第3話 領地へのテコ入れはスパイの仕事

 魔石の鉱脈が自治領内の山から見つかった。

 アリスティアは、どうしてそれが厄介事になるのか、新人達に説明は必要でしょうね、と心に留める。

 魔石とは魔法使い達の力を安定して使うための触媒である。

 魔石とは魔法道具と分類される便利な品々の部品である。

 魔石とは、この国においては国軍が流通を管理する戦略物資である。


「考えはまとまったか」

「焦らなくて良いですからね、アリスティアさん。いくらでも待てますので」

「はぁ」


 前回の相棒だった少年が、どういう風の吹き回しかと目線で問いかけてきている。

 少年と一緒に助け出した、魔術師の卵が――共に助け出した、彼の妹が、視線を縫い付けてきている。

 アリスティアはやりづらそうに顔を逸らした。

 籠められた感情はほぼ反対のようだけれど、瞬きぐらい思い出しても良いですよ、二人とも、と、皮肉を言う気分にもなれない。

 元々、二度と会うつもりはなかったのだ。


「どこから説明したもんですかね」

 まずは落ち着いて、スパイとしての彼女が受けた指令を思い返すことにする。



 アリスティアの上司、元老院の魔女が使う船室は、天井も低く、船で一番狭いにも関わらず、そうと感じさせない調度品が贅沢に空間を埋めていた。

 あえて分類すればアンティークな家具の狭間で、ゴシック・ファッションに身を包んだ年齢不詳の魔女がちょんと座っている。

 アリスティアはその正面に立っていた。


「魔石が出たとは言っても、砂に欠片が混じる程度であれば問題視されなかったでしょう」

「親指ぐらいの大きさなら、うちのスタジオも魔法生物の核に使うぐらいですしね」


 アリスティアの言葉を、彼女の唯一敬愛する上司が肯定する。

 機械で作れば大型になりがちな撮影機材を、蛇の姿に変えて這い回らせるために、彼女たちは魔法生物を使う。

 魔石はそのものが力ある物質であり、国の規制品ではあるが、小さいものや純度の低いものであれば、身元さえ明確であれば購入できる。


「探査の結果によれば、国軍の主力艦に使えるほどの高品質である可能性が高いと結論されたわ」

「火を放ったら街が消えそうですね」


 魔石は燃えない。

 けれど、それを求める者は街を焼きかねないと、そういう宝物庫だ。

 仕事は発見者の口封じだろうかと、またアリスティアが物騒な思考に傾きかけたところで、魔女は語る。


「領主代官も同じことを考えたのでしょう。彼は隠すのではなく、大々的に公開することにしたわ」

「初手から国軍に譲り渡した、なら、私は呼ばれないか」

「布告付きだったわ。最初に、件の鉱脈までの安全な坑道を築き上げた商会へ、採掘権を与える」


 アリスティアは最初、意味を掴み損ねた。

 知られれば国軍が管理に乗り出してくるだろう爆弾に、そんな布告の意味があるのかと。


「悪い手ではないわ。代官で抱えたら国軍と自治領の問題だけど、競争によって民間に与えた採掘権を国軍が取り上げたら、自治権の侵害に国民からの略奪だものね」


 性格が悪い子よね、と魔女が笑う。

 アリスティアは、この人がそうするよう助言したのではないかと思った。

 ただし、それを確認するわけにもいかない。

 魔女は説明を止めていて、己の求めを理解できそうか、アリスティアを試しているのだ。


「最終的に商品が国軍へ行くのは規定事項ですよね。喧嘩したいわけじゃないですし」

「もちろん、自治領は一部に疑われるような反乱分子ではないもの」

「権利を取るのは商会、商人ですから、国軍が我慢できるギリギリまでふっかけて、利益を上げられる、気骨のある者が望ましい。うちなら余裕では?」


 自治領でも名の知れた商会を所有する魔女は答えなかった。

 アリスティアはこの人がなんでも答えてくれるほど優しくはないと承知している。

 だから、いやよ、面倒臭い、と言われたのだと解釈した。

 その上で、手出しは必要と判断されたということは。


「元老院の期待に応えられなかった連中がいるんですね。私の仕事はテコ入れ」

「ええ。このままでは盛り上がり所もなく、順当に負けるでしょうね。国軍なら息のかかった商会も、原価割れの商売で恩を稼いだつもりになるグズにも事欠かないのだから」

「蹴りを入れてやります」


 ふんす、と握り拳を作るアリスティアを、魔女は、気怠そうに見つめた。

 用件は伝わったとみて、指折り数えるように、淡々と話す。


「商会資産の三割、スタジオから道具係の職人連中と、音響係の火薬技師、それとあなたの知ってる子役を二人預ける」

「はい。……はい?」

「貴女を運ぶ大型商船ガレオンも好きに指示して構わないわ。山の中だから船の出番はないでしょうけど、水兵の手は空くでしょう」


 内容は大盤振る舞いと言って良いが、言われたアリスティアはそれどころではなかった。


「監督、いえ、主様。私はあなたの俳優コマです」

「今回の配役は指し手よ。うまくやったら、貴女を殺したがってた男を解任して、代わりに副監督に据える」

「それは……ありがとうございます」


 アリスティアの顔色はあまり良くないが、船の中という環境とその薄暗さに覆い隠された。

 困惑する様子を見て取った魔女が、付け加える。


「あの男の撮る画は最近乱暴で、華が無いの。貴女がもっと上手くやれるのならば、私と領民達の退屈を紛らわすことができる」

「ご期待に添うよう努力します」

「結果だけあれば、気にしないわよ」

「ぜってえ、嘘です。意地悪」


 魔女は今度も答えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る