■ 298 ■ 虚飾の正義






「つまり、あなた方は我々がリュキア王国を再建する手伝いをしてくれる、ということで宜しいのですね」

「勿論です。戦火に追われて住む土地を失った民に手を差し伸べるのは地母神教マーター・マグナとして当然の責務ですので」


 領主アンティゴナ・カルセオリー伯の館にて、アンティゴナとシャリク・サンティファクサス外務局員はそう茶卓を挟んで合意する。

 一応、アンブロジオもこの場に同席しているが、外交の腕なら外務局の方がアンブロジオより一枚も二枚も上手だ。故に静かに両者の話に耳を傾けるに留まっている。


「ありがたい話にございます。いやぁ、何せあのラジィ・エルダートときたら地母神教マーター・マグナは人と人、国と国との争いにおいては人道的な範囲の手助けに留まる、との一点張りでしてな」


 アンティゴナが相好を崩して語る言葉に、内心でシャリクは頷いた。【至高の十人デカサンクティ】ならそうなるだろう、と。

 【至高の十人デカサンクティ】は利益よりも教義を、地母神教マーター・マグナとしての在り方を最優先するし、それが【至高の十人デカサンクティ】の限界でもある。


「万を優に超える民が難民となってこのリュカバースに押し寄せてなお、あれはお前たちが何とかしろと力を貸してもくれぬのです」

「あれは現実より理想を優先する夢想家に過ぎませんので」


 あるべき姿に縛られ、チャンスをモノにすることができないのが【至高の十人デカサンクティ】であり、それを補うのが政治部である。

 ずっとそうやってシャリク外務局員は生きてきたからこそ――この局面においてラジィ・エルダートに後れを取ることはない。ラジィの限界は、既にシャリクらには読み切れている。


「見返りとしては、このリュカバースに地母神教マーター・マグナの部隊を駐屯させる許可、で宜しいのですな」

「ええ。我々が欲しいのはリュキアの土地ではなく、港の補給能力と情報収集能力ですので」


 これは言外にリュカバースの支配をアンティゴナから地母神教マーター・マグナへ譲渡するということだが、


「当然、この条件は王都リュケイオンを取り戻したら、の話になります」


 それが前提なら構わない、とアンティゴナとシャリク外務局員の間で合意が取れている。

 何せ王都リュケイオンを取り戻すのは、地母神教マーター・マグナが戦力となって行なうが、その号令はアンティゴナが、という話になっているのだ。


 王都を取り戻し、新たなるリュキアの先導役となるのがアンティゴナなのだ。新たなリュキアの統治はアンティゴナを中心に回っていくだろう。

 であれば、しみったれた僑族共が数多しがみ付くリュカバース程度、地母神教マーター・マグナにくれてやってもアンティゴナとしては何ら惜しくはない。


 そう皮算用を行なっているアンティゴナに対し、



――この程度の男が支配者を気取るようでは、ゆくゆくはリュキア貴族を排して地母神教マーター・マグナをこの地に広めることはそう難しくはないな。



 シャリクもアンブロジオもそう、己の未来を予測する。

 シャリクの見たところ、アンティゴナは頭は悪くないし狡猾なようであるが、実質的な統治能力はほぼないに等しい。

 その上、実際のリュカバースの統治権をマフィアに奪われてお飾りの頭をやらされているのに、それを屈辱と感じている様子もない。

 裕福な生活を保障し、金と財とある程度の自尊心を護ってやれば、この男はお飾りの頭として何も考えずに生きられる。ある意味では徹底した俗物であり、ある意味では身の程を弁えた保身の天才なのだ。


