■ 708 ■ その頃書庫の天使は 22






 さて、ツァディに「いい成績出してこいよ!」と送り出され、絶対出すもんかこのゴリラめ、とあっかんべー。

 久々に【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】を旅立って、馬車で他の候補生たちと共に移動すること三日、


「それでは、これより実戦訓練を開始する。期限は三日、菜園サジェス御厨コクイナ神殿テンプル道場アリーナ、そして書庫ビブリオシカ。全ての知識を総動員して魔獣を駆逐されたし!」


 監督官の合図で、ラジィを含む候補生たちが恐々と山林の中へと足を踏み入れていくそこは、地母神教マーター・マグナが管理する訓練用の裏山などでは決してない。

 実践としての、近隣住民からの魔獣駆除の要望を受けての実戦である。想定外の事態も起こりうるだろうが、それに備えて百人以上の神殿騎士たちが山の麓で待機している。


 更には神殿騎士たちが先んじて【観測メトリア】を放って山林の様子も確認済みだ。

 候補生たちが相手取るには危険すぎる魔獣の存在は確認されず、大暴走スタンピードの兆候も見受けられない。


 現地住人たちから魔獣駆除の要望が上がるぐらいには確かに魔獣が増えてはいるが――【至高の十人デカサンクティ】候補生十人と百人以上の神殿騎士たちがいれば十分に対処は可能な範囲だ。

 なお、この訓練には次の【書庫ビブリオシカ】候補と名高いクリエルフィ・テンフィオスも参加しているのだが、当然ラジィの視界には入っていない。というか、相変らず候補生無視は継続中だ。


「んじゃま、【全体観測オムニス・メトリア】っと」


 山林に入って即座にラジィは己の目たる【全体観測オムニス・メトリア】を山林に展開する。

 たった三日では精度の高い予想は難しいが、即時観測としての性能だけでも十分に【全体観測オムニス・メトリア】は破格である。


 ちなみにラジィの武装は数打ちの聖霊銀鎚ミスリルハンマーで、支給された武器の中で唯一新品同様なこれを、ラジィは自分の意思で選んだものだ。

 恐らくは【武器庫アーマメンタリウム】候補生が作ったであろう、しかし剣に馴染んでいてこれまで誰にも手に取られなかったであろうそれが、ラジィには哀れに思えたので。


 もっともこいつを作った奴は、地母神流剣衝術の基本たる【裂空剣フィンド エンシス】すら放てないハンマーを何故聖霊銀ミスリルで作ろうと思ったのだろう。

 それだけはラジィにもまったく分からないし、そのせいで使われないのは自業自得だとも思うのだが。


「ほうほう監督官連中め、『所詮はツァディ・タブコフが傍にいなければただの小娘に過ぎん』? だったらもっと早くにあのゴリラから引き剥がして欲しかったわ」


 当然【全体観測オムニス・メトリア】は待機中の神殿騎士や監督官たちの周囲にもばらまいていて、彼らの動向もラジィの【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】はつぶさに観察しているわけで。

