの顔を順に見る。
「戻る前に、ひとつ聞いておきたいのですが。どちらか、エミリーに兄妹だって教えていましたか?」
お前がヴィヴィアンを指して妹分とか言ったからじゃあないか。
レオナルドは喉まで出かかった常識的な判断を、一旦は飲み込んだ。
アリスティアが返事も聞かずに、そうですかとだけ言って、ロフト席を降りていったからだ。
彼女は頭をぶつけたりはしなかった。
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