 だからそういう意味ではアンブロジオ率いる政治部とアンティゴナは手を取り合うことが可能であり、


「然らば、まずはお膝元の清掃が必要ですな。我らがマフィアを一掃するために武威を振るうことを許可願いたい」


 故に両者にとって共通の敵は目下、マフィアとその首魁たるドン・ウルガータ。

 そしてその護衛の【書庫ビブリオシカ】ラジィ・エルダートの両名である。


「勿論構いませんが――勝てるのですかな?」

「それは、我らの千を越える神殿騎士たちを目にしての質問と取っても宜しいですか?」


 シャリクの恫喝にもアンティゴナは一切怯える素振りも見せず、この胆力だけは本当に一流だろう。


「ですが、御身の御息女たるクリエルフィ・テンフィオスはあっさりラジィ・エルダートに敗北し、パン焼き娘の立場に落とされましたぞ」


 そしてその一言は、容赦なくアンブロジオの忍耐心を揺さぶった。

 閉ざしているはずだった唇を開いて思わず口を挟んでしまう。


「パンを――焼いていたと? クリエルフィが、この街で?」


 そんな、そんな辱めを受けていたなどとはアンブロジオもマルクから聞いてはいなかった。

 ただ民の為に布教活動を行なっていて、クリエルフィはリュカバースの民から認められ、愛されていたとマルクはそう言っていたはずなのに。


「ええ、特に庶民の男子からは非常に人気を博しておりましてなぁ。そういう意味では娼婦を束ねるラジィ・エルダートは上手くやっていたようですが」


 冗談じゃない、とアンブロジオは仮面の微笑を維持するのに凄まじい忍耐を己に強いねばならなかった。

 あのクリエルフィが、庶民の獣のような男たちから下賤極まりない好色の視線に晒されていたなどと――どれだけラジィ・エルダートは我らを虚仮にすれば気が済むのだ、と。


「娼館を有効活用して町を発展させたラジィ・エルダートの手腕は並ではありませんぞ? 下町の誰もがドンとラジィ・エルダートを崇めております。その上で勝てますか? という質問を行なうのはそれほどおかしくはありますまい」

「負ける筈がないでしょう。所詮は庶民、烏合の衆。魔力も持たぬ連中に何ができましょう」

「その通り。ですが襲っては逃げ、襲っては逃げを繰り返すマフィアの魔術師たちを下町の民に庇われては、あなた方も苦戦は免れ得ぬのでは?」


 意外に冷静な指摘が、アンブロジオの怒りに冷や水を差した。確かに、ゲリラ戦術は現地住民の協力があれば凄まじい効果を発揮する。

 そして地の利は、確かに地母神教マーター・マグナにはないが――


「敵対する者は、切って捨てるだけです。当然、その許可は頂けるのでしょう?」


 リュキア市民であろうと、邪魔をするならば切ってもよいかとシャリクは問い、


「勿論です。マフィアの一掃はリュカバースの宿願でしたからな」


 此処に地獄の火蓋は切って落とされた。






      §   §   §






 そうして、


『我々地母神教マーター・マグナは、ウルガータファミリーを自称する暴徒共に、全世界の魔術師殺害を企んだ首謀者たる天使ラジィ・エルダートの身柄引き渡しを要求する!』


 新色町を半包囲するように神殿騎士千六百人を展開させて、外部との交渉事を一手に任されているシャリク・サンティファクサス外務局員が、拡声効果のあるアミュレットを手にそう要求する。


『この要求が受け入れられない場合、我々は武力を以て此を鎮圧する。本件は全世界的犯罪を企てた天使の処遇に関するものであり、正しき罪に正しき罰を与える、道と理に基づいた事案である。拒否することは虐殺への荷担と見做されると心得よ!』


 シャリクの声は対応するアミュレットを持つ神殿騎士によって伝搬され、リュカバースの下町全体に響き渡る。

 故に聞かぬ存ぜぬは通じず、マフィアたちがこれに対処せざるは、ただ鎮圧されるだけの未来を招くのみだ。


 然るに、新色町の中心ともされる娼館から一人の女性が歩み出てきて、


「リュカバースへようこそ。歓迎するわ、政治部の皆さん」


 会釈するは白い御髪に、白い肌の少女。青く澄んだ瞳は蒼玉のように燦めく、齢は十六、七歳ほどに見える愛らしい容姿。

 高いクラウンを持つ帽子を被り、やや大きめのコートを羽織っているその娘は、


「【書庫ビブリオシカ】……」

「いかにも。地母神教マーター・マグナは【至高の十人デカサンクティ】が一柱、【書庫ビブリオシカ】ラジィ・エルダートよ」


 【書庫ビブリオシカ】。

 新色町を半包囲する二千人近い神殿騎士の前に姿を現したラジィ・エルダートは、たった一人で供も連れていないというのに緊張も萎縮もしておらず、自然体で街路の中央に立つ。


