第8話 お転婆やるのは令嬢の嗜み
酒場の喧騒が少し収まったので、アリスティアは周囲に聞き耳を立てやすくなった。
どんな話運びをしたのかわからないが、レオナルドとヴィヴィアンは、鉱山労働者達の手荒い歓迎を引き出たようだった。
そこに待ったをかけたのが、これまた酒場に似つかわしくない格好のお嬢様だ。
「……もしかしたら本当にお嬢様かもしれませんね」
「ああ? ペラン商会んとこのお転婆お嬢様だろ」
「この時間の酒場に近づく女なんてお嬢しか……あっるえ、今日は三人いる」
「今頃気づくとか、目が暗闇に慣れすぎたみたいですね」
アリスティアは目が焼けるぜえ、と戯ける酔っ払いには一瞥もくれず、酒場の亭主へ視線を向ける。
我関せず。
表看板は出していないにしろ、間違いなく冒険者の酒場だと睨んでいたのだが、仲裁に入るタイプではなかったようだ。
「あるいは堅気の喧嘩はさせるがまま、とか」
視線をお嬢様とやらに戻す。
主にヴィヴィアンに絡んでいた鉱山労働者との会話を聞く限り、彼らの雇い主の娘と言ったところだろうか。
「恥ずかしくないのかって言われてもよう、こんな田舎ですぜ。酒と新人いびりしかやることねえですわ」
「ええ? 釣りでもすればよろしいでしょう」
「お嬢、川釣りやったことあるんですかい」
「ないわ!」
「わかった、あんたも俺を疲れさせにきたんだな?」
「あのう、お姉さん。私たちは気にせず離れて頂いても……あとお兄さんお二人も」
レオナルドが悟ったような表情を浮かべている。
ヴィヴィアンは事態に追いついていない様子だ。
そのお兄さん二人が両脇から彼女を抱えれば、そのまま走って逃げられるように、アリスティアには見える。
そろそろ、助けに行きましょうかとアリスティアが一歩踏み出すと、推定お嬢様と目が合った。
怪訝に思ったのが顔に出ていないと良いですが、と願いながら、アリスティアはゆっくり喧嘩に割って入る。
「随分従業員のしつけができていないようじゃないですか? 酒ぐらい静かに飲めと教えてやったらどうです」
「他に教えることが多すぎて手が回りませんわ!」
「ああそう。では、せめて最初に教えるのは女性の扱い方にしておいてください。おら、私の妹分から手を離せ筋肉野郎」
アリスティアがにこにこ笑いながら、ヴィヴィアンの腕を引いて鉱山労働者達から引き剥がす。
抵抗がない代わりに、男の一人が驚愕の表情を浮かべた。
「お前が姉なのかよ!?」
「ありがとうございます。あのう、私は姉でも妹でもどっちでも」
「ヴィヴィアン? こいつはやめとけ、絶対ひどい目に遭わされるぞ」
「一瞬で話をぐちゃぐちゃにするのやめてもらえます? すみませんね、邪魔して」
帰りますよ、とアリスティアが口にすれば、お決まりのように野次が……入らない。
さっさと出てしまうべきか、と歩みを進めかけたところで、ようやく声がかかる。
「まあまあ、そうおっしゃらずに! お酒は頼まれていませんものね、何か訊きたいことがおありなのでしょう」
うんうん、と頷くお嬢様を目にして、アリスティアはレオナルドの緊張度合いが跳ね上がったのを察した。
アリスティアが見る限りではあるが、危険そうな人物を感じ取る勘のようなところは、妹より兄の方がずっと優秀だ。
話ができる酔っ払いの区別はこれから覚えてくれれば良い。
「名前は」
「エミリー。ペラン商会の長女ですわ。お姉ちゃん」
「アリスティア・ラビーブです。妹のヴィヴィアンはお触り禁止、弟が怒るので」
「弟じゃねえしお前も姉じゃない。……冒険者のレオナルドだ。本当にこの空気で話を続けるのか?」
少しでも周りを見れば、この口の減らない連中、しかも冒険者と話をするのですかと、困惑する労働者達の様子が見て取れた。
エミリーお嬢様は不思議そうな表情をした後、こうおっしゃった。
せっかくですから、ロフト席へ行きましょうか、と。
