第7話 情報を吐くのは酔っ払いの仕事
アリスティア達がやってきた渓谷の街は、林業や石切りで生計を立てているような田舎だった。
街を二つに分ける川を使って、山の幸を都市部に流せる点だけは良い立地だったが、逆はコストが高い。
鉱山として開拓するには、今以上に魔物や賊からの警備を考えねばならない。
そうは言っても、地表に露出した鉱脈から細々と掘る程度では、全く採算が取れなかった。
もっと鉱山として条件の良い場所は世界にいくらでもある。
「ただ、魔石の採掘が始まれば状況は一変するでしょうね。採算度外視の山師一人のおかげで大騒ぎとも言えますが」
開発のためにあちこちの商会が鉱夫を呼び集めたものだから、狭い道に対して人が多い。
レオナルドがヴィヴィアンを守るように歩くから、からかいの声すら聞こえてくる。
「なあ、ヴィヴィアンを連れていくの、かなり気が進まねえんだが」
「まあ。私だってお話を聞くぐらいできます!」
「そうですよ。それに、連れていかないなら宿に置いていきますか?」
「そりゃあ、……いや、親方のとこに紹介してもらった宿だから、信用できないってこたねえんだけど」
レオナルドが渋い顔をする。
ヴィヴィアンを狙った奴隷商人の一派は逮捕されたと聞いたが、似たようなことを考える不届き者がいないとも言い切れない。
身内贔屓と言われようと、レオナルドから見たヴィヴィアンは可愛らしいし、魔法の才能抜きでも一人にしておくのは危ないように思われた。
「いずれは魔法の師匠でも見つけて、自衛できた方が良いですけど。今は私の傍が一番安全です」
「言い切りやがって。より厄介な場面に出くわしそうに思うのは俺だけか?」
レオナルドが目的地の看板を見上げた。
ローリング・リスク亭と書かれた酒場はそれなりの賑わいで、中の騒ぎようは外まで丸聞こえだ。
アリスティアはにっこり笑って、正解、と言ってあげたい気分になったのを我慢した。
冒険者が街で情報収集をするとなったら、その定番は何か。
殺人事件であれば衛兵の詰め所かもしれないし、窃盗事件であれば闇市や情報屋を探してみるのも良いだろう。
探し人であれば知り合いや行きそうな場所を当たるように、心当たりがない場合は人の多く集まる場所――酒場に行き着くことになる。
「レオナルドは酒は飲まなかったですよね」
「おう。油断ならないやつに囲まれて過ごしてるからな」
アリスティア達三人が見上げるのは、この街で一番大きい建物――ではないかもしれないが、そう誤解してもおかしくない、しっかりした造りの建物だった。
「どうせなら覚えたらどうでしょう。はい、これ、小遣いです」
レオナルドは自分より背の低い少女にお金を無心したような気になって、何秒か迷ったが、結局は受け取った。
「つーか、傍が一番安全とまで言っておいて、一緒じゃねえのかよ」
「離れた席で、他の人から話を聞きます。両手に花を抱えたガキの質問なんて、荒くれ者の鉱山労働者が聞くもんですか」
「花は花でもトゲが多いよな、お前」
アリスティアに任せきってしまえばと、レオナルドが考えなかったと言えば嘘になる。
ヴィヴィアンに向かって酒は飲まないように、飲ませようとしてくる男は追い払うようにと指導する様は、レオナルドにとっては気味が悪い親切さだ。
「一時間……は長いですかね、ほどほどに打ち切って集まりましょう」
「わかった」
けれど、それに甘えてはひどいことになると、レオナルドの勘が囁いていた。
魔法を使えば大量生産しやすいとアリスティアは聞いたことがあった。
それでも、わざわざ山の上までラガービールを持ち込む商人がいたのは、少々意外だったのも本当だ。
目の前に座る赤ら顔の老人は、それなりの労力がかかって持ち込まれたであろうビールを呆気なく飲み干した。
「なあに、持ち込んだのは儂らじゃ。苦労した分以上に美味いのう!」
「仕事はしているんでしょうね、クソじじい」
「仕事をした上では、さらに美味い! ガハハハ」
アリスティアは、レオナルドが酒を嫌っているように見える理由の一端を見たような気がした。
老人はアリスティア達が移動に使った商船の会計士であり、アリスティアの本来の職場、情報部の裏方部隊のまとめ役だ。
自分が飲みたかっただけかもしれないが、きっちり積み荷での利益も上げてきたらしい。
「カメラを通して見ておったが、グロクの暴走はもうちょっと派手に止められんかったんかい」
「まさか。倒してしまっても構わんかったぞ、なんて言いませんよね?」
「まあさすがにそれはの。彼も領民の一人じゃからな。ホラーを撮るならありじゃったかもしれんが」
老人が懐から封筒を取り出して、アリスティアに寄越した。
「有力候補とその進捗の報告書じゃ。見かけは賭けのオッズ表じゃがの」
「よく一日で揃いましたねえ」
「臨時雇いの連中に口の堅さを期待するのは無理じゃ。指示通り、うちの水夫を潜り込ませておる」
アリスティアがふうん、と封筒を開きかけて、レオナルドとヴィヴィアンのいるテーブルを一瞥する。
案の定、歓迎されているのはヴィヴィアンの方で、聞き込みとしては頼りない。
「予算も預かっておるじゃろ。破壊工作でも鉱夫の引き抜きでも、犯罪の証拠をでっちあげるんでもやりたい放題だろうに、やらんのか」
「そんな期待に満ちた目をされてもやりませんよ。私を悪役令嬢か何かにしたいんですか?」
「令嬢ってえ出自でもなかろうが」
アリスティアの目がすっ、と細くなる。
老人の、酒を注ごうとする手が止まっている。
「……すまんの、酒はこのあたりにしておくわい」
「そうしてください」
アリスティアが再び封筒に目を落として、中を開いて目を通す。
その間に老人が堂々と酒を注いだので、アリスティアは舌打ちした。
「老人の戯言と思うてくれても良いが、どうするんじゃ? 国軍に尻尾を振る連中を負かすだけなら、白翼商会に拘ることもあるまい」
「あれに勝ってもらった方が、今後がコントロールしやすくなります。公害の類もマシかもしれません」
「それに、兄妹も少しは自信がつくかもしれん、てか」
アリスティアは、開いた封筒を丁寧に閉じた。
そのまま、老人に突き返す。
このような裏の会話も撮影されていて、アリスティアが引退した後になれば閲覧可能になることもある。
それまで兄妹が生き延びて、閲覧許可が得られる立場になるかは全く分からない。
「心配しているように見えるんですか? 不本意なんですけど」
「ジジイとしては、歳の近い友達は大事にした方が良いと思うのう」
「不愉快まで上乗せしてくるとは」
アリスティアと老人が揃って、噂の兄妹のいるテーブルを見やる。
他のテーブルから来たのだろうか、ヴィヴィアンの肩を掴んでいる男が二人もいて、ガキの来るところじゃねえと、レオナルドも絡まれている。
「トラブル体質なんと違うか、あの娘は?」
「今回は私のせいなので、ちょっと責任を取ってきます」
アリスティアが席を立つ。
老人が、まあ、大事にはしているようだからええか、と酒に口をつけたところで、よく通る声が耳に飛び込んできた。
「やめなさい! 外の人にそのような下品な絡み方をして、恥ずかしくないの!」
「……台詞を取られたのう?」
「私ならもうちょっと上品です」
トントントン、とアリスティアの指が規則正しくテーブルの端を叩く。
仕事が増えたな、と老人は頭をかいた。
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