■ 707 ■ その頃書庫の天使は 21
「フィン、明日からだいたい十日ほどは貴方、読みたい本を好きに自分で選べるわよ」
『七種の特殊金属による合金の鍛造法とその使用用途についての模索』という、果たしてこれを喜んで読む人が
それを【
「おや、ついに脱走するのですか?」
「それも悪くないけど、実戦の実地訓練」
「なんと、では暗殺されてしまうのですね」
「まあそうなるわね」
あまりに剣呑すぎて、誰かが聞き耳を立てていれば仰天したであろう応酬。
それをこともなげに交わす両者の視線はレポートに集中していて、話の内容にはあまり興味が無いようである。
「冗談だったのですが、はて。
フィンがそう、久しぶりにたしっとページを捲るラジィの手を留めながらそう問うのは、中々にアレフベートが試行錯誤した結果が面白かったからである。やはり会話の内容とは一切関係が無い。
さておき、【
で、ある以上は戦闘中に孤立することはなく、そんな中での暗殺というのは不可能ではないが困難ではあろう。
故にフィンは冗談としてそう語ったのだが、
「【
よって今回の戦闘訓練は候補生が仲間の手を借りずに、単独で山林の魔獣を間引く事が求められているのである。
「一応訓練の内容それ自体は候補生の責務として何らおかしな点はないし。断るわけにもいかないしね」
これは【
「まぁ、大半の貴族出身の【
「山吹色のお菓子が大人気ですなぁ」
「全くだわ、飛び跳ねればポッケから金貨の音がチャリチャリ――しないか。お金の支払いも侍従任せみたいな連中だしね」
呆れた連中だ、と口だけは語っている二人だが、もうとっくの昔に貴族たちには呆れきっているので今更新たに感慨深く思うことはない。
「ちなみに訓練内容はどのような?」
「監督役に【
単独での実力を磨くため、此度の訓練では同伴者はナシだ。代わりとして【
要するに逃げ回っていてはいけないということでもあらるし、逆に危なくなったら監督役が神殿騎士を率いて救援に来てくれるという事でもある。
あくまで訓練であり、決して候補生を無駄に危険に晒すことが目的ではないのであるが、
「なるほど。監督役は買収されておりますな」
「されてなかったら逆に笑うわ」
二人からすれば、ラジィに救援など来ないことが前提。他の候補生がラジィを傷つけ、あわよくば殺害を、否。専門の暗殺者が送り込まれてきても無視を決め込むだろう。
それが両者にとっての大前提ではあるが――それよりアレフベートの鍛造記録レポートのほうが面白くて、両者ともに完全にそっちに興味を持ってかれてしまう。
「アルセウスでは
「体から離して操る、ということは身体強化も乗らないでしょうし、強度は大丈夫なのでしょうか?」
「それよねー、
「あの少年を基準にしたらありとあらゆるものがポリポリでしょうなあ。破壊神でしょうか?」
「神になれる知恵も無いただのウホウホマウンテンゴリラよ」
ツァディは全く、実にろくでもないゴリラだ、と二人して呻いていれば、唐突に【
「おぅ待たせたなエルダート【
「なんのはなし!?」
いきなり全く予定にない話をアレフベート・ギーメル【
「お? なんだお前、実践修行でウチの神殿に来たんじゃなかったのか?」
「私は資料を読んで勉強しに来たのよ! 修行予定はちゃんと提出してあったでしょ!?」
一応、候補生としてサボってないことを証明するために、ラジィは予定表を訓練計画で埋めてカイに提出、承認済みである。
よってラジィが今から鍛造の実習をやるのは当然拒絶する権利があるのだが……
「なんだよ俺の勘違いか。まぁいい、そのつもりで予定空けちまったから付き合え」
「嫌よ! 私は本を読むの本を読むの本を読むのよぉー……!」
「うるせぇな。本読んでるだけで生きた情報が頭に入るかよ。仮にも【
「うぐっ……」
そう指摘されると、シェキナの自慢でならなければならないラジィとしても強くは出られないわけで、アレフベートに引きずられながら資料室から姿を消していく。
「――愛されてますなぁ、ラジィは」
一人残されたフィンはそう微笑んで、床に落ちた資料の束に再び視線を投じる。
「うーむ。いよいよ
情報を仕入れるのはよいことだ。知識は常にフィンの頭脳を活性化させてくれる。
「さて、ページをめくれなくなってしまっては仕方ありません。私も鍛造の見学に向かいますか」
ひょい、と本棚から休憩中に読むための本を引っこ抜いて、首からかけている首下げ袋に器用に放り込むと、フィンは静かにラジィの後を追う。
休憩中に手元に本が無ければ、恐らくラジィは腹を立てて怒るであろう事は疑いないのだから。
もっとも、
「【
きっと今日の実習を終えたラジィは倒れ込むようにベッドに横になり、それでも執念で本を読みながら意識を失うのだろう。
それを実に可愛い、と思うフィンの感性もまた、恐らく一般人から大いにズレているのだろうが。
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