アリスティアの頭の中は、半々で分かれていた。
やはり聞かずに出て行って仕切り直した方が良かっただろうかなんて考えが半分。
酒場で出会った謎のお嬢様というシチュエーションから逃げた、と解釈された場合、監督のウケは悪かろうという打算が半分。
上手いこと、逃げ道を塞がれたような感覚がするのは、レオナルドも同じだろうか。
そこまで期待するのは彼に酷か。
もしかしたら被害妄想か。
「お食事は済まされましたか?」
「いいえ、まだです。お詫びに奢ってくれてもいいですよ?」
「ううん、この図々しさ。お父様から聞いた冒険者さんそっくりです。良いでしょう、お詫びです」
「アリスティアさん、その、なんだか申し訳ないのですけど」
ヴィヴィアンの遠慮ぶりはあまり冒険者らしくないな、とアリスティアは思ってはいる。
レオナルドは嫌がるだろうが、少しずつ直していこうと決めている。
「もらえるものはもらっとけ、ですよねレオナルド?」
「要らねえ因縁までもらいかねねえから、俺はそうは思えねえな」
「おやまあ慎重派」
魚と山菜のシチュー、それとパン。
比較的シンプルなメニューで揃えた後、アリスティアから口火を切る。
「それで、エミリーの部下のみなさんからどこまで聞いたんですか?」
「わたくしのではなくて、お父様の部下ですわ」
「そうでした」
「どこが魔石に最初に辿り着くか? そりゃあうちさ! ってとこまでだな」
「それで兄様が、本当か? 適当言ってるんじゃねえだろうな、って……」
あららー、とエミリーが目を丸くしている。
気分良く飲んでいるところにそう言われて、気を悪くするなと言うのも厳しい話だ。
「今から一回殴られてきたらどうですか」
「……、悪かったと思ってる」
「で、実際どうなんですか、エミリー」
「聞いちゃいはするのですね……」
「もちろん、うちが最有力ですわ。と、言いたいところですが、順位を付けるとしたら二番手かもしれません」
エミリーが顎に手を当てて、考え込む。
首が十五度横に曲がり、すぐに三十度ぐらいになる。
ヴィヴィアンが同じ方角に首を傾げているのを見て、どことなく感性が似ている気がするな、とレオナルドが苦笑した。
「ここの酒場に来たのも、それらしい人がいないかなと探しにきましたの」
「見つけたらどうするんです?」
「泣き落としからの買収をしますわ! やってみたくて」
「楽しそうに生きてますねー」
もっと褒めて良いですわよ、と胸を張るエミリーが、アリスティアの顔を見つめ返す。
「貴女方こそ、それを知ってどうなさるの?」
「勝者は大儲けするわけでしょう。顔を売っておいても良いと思いませんか?」
「なるほど、貴女ならどこにでも顔を売れそうですわね!」
実際は、上位陣のやり口にヒントがないか探りたい。
そうアリスティアが言っていたのを思い出して、ヴィヴィアンは居心地悪そうに身じろきした。
聞き込みを任せてもらったとポジティブに考えはできた。
実際は失敗したし、同じように話を運べるかは全く自信がない。
「もう依頼は受けた後だけどな。終わったあとのことまで考えてるのはこいつぐらいだ」
「では、一儲けした後は、わたくしの帰りの護衛などいかがです? 楽しそうですし、何より一番手への売り込みは望み薄ですわ」
「そうなんですか? 採掘権がもらえたら、もっと人手が欲しくなるような、こう、いろいろ整えるのに」
ヴィヴィアンとしては何気なく疑問を口にしただけのつもりだった。
だからアリスティアが、いいアシスト、と無言で微笑んだのも、エミリーが感心したように頷いたのも理由が汲み取れない。
「あの方達は、勝ったら国軍に譲り渡すのでしょう。後は考えなくて良い、欲も面白みもない人達ですわ」
エミリーは唾を吐き捨てそうな調子でそう言った。
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