 なお、彼ら監督官たちに関しては普段の観測が十分に記録として蓄積されているため、魔獣の動きは完全に予想できなくとも人の動きならラジィはほぼ完璧に予測できる。


「んじゃま、あとは【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】任せで――」


 いいか、と丸投げしようとしたラジィの頭をよぎるは、あるいはツァディの顔であり、或いはカイの顔で、或いはシェキナの、共に生きて欲しいという願いであり、


「ま、たまにはアドリブでやってみましょうか。不慮の事故に弱いじゃ情けないもんね」


 はぁ、と溜息を吐いてラジィは野山を歩き回る。まずは食べられる植物と水を探して、生き延びる環境構築が最優先だ。

 もっとも【全体観測オムニス・メトリア】のおかげで今や山林は丸裸にされているので、ラジィからすれば只の面倒くさい単純作業でしかないのだが。






      §   §   §






「はいまた罠に掛かった、っと」


 足の裏を木杭に貫通させられてもがいている忍足狗クー・シーの頭を、ラジィは容赦なく聖霊銀鎚ミスリルハンマーで叩き潰す。

 別に暗殺者をボコボコにするための罠に魔獣が掛かった、というわけではなく、ごく普通に魔獣向けの罠で魔獣を仕留めているだけである。


「魔獣用の罠なんて初めて作るけど、結構上手く行くもんねぇ」


 他の候補生たちが馬鹿正直に魔獣を正面から切り倒している姿を【全体観測オムニス・メトリア】で眺めながら、ラジィはのほほんとしたものだ。


 よくも悪くも真面目に生きる気のないラジィは、だから怠けることに手を抜くことはない。

 そして獣を狩るのには正面決戦よりもまず罠が有効であることは、読書の経験からラジィは知識として知っていた。ここら辺は歴代の【菜園サジェス】が積み重ねた農地拡大のための知識である。


「真面目に魔獣と戦うなんてそんな面倒くさいこと、わざわざやる必要ないもんね」


 他の候補生と鉢合わせしたり、また候補生が罠に掛かったりしないよう注意しながら、さっき倒した忍足狗クー・シーの肉を餌に、ラジィは自分の周囲にひたすら罠を仕掛けて回る。


 魔獣は魔術も身体強化も使える難敵だが、その頭脳は普通の獣より必ずしも明晰であるというわけではない。

 無論、ビーストから変生した魔獣には恐ろしく頭のよい種もいるが、大半は知恵比べなら人間が辛うじて勝てる範囲に留まっている。


 であれば罠で削る方が遙かに楽だし、実際魔術師などいない寒村などで魔獣を退治する方法の大半が罠だ。

 警戒すれば身体強化を巡らせて臨戦態勢を取ってしまう魔獣だが、人の魔術師もそうであるように常に身体強化をしているわけではない。


 であれば、やはり罠が一番魔獣を仕留めるのに効果的であると言える。

 無論それは、罠で傷つけたり拘束できたりする程度の魔獣に留まるが。


 流石にCランク以上ともなれば魔術師でなければ殺せないが、只人とて常に魔獣に対し無力なままでいるわけではないのである。

 なお魔獣にも十分効果のある強度の罠を作る、というのは結構面倒な作業である。

 ラジィの白兵戦能力に鑑みれば普通に殴った方がよっぽど早いし楽なのだが、ラジィはそこのところがよく分かっていない。実に情けない怠け者である。


「っとごめん遊ばせ」


 突如として振り向いたラジィが、人食いカズラの蔓の両端に石を縛り付けた即席の投擲拘束具をぶん投げれば、


「どっかのゴリラのせいで後ろにも目を付けてるのよ私。悪いわね」


 巻き付いた蔓に足を取られて、ラジィの背後から突っ込んできた突撃猪アサルトボアがあっさり転倒するのはこれ、実に見事な腕前である。


「罠は現地で調達運用が基本、ってね。今日の夕食は牡丹鍋ね」


 こいつもミンチにしてやれば、夕飯の食材も確保できて一石二鳥である。いや、正確には二石一猪であるが。

 背嚢から解体用のナイフを取り出して突撃猪アサルトボアを解体する――いや、その前にラジィにはもう一仕事があるらしい。


「さて、隠れてないで出てこないとそっちもミンチにしちゃうわよ?」


 そう物陰の気配に声をかけながら【全体観測オムニス・メトリア】に接続すれば、


「あー……うん」


 草むらの影に隠れて尻餅をついていた人影の股間から湯気が立ち上っていて、なるほど。


「近隣の村々には地母神教マーター・マグナが魔獣討伐をするから入山禁止、のお触れを出していたはずだけどなぁ」


 隠れていたのは突撃猪アサルトボアがミンチにされた現状に恐怖して失禁する程度の、十二、三才の子供、女の子である。






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