第14話 ルピナスと笑う 2
仲居に通されたのは各自ひと部屋で、これを一人で使うのは勿体無いと思うほどに広い個室だった。
「お夕食は、招待者が全員揃いましたので、宴会場にて行わせて頂きます」
そう言って仲居が頭を下げる。
戸が閉まる音に、息を吐く。
戸の向こう、背後ではまだアクアやエアたちが仲居と楽しそうに話しているのが聞こえた。
「あれ、コウちゃんとシェイちゃんはキョーダイじゃないの?」
エアの声。コウちゃんってなんだ、僕のことか。思わず脳内でツッコミを入れる。
「いえ、煌夜さんはこの国の方でしょう? 私は中国出身ですよ」
謝の声。おかしそうに笑っている。
「あ、ごめんね。アジア人ってあんまり見分けつかないんだよねぇ……」
再びエアの声。その隣ではアクアが頷いているのだろう、声がする。
「ふふ、そうですね。私も西洋の方はあんまり……」
「そういえば、仲居さんは?」
「わたし、ですか?」
少し戸惑ったような仲居の声。
「うん。仲居さん、おめめ青いからさー」
エアがずばりと尋ねる。勝手に聞いているこちらの方がどきりとしそうなほどあっけらかんとした、なにの他意もない無邪気な声だった。
仲居が小さく笑った。その声色に不愉快感はない。
「ええ、わたしはいわゆるハーフ……最近ではダブルでしたっけ? ……なんです。母が北ヨーロッパの出身だとかで」
「へぇー」
複数、声が重なる。
随分と呑気な会話に毒気を抜かれ、煌夜は無意識に入れていた肩の力が抜けるのを感じた。
あの金髪兄妹、正直なところ苦手な部類だ。ペースが乱される。
(……まぁ、どうやら言動を見るに、彼らは純粋に観光然としてやってきたようだし)
――父の件とは無関係か。
関係あったとして、父が生きていた当時の彼等は十にも満たない子どもだ。なにができるだろう。
そこまで考えて、ふ、と煌夜は笑う。
出会う人全て、見るもの全てが敵だと感じているようだ。
一体なにと戦っているのかすらわからないのに? ――いや、わからないからか。
くつくつと喉を鳴らして自嘲う。
虎穴に飛び込んだのは自分の意思だというのに、誰が親虎か、なにが仔虎かもわからない、狩人にも成りえない自分が随分と滑稽だ。
ふぅ。息を吐く。
ずるずると畳に座り込む。
いつの間にか廊下の話し声は止んでいる。それぞれの部屋に入ったのだろう。
昼間からずっと山道を歩き通しだったせいで汗ばんで、額や首筋に髪が張り付いて気持ち悪い。
(夜だと誰かと遭遇しそうだし、)
部屋の間取りや非常脱出経路を簡単に頭に入れて、鞄から着替えと洗面用具を取り出す。
せっかくの貸し切り宿。大浴場を誰かと共有するつもりはさらさらなかった。
ましてや出会ったばかりの他人とだなんて。
窓の外にちらと目をやる。
紺色に染まりつつある東の空で月が不気味に紅く光っていた。
満月が近い。
誰かが来る前に、夕食の前に、旅館の周囲も見ておくか。
そう考えながら、煌夜はそろりと部屋を抜け出した。
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