第4話 妹を守るのは兄の仕事

 少年は――レオナルドは、自分とアリスティアによる妹の救出劇が、自治領情報部のミッションに組み込まれていて、映画として撮影されていたことを知らずにいた。

 裏通りのスラムで育った彼は港町を出たこともなかったが、妹を軍の保護にも委ねないと決めた以上は、育ちの故郷も出ざるを得なかった。


「その後のことまであいつ頼りなのは、気に食わねえんだけど」


 本当に映画だったのなら、二人は悪人の手から逃れ、幸せに暮らしましたとさ、とお決まりの文句で閉じられただろう。

 おとぎ話でも使われる定型句をレオナルドは嫌っていた。その後だって人生は続いているのだ。


「兄様、あたし、やっぱり今からでも軍人に……」

「ダメだ。それじゃ檻に入るのと変わらない。街に居た連中よりまともな人間に当たるかもわかんねえんだぞ」


 貧乏脱出の手段として軍に入るのはよくある方法だが、それが諸手を挙げて歓迎されるほど人気ならスラムが生まれたりはしない。


「それに、入る前から震えてて軍でやってけるかよ」

「た、確かに少し怖いですが、すぐ直しますし」

「直すのはいいけど、アリスティアを見習うのはやめておけよ」

「あんなに格好良いですのに……」


 レオナルドは天を仰いだ。

 妹に――ヴィヴィアンに何をしたと、問い詰めに行きたくなった。

 元から話が出来すぎているのだ。

 アリスティアがいなければこんな話すらできなかったのは確かだが、一緒に行動した経験から、彼女からは善意以外の打算が見え隠れしている。

 伝手を使って仕事をもらってくるという言葉も、どこまで本当やら。


「一応は、信じるけどな。変な話を持ってきたら、いくらアリスティアだろうと殴るからな」

「それは、信じていないような……」



 レオナルドの決意は、初めて来る街に目を輝かせるヴィヴィアンと、淀みなく街の設備の解説を続けるアリスティアを前にして揺らぎつつあった。


「いいや、気を引き締めろ、俺。話自体は十分変だったじゃないか」

「一度話したときは納得してくれたじゃあないですか」


 すかさず振り返って言葉を挟んでくるのも、レオナルドにとってはやりにくい。

 手に持っているのは屋台で買った揚げ菓子のくせに、口の周りを汚すどころか、振り返っただけで絵になるなんて反則だ。


「変というか、考えたこともなかった、です。冒険者になるなんて」

「ま、凡人なら他の仕事の方が儲かりますからね。残念ながら、羽振りは軍人の方がずっと良いです」

「その話じゃないし、その餌付けみたいな菓子の渡し方をやめろ。ヴィヴィアンもされるままに受け取るな」


 レオナルドがしかめっ面をすると、アリスティアは知らんふりをする。

 慌てるのはヴィヴィアンだけだ。


「あ、ご、ごめんなさい兄様。美味しくて」

「変な混ぜ物もないですよ、景気が良いって最高ですね。あんたもひとつどうぞ」


 アリスティアが揚げ菓子を一つ差し出して、そのままレオナルドの口に突っ込んだ。

 どうしてこんな目に遭わされなきゃならないと抗議するよりも前に、アリスティアが語り出す。


「軍の徴兵基準を無視するって言うなら、後ろ盾を得るのは必須です。一生ドブネズミをやるなら別ですけど、元からのあんたはともかくヴィヴィアンちゃんは可哀想ですし」

「けど、そもそもはあたしのせいなのに」

「それ以上言ったらレオナルドが怒りますよ」


 そのレオナルドは、味を楽しむ間もなく揚げ菓子を飲み込む羽目になった。

 少年らしい素直さの証しとして、その目線は恨めしげだ。


「げほ……その通りだ。アリスティアにも怒りてえんだが」

「はい、どうぞ」


 打てば響くように、レオナルドに向かって、アリスティアが一歩、二歩寄ってくる。

 裏通りでの喧嘩なら、その間に何発も殴れるぐらいゆったりした歩みだ。

 そんな、どうせ殴らないでしょうと見透かされているような態度も、気に入らない。


「……冒険者が有力者と顔を繋ぎやすい、って理屈は分かったつもりだ。お偉いさんにも国軍に頼みにくい用事ってのがあるんだってな」

「貧民だと頼んだところで助けてくれなかったでしょう?」

「ああ。で、その為に実績を積む最初の仕事が、鉱山開発に関わるってどういうことだ。もっとこう……」

「猫ちゃん探しとか、魔物退治とかっ」


 ヴィヴィアンの助け船に、レオナルドの眉間に皺が増えた。

 けれど、アリスティアに言いたいことは伝わったようだ。


「いつでもある依頼と違って、この仕事はそう出てくる話ではないです。珍しいのは認めますけど」

「鉱山とか採掘とか、まるで素人だぞ」

「私だって知りませんが、先方に専門家がいます。それに、これから行く商会は、私のスポンサーが目をかけている所です。恩を売って損になることもないですよ」


 アリスティアは兄妹に対して、あまり嘘は言わないことに決めていた。

 軍の徴兵だけを心配するなら、少なくとも一緒にいる間はどうとでも切り抜けられる。

 ただ、アリスティアは酔狂な冒険者であるという設定で通している。

 どうして徴兵官から逃れられるのか、説明できないから教えていない。


「お二人は故郷を離れたばかりで知り合いが居なさすぎます。気に入られろとは言いませんから、顔見知りぐらいは作ってください。猫を探したければその後で」


 それだけでも嘘まみれなような気はするけれど、それでも二人を使ってみせるのも任務のうちであった。

 それに案外、面白い同僚になるかもしれなかったから。

 頑張れるだけ頑張ってみるべきだろうと、アリスティアは計算する。



 買い食いも終えて、の商人に会う時刻は昼で、一日はこれからというタイミングだった。

 渓谷の町は採掘労働者で活気に満ちている。

 天気も快晴で、風も心地よい。

 アリスティアにはともかく、兄妹の一歩目としては幸先が良いと言っても差し支えないだろう。

 で、あるからには。


「どうしました、二人とも。山賊と遭遇したみたいな顔して。失礼ですよ」

「いや山賊だろ!? 商人ってんならもうちょっとそれらしい服を着やがれ!」

「兄様もアリスティアさんも失礼ですっ。あ、その、こんにちは。休憩中に失礼します……」


 トロールの商人ぐらいで、いちいち慌てないで欲しいなあと、アリスティアは思った。

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