オカン

4#1



”ソレ”が”人”だとは思えなかった。



ぐちゃぐちゃに絡み合う2つの人の形をした肉の塊。虚ろな表情で作業的に同じ動きを繰り返していた。


なにやら言葉を発している様には聞こえはするが、その実、漏れ出る音は言葉になっておらず、亡者の呻きのようである。



「アナタ達は、一体何をやってるんですかッ!?」



衝動的に声を張り上げてみたはいいが、ソレらからの反応はピクリともなかった。変わらずお互いを貪り喰らう事に徹している。


明らかに普通の状態では無い。


このままにして置く訳には行かないと判断して、勢い任せに覆いかぶさってる方の肉の塊に飛びついた。



「離れな……さいッ……!」



引っ張り力任せにぶん投げる。肉の片割れであるソレーー……久保くんをどちゃりと床に転がした。



「ァっ…………んぁ…………アァ…………」



虚ろな瞳、半開きの口からは僅かに泡を吹いて、呻き声を漏らしている。明らかに正気ではなかった。


真面目で優しく頼り甲斐があった彼に一体全体何があったと言うのか。どうしたら人はこうも変わってしまうのか。


ふつふつと心の奥底から感情が湧き上がってくる。



『怒り』だ。



むんずと彼の髪を鷲掴み、引っ張って顔を上げさせる。



「しっかりしなさいッッッ!!!」



バチーンッ!



乾いた音が弾けた。


湧き上がってきた怒りを力に変えた。今あるありったけの想いを乗せて、彼の頬を思いっ切りひっぱたいた。



「ぁえっ…………」



唖然とする彼の目には僅かに生気が戻った。渾身の一撃がどうやら効いたようだ。



「んぁ……あんで……サト、さぁが……?」


「まだ呂律が回ってませんね。半覚醒といった所でしょうか……。久保くん、一旦シャワーでも浴びて目を覚まして来なさい」


「えもぉ……」


「いいからサッサと行きなさいと言ってるんです。話、通じてますよね?あと非常に臭いのでちゃんと身体を洗うように」


「はひぃッ……!」



叱咤を受けて彼は弾かれるように浴室に向かいました。


まずは1人と確認してから振り返ります。



ドサリっ。



そしてもう1人……。見ると肉の片割れがベッドから落ちていました。



「しゃっく…………さっくぅ:…………どぉお…………ぉこぉ…………」



何かを求めるようにうわ言を呟きながら床を這い蹲る、ソレ……ーー校内で聖女様と持て囃される美少女、白井聖歌。


コレが本当にあの聖女様なのかと見間違う程に彼女は酷い有様だった。



原因はなんなのか、2人に一体何があったのか。


最近になって付き合い始めたであろう2人。


最初の内は付き合いたてのバカップル程度にしか思ってはいなかったが、それは日に日にエスカレートしていき、ここ最近では彼ら2人は明らかに”異常”だった。


他を排して2人だけの世界に閉じこもるように……取り付く島もなかった。



そして、2人はここ数日、学校を休んでいた。



体調不良らしいということは聞いたが、二人の身に何かしらあったのではないかということにして、現状を確かめる為に、そして現状を正す為に、クラス委員として様子を伺いに来た。


そうしたら、この有様だ。


状況から見て察する。様子がおかしい所はあるが、彼らがしていたのは性行為であった。


おそらく2人は学校を休んでまで部屋に篭ってセックス三昧であったのだろう、と。それは奇しくも僕が立てた予想とだいたい合っていた。


とはいえだ。


バカなのかコイツらは。


バカなんだろうな。バカどもが。


イヤ猿か。


何にしても、こんなバカな真似をクラス委員として許すわけにはいかない。




…………ふぅ。




ズルズルと床を這い蹲る聖女様だったモノの髪をむんずと掴んで顔を上げさせる。



バチーンッ!



本日二度目の乾いた音が響いた。










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