#12 皐月くんは胃が痛い
「皐月くんのお昼はなんですか?」
「俺のは日替わりの親子丼」
「わぁ親子丼美味しそうですね!」
俺の親子丼を見て目を輝かせながらニコニコしている聖歌ちゃん。笑顔が可愛い。
「皐月くんはいつも日替わりのヤツなんですか?」
「そうだね。日替わりが1番安いから」
「なるほど!ちなみに皐月くんの好きな食べ物ってなんですか?」
「好きな食べ物……特に無いかなぁ。そもそも好き嫌いを言えるほど家計に余裕無くてね。安くて腹を満たせればそれでいいってとこ」
「そうなんですか……皐月くんは特に好き嫌いは無しと」
「聖歌ちゃんはお弁当?」
「はい!毎日お母さんが作ってくれてます!」
言いながら聖歌ちゃんは可愛らしい黄色い花柄の弁当箱の蓋を開けて、中身を見せてくれる。
如何にも女の子って感じの色とりどりオカズが並べられたお弁当だった。量少なっ。ご飯とかホントひと握りで、これで足りるの?とツッコミを入れたくなる。
「美味しそうだね」
「ウチのお母さんは料理上手なんですよ!」
「けっこー手が込んでるみたいだけど、全部手作り?」
「全部手作りです!お母さん冷凍食品好きじゃないみたいで毎日ちゃんと作ってくれます!もうお母さんには頭が上がりませんよ、えへへっ!」
「そっか……」
幸せそうにニコニコしながら聖歌ちゃんは母親の話を矢継ぎ早に語る。その様子からおそらく聖歌ちゃん宅の親子仲は良好なのだろうと感じた。
母親の手作り弁当……俺には縁のないモノだなぁ。
「ーーそれで少し量を減らしてって言ったら「聖歌ちゃんそれで足りるの?」って!ヒドイですよね!私そんな大食いじゃないのにーー……」
「…………」
「皐月くん……?」
「……えっ、あっ、なに?」
「どうかしましたか?なんかちょっと元気が無いような……」
「いや……」
咄嗟に上手い返しが思いつかず口ごもってしまった。いかんいかん。
「あっ!もしかしてお弁当食べたいですか?」
「そ、そうそう!聖歌ちゃんのお弁当美味しそうだなって……!」
「仕方ないですね!皐月くんにならちょっと分けてあげてもいいですよ!」
可愛らしいフォークを手にした聖歌ちゃんは「どれがいいでしょう?」なんて呟きながら吟味し、そして、ひとつのオカズにフォークを突き刺した。
「アスパラのベーコン巻き!皐月くんにはコレをあげます!」
眩しいほどにニコニコ笑顔の聖歌ちゃん。
「はい、あーんっ!」
「エッ……!?」
フォーク事、渡してくれるのかと思ったら違った。聖歌ちゃんはオカズが刺さったフォークを持ったまま、それを俺へと向けてくるのである。噂に聞くハイアーンである。
そ、それは不味い……。
務めて気にしないようにしてきたのだが……さっきからーーそれこそもう教室から聖歌ちゃんと一緒に居ると周りからの視線がスゴイ。突き刺さるを通り越してぶっ刺さって抉ってきてる。
本人に自覚があるのか無いのか分からないが、その実、聖歌ちゃんは校内でも噂の超絶美少女聖女様である。
そんな聖女様と一緒に居る、誰とも知れないモブ男子に視線が集まるのは必然である。
「てめぇ聖女様とどんな関係だ?おおん?」
「なんで聖女様と仲良くしてんだぶっ殺すぞ糞がっ!」
「 聖女様がモブ男子と一緒に!?イヤーッ!」
的な嫉妬、怨嗟、殺意の視線(一部声付き)から始まり……。
学食では
「てめぇ聖女様と一緒にメシ食ってんじゃねぇぞ?おおん?」
「なんで聖女様とベタベタしてんだぶっ殺すぞ糞がっ!」
「聖女様がモブ男とお昼!?イヤーッ!」
と、こんな感じである。
殺気立つ周囲。ぶっ刺さっる視線。痛い……視線が痛い。超痛い。
そしてそこからのハイアーンである。
周囲が爆発寸前である。
今にも男子生徒の数人から飛びかかられてもおかしくないのでは無いのかってほどの圧を感じるのである。
軽々とハイアーンパクっなんてやった日にゃイノチの危険すらあるのである。
「せ、聖歌さん……?そ、その……じじじ、自分で食べられるから……!」
「はい、あーんっ!」
圧。
周囲からの圧と比較しても遜色ないぐらいの圧を放つ聖歌ちゃんから、不動の意志を感じる。
いいから食え、と。
落ち着け俺、考えるのをやめろ、聖女様からのハイアーン、それで母聖女様の手作り料理を食べられる、そう、俺はもうそれで死んでいい、我が生涯に割と悔いあり。
「ぱくっ」
食った。
いい感じのベーコンの焼き加減に味付け。
美味い。
このアスパラベーコン巻きとても美味しい。
こういう時、緊張とか何かで味がわからなくなるとかなんとかあるけど、美味い。
美味いモノは美味い。
これが母親の味とかって奴なのだろうか。
知らんけど。
うん俺にはわからない。でも美味かった。
「めっちゃ美味い……」
「そうですか!それはよかったです!」
「うん、ありがとう聖歌ちゃん」
「いえいえ!大丈夫ですよ!ちゃんとお返し期待してるので!」
「お返し……?」
「私も少し皐月くんの親子丼食べたいなぁ?」
ほぼ席が近く、肩と肩が触れ合っている、そんな至近距離で上目遣いの物干しそうな顔で言われた。
「あーんっ」
親鳥からエサを与えられる雛鳥の如く。聖歌ちゃんは恥ずかしげに口を開けて俺を見る。
俺に食べさせろと、俺もハイアーンをやれと……?
周囲のざわめきが一際大きくなった気がした。
いい加減もう胃が痛いんだけどどどど。
今すぐ走って逃げ出したいが、聖歌ちゃんから期待を込めた眼差しで見つめられたら、そんなこと出来るはずもない。
てか、やっぱり、聖歌ちゃん可愛いなぁ。
なんて思いながら俺は腹を括って聖歌ちゃんに自分の親子丼を食べさせてあげた。
「はい……」
「ぱくっ!もぐもぐ……うーん!親子丼美味しいですね!私、親子丼好きですよ!」
「そっか、それは良かった……」
もう……気にしないことにしよう。
それから各々自分の昼飯を食べ始める訳だが。
「あっ……」
僅かに聖歌ちゃんが声を漏らす。見ると自分のフォークを見ていた。
「…………ぱくっ」
そして、何を思ったのかそれをパクッと。フォーク単体でくわえたのである。
「ちゅぱっちゅぱっ」
さらに、そのくわえたフォークを必要に舐め回していた。
…………?
…………あっ。
「聖歌ちゃん……それ……俺が1回くわえた奴……」
「ふぉーでふねっ!……ぷはっ!皐月くんと間接キスしちゃいましたっ!」
「おっ……おお……!?」
えっ、この聖女様なにやってんのっ!?
「皐月くんも私がくわえたお箸舐めましてもいいですよ!?」
「そ、そんなことしないからっ!?」
「そうですか……?残念ですっ……」
「何が残念なの……?」
「残念ですぅ……」
心底残念そうにションボリする聖歌ちゃん。
今日は元から何かがおかしい様な気はしていたが、今日の聖女様なんか変じゃない?
そんなことを思いつつ俺は周囲の視線に耐えながら聖歌ちゃんとの昼飯を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます