第2話 配役するのは監督の仕事

 映画スタジオがどんな場所か、問われて正確に説明できる民は多くない。

 劇場のように天井が高くて、舞台セットが組まれていて、演出用の道具が山のように置いてあって、大勢のスタッフが日々撮影に励んでいる。

 そこまで説明できたとしても、彼らの一割も説明できていない。



 アリスティアは、彼女の人生で一番清潔と信じて疑わない本部船に足を踏み入れた。

 一等の戦列艦を流用した大型帆船は、巨人と評されるような男女には厳しい天井の高さで、舞台セットの代わりに会議室と工房が入っている。


「監督、アリスティアが出頭しました」

「入りなさい」


 呼ばれた部屋はさらに天井が低く、この船でより狭い部屋を探したければ牢屋に入る必要があった。

 アリスティアの後ろをついてきていた清掃員が下がり、彼女が入った後の扉を閉める。

 あとは話が終わるまで、誰も近づけない。



 アリスティアは頭をぶつける心配をせずに、この船の主人に頭を垂れる。


「首尾良く終わらせたようじゃない」


 元老院の魔女と称される女は、何も知らずに見ればアリスティアと同年代の少女だ。

 しかし、どんなおべっか使いも皮肉屋も年齢だけは話題に選ばない。


「当然です、言われた通りやるだけなんですから」

「あの男は言われた通りやらないって苦言をつけてきたわよ」

「台本通り建物の瓦礫に埋まって少年を見送るなんて、ダレるだけじゃあないですか。こんな美少女引っ張り出しておいて」

「それはそうね」


 アリスティアはニコニコ顔で、魔女の方は、全てが面倒くさいと言わんばかりの無表情だ。


「おかげであの兄妹も、私と自治領の為に役に立ってくれるでしょう」

「今どき奴隷商人なんて時代錯誤野郎がいてくれたおかげですね、役に立ったから許してやりますけど」

「そうね。人を縛りたいなら首輪じゃなくて、義理人情を使う方が安上がりでしょうに」


 商才のないやつっていますよね、と追従するアリスティアに、魔女は少しの間、わらいかけた。


「ご褒美をあげたいけれど、元老院は厄介事をたくさん抱えているの」

「勿論、出演しますよ。誰を殺ってくれば良いですか?」

「話を聞きなさい」

「はい」


 魔女は葉巻に目を向けて、やめた。

 アリスティアが自分を真似て髪を伸ばしているのは知っている。

 葉巻まで真似されて安い煙を撒き散らされてはかなわない。


「まずは……顔を上げなさい、説明するわ」


 これさえなければ、もう少し扱いやすいのだけれど、なんて、教えてやらなきゃわからないだろうか。

 魔女は未だ女優コマに過ぎないアリスティアに、教えてやる気は全くなかった。



 どのような低予算映画でも、撮影を始めるまでに筋書きを作成する。

 それが荒筋なのか、丁寧な装丁の脚本になるかはその時次第だが、アリスティア達のスタジオは、現実を脚本に合わせさせることを得意としていた。

 栄光ある国軍の影ではぐれ者も変わり者も抱え込む、自治領。

 本来は決して表世界で脚光を浴びてはいけない仕事を、探照灯の先へ飛び込んで行う、俳優。

 彼女達は、情報部のスパイだった。

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