少女俳優は探照灯の先で監督を目指す

てんなな

第1話 砲火を潜るのも女優の仕事

 書類上の誕生日当日、彼女の周囲に、同僚の操る四門のカノン砲から砲弾が降り注いだ。

 実弾の前に立ちながら直撃は避け、建物の破片を何気なく払いのけて身を守り、潜伏するカメラにちょっと目線をくれてやる。

 この国では、自身に砲口が向けられていても、冷静な対処を要求される仕事に就く者は大して珍しくはない。

 彼女の仕事のひとつはその上で目立つことだ。

 今回は同僚からのプレゼントの裏側、恐らく上司は己に直撃させるつもりだったことを全世界と傍らにいる少年に隠す必要もあったけれど、彼女にとってはそれが一番簡単な制約だった。


「秘密を抱えて踊るのが当時の日常でしたから。今もですが」



 彼女には日常でも、映像を引けば映る港町にとってみれば、ちょっとした騒ぎではあった。

 しかし街の日常を塗り替えたのは、堂々と帆を広げた民間商船から、倉庫街へと一斉に撃ち込まれた三十四の砲弾ではない。

 天候は晴れ、波は穏やかで、荷運びが一段落した人夫が、でっち上げの屋台で焼き鳥と安ワインを買い込み、駆けていく。

 驚いたカモメが逆に離れていくが、彼らは錬金術師の爆発実験でも十分驚く。

 入港ルートから少し外れ、街から目立つ位置を取った商船の上で、砲煙に覆われ、次弾装填に取り掛かる水兵エキストラ達へと、商船長達が望遠鏡を向ける。

 彼らは――カモメ以外は日常の刺激に飢えていて、この事態でもっとも面白そうな光景を探しているのだ。



 そうして視線を集める商船の甲板上で目立つ人物を探せば、良くも悪くも着飾った彼らに目が行くだろう。


「カット41に移りました」

「定刻通りだな」


 海軍士官に扮した男が懐中時計を閉じた。順調そうなのに、機嫌は悪い。


「で、うちの主演女優はどこ行った?」

「仕度が途中だとかで、遅れているようです」

「相変わらず気取りやがって。標的を変えて合図を待て、次も四門はあの女の傍に当てるぞ」

「死にませんか?」


 男の問いに答えた後、副官が調子を変えずに尋ねた。

 互いに迷う様子はない。だから答えも明瞭だった。


「死んでも撮影は続く」


 甲板の上が地味と見ると、見物人の望遠鏡がいくらか、倉庫街へ向く。砲撃の音は派手だが、ここは主舞台ではない。



 別に、あの女に当てるぞと言っても構わないですよと彼女は――アリスティア・ラビープはあざ笑った。

 想像に過ぎないが、上司達の間でどうせ似たような、チープな会話が行われているだろうと思うと、気分が良かった。

 台本にないカットがひとつ増えるぐらい、安い注文だ。

 彼女は、賢明にも家具の後ろへ引っ込んでいた少年あいぼうを一瞥する。


「無事ですか」

「それはこっちの台詞だ、当たらなかったから良かったものの……」


 少年の言葉は突きつけられた人差し指に止められた。


「今のは私の台詞です。私が無事でもあんたが大怪我をしていたら先が続きません。助けるのですよね、妹さん」

「……その為に来たからな」

「軍が先んじれば徴兵は確実、市民権もないドブネズミじゃ才気溢れる妹さんには二度と会うことはできないでしょう」


 謳うようなアリスティアの言葉に少年が舌打ちする。

 一方の彼女は気にした様子もなく、そろそろ次弾が来るだろう、と扉のそばへ移動した。


「魔法の才能なんか、呪い以外のなんでもねえ。ドブネズミで結構だよ」


 壁に穴があいていて、扉そのものも半壊している。

 扉に手をかけながら、彼女は用意していた台詞を紡ぐ。


「誰がドブネズミだクソチビ女が、とは言ってくれないんですか? 面白みのないこと」


 アリスティアが扉を半分開けて外を窺う。


「嬉しそうにすんな気持ち悪い」


 間を置かず、少年がその背中に追いついた。


「ったく、黙ってりゃ可愛いのに」


 壁が砕かれる音に続いて、二人が元いたあたりで砲弾が跳ねた。

 狙い通り。


「なにか?」

「なんでもねえ!」


 そうですか、とアリスティアが手を差し伸べる。


「いや、なんでもなくねえ、ひとつある」


 少年は一瞬葛藤して、その手を取った。


「俺が巻き込んだ、お前が仕切んな」

「それはそうですね、ごめんあそばせ」


 扉が蹴破られて、少年を先頭にふたりが駆け出した。



 この日、元老の御用商の称号を持つ映画撮影所、中央第二スタジオと、自治領軍共同の強襲撮影により、ある商会の拠点が壊滅した。

 奴隷交易の証拠を掴まれた同商会はそのまま国家憲兵隊の捜査を受けたが、その混乱で少なくない人間が行方不明となっている。

 後に公開された映画によれば、主役を張っていた兄とその妹、それに協力していた冒険者の少女は無事に行方を眩ませた。

 これが当時本当にあった映像を使っているのか、後から物語と映像が創作されたのかは、一般に知らされない。


 アリスティアにとって確かなのは、彼女はこの作品の主人公ではあるのだけれど、この日はまだ、主人公ではなかった。

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