第4話

それから数週間が経った時、「ひろさん」と出会ったあのアプリのとあるアカウントからメッセージが来た。

「180cm/62kg/27歳」「ひろ」。

もしかして、と思った。でも、僕のアカウントはおそらく彼にブロックされている。

「広志だよー覚えてる?別のアカウントからメッセージを打ってます。会えたらいいなーと思って連絡しました。」

プロフィール画像には見覚えのある顔立ちの整った「ひろさん」の写真があった。

「お久しぶりです。会いたいです。返信をくれると嬉しいです。」

「久しぶり!最初に会った駅に来週の土曜日の夜集合でいい?」

「分かりました。大丈夫ですよ。」

そうして初めて会った日のように「あのイタリアンレストラン」に行くことになった。

「いやさ、あれだけ冗談みたいにまた来週会おーとか言ってたのに突然いなくなっちゃったからビックリしちゃったよ」

そう僕はピザを食べながら言った。

「いやー、お気に入りに登録しようとしたらブロックの方を押しちゃってさー。そんなに言うなら別のアカウントか何かで話しかけてくれれば良かったのに」

そう彼はパスタを食べながら言った。

「いやいや流石にそんなメンヘラみたいなストーカーまがいのこと出来ないよ。」そう僕は笑いながら言った。

さも初めて聞いたように反応したけれど、そんなことはもうとっくのとうに知っている。

そしてアカウントでアピールしていることも知っている。あれからもアカウントは残り続けていた。

「今から会える人募集」とか言って人を探していたのも知っている。ブロックされた日にもう1つアカウントを作っていたから。

どうせ都合の良い奴だと思われてる。取っ替え引っ替え会う人を変えて。ふざけんなよ。

そういえば、前に付き合っている人がいるか聞いた時には、「彼女はいないよー、いたら怒られるでしょ」そう言った。だけど、あなたはラインもカカオトークも追加はしてくれない。

今日も毎度お馴染みのラブホテルに行った。恋人もいるし、後ろめたさもあった。でも、一瞬だけでもこの人の意識が僕に向くという事実は揺るがなかった。あの端正な顔に見つめられるとどうしても心が持っていかれる。僕の心を引き裂かないでくれ。頼むから。どうか。どうか。彼は僕を性処理の道具のように扱った。強引に押し倒されキスをした。僕にシャワーを浴びろとだけ言って「ひろ」はスマホで動画を見ていた。タオルで体を拭いたのも早々に彼も服を脱ぎ、僕のタオルも取られた。指で入れることもなくコンドームの付いた彼の陰茎がためらいもなく入ってきた。以前なら、ゆっくり馴染ませて深いキスを交わしていた。なのに今回、彼はとても「独りよがり」だった。挿入してすぐに激しく腰を動かしては、こっちが「痛い」と言っても何も反応しなかった。彼が果てたら、そそくさと一人でシャワーを浴び、着替えた。色々聞きたいことがあったけれど、とりあえずシャワーを浴び服を着た。ボディソープが流しきれていなかった。バスタオルで体を拭いた時に気が付いた。今回も彼は終始不機嫌そうだった。

そこから彼の都合の良いタイミングで呼ばれるようになった。会う場所がだんだんとカラオケからネットカフェになっていき、彼の車や公衆トイレの個室に変わっていった。そこでセックスをすることもあった。彼は家には一度も僕を招くことは無かった。

本当はこういう場所が好きではなかったけれど、彼のことは好きだったしもしこれが最後になるかもしれない、と考えると仕方なく彼の言う通りの場所で「した」。今日で彼と会うのは何回目だろう。こんなにも沢山会ったということが僕を羽交締めにする。

行為が終わったあと、一回だけ彼に「前みたいにイチャイチャしたいな。それは無理そうなの?」と聞いたことがあった。

彼は「んー、今のままがいいかな。嫌ならもう会わないけど、それでいい?」良いわけがない。僕はただ「分かった。」そう言うしかなかった。このくすぶり続けた、黒い掃き溜めのようなものは何だ。「ひろさん」が好きでたまらない。でも、振り返ってくれることはもうないのかもしれない。それでも、一緒にいることができるのなら。ただそれでもいい。そんな気がする。

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