「アミュレット越しではなく直接お話をしましょ? アンブロジオ・テンフィオス総務局次長。それとも私が怖いのかしら」


 そうラジィが徴発すると――


「逆賊め! 【神殿テンプル】様の仇だ!」


 アンブロジオの代わりに、というわけではなく――ただ怒りが抑えられなかったのだろう。

 二十歳頃と思われる若い男の神殿騎士の一人が聖霊銀剣ミスリルブレードを抜き放って、シャリクが静止する暇も無くラジィへと斬りかかり――


「な……」


 ラジィのその細い指、人差し指の腹と親指とで聖霊銀剣を掴み止められて、ピタリと身動きを止める。


 成人騎士の豪腕によって振るわれた剣を、たった二本の指で静止――

 するのみならずピキン、と音を立てて、身体強化の延長で強化されているはずの聖霊銀剣が指の力だけで真っ二つにへし折られ、


「人が話をしているときに割って入るとは、礼儀がなってないったらないわ」


 殴るでもなく頬に触れられただけで、魔力を頭蓋に流し込まれたその騎士はあっさりと街路に膝をついて倒れ伏した。

 その光景に、誰もが圧倒される。ラジィ・エルダートはツァディ・タブコフに次ぐ地母神教マーター・マグナ実力第二位の猛者であることを、その場の誰もが思い出したのだ。


「話をしようと言っておきながら力を誇示するのは下品ではないかね」


 そうやって誰もが動けない中で、アンブロジオが親衛隊と思しき騎士に守られながら、ウリエンス・ザムラディエル広報局員、ヤマツ・ヘメセリス内赦局員と共にラジィの前に歩み出る。


「そう? 二千に迫る神殿騎士で他人の手柄だけを横からかっ攫おう、って企みよりは上品だと思うけど?」


 そうラジィに皮肉を投げかけられても、神殿騎士たちは怒りを露わにするだけで、恥じている様子は微塵も見受けられない。

 その様子から、ラジィは自分の【演算スプタティオ】結果が微塵も間違っていないことが覚れてしまった。


 彼らは悪人である筈もないのだろうが、上の命令に従うことに慣れきってしまっている。

 仮にも【至高の十人デカサンクティ】が弾劾されているというのに、それに疑念を呈することもできなくなっている。

 組織としてその方が効率的かつ好都合だから、彼らはそういうふうに仕上げられたのだ。そういう適性を持つものだけを集めてアンブロジオらはここにきたのだ。


「社会悪たるマフィアが街を牛耳っていて、しかもそれをよりにもよって【至高の十人デカサンクティ】が糸を引いているとあらば、正すのが道理というものだろう」

「クリエルフィと全く同じようなことを言うのね。流石親子だわ」

「その名を御身が口にするでない。御身のせいで娘は死んだのだろうに」


 低く、溶岩のようにふつふつと沸いた怒りを抑え込んでいる声でそう指摘されても、ラジィの表情は一切変わらず――それがアンブロジオを更に苛立たせる。


「御身にはマフィアへの幇助、クリエルフィの殺害、天使として世界中の魔術師を殺害せんと企んだ容疑がかけられている。御身の疑いは内赦局によって検められねばならぬ故、ご同行願いたい」

「冗談。一度貴方たちの手に落ちたら最後、何もかも貴方たちの思う通りにことが進むじゃない。同行できません」

「我々を――地母神教マーター・マグナの為に尽くしてきた我々を信用するに値せず、と仰せか。【書庫ビブリオシカ】」


 この会話が茶番であることはラジィもアンブロジオも承知の上だ。

 だがもっともらしく語られる言葉はアンブロジオのそれにこそ正しきが宿り、ラジィはただ根拠もなく駄々をこねているだけのように周囲には映り、だから、


「できるわけないでしょ? だって貴方たちはマルク・ノファトを殺したのだから」


 そうラジィが指摘すると、一部の神殿騎士よりも、ここまで息を潜めていた新色町の方にざわめきが走る。


「え……殺した、マルクを殺したってジィは言ったの?」

「マルクを殺したって――うそ、だってジィはやってきた人たちはクリエの父親だって……」

「どうしてクリエのお父さんがマルクを殺すの? クリエもマルクも本当はすごくいい人だったのに――」


 窓の隙間、扉の隙間、あるいは驚愕から顔を覗かせる周囲の家々から次々と声が上がると、神殿騎士たちの間にも動揺が走る。

 その様子から、リュカバースでマルクとクリエルフィが一定の信頼を得ていたことは嫌でも感じ取れたからだ。


「何か誤解をなさっているようですね【書庫ビブリオシカ】様。マルク・ノファトはクリエルフィ様を守りきれなかった責を負い、自刃されたのです」


 状況が好ましくないと覚ったか、ヤマツ・ヘメセリス内赦局員がそう口を挟んでくるが、


「内赦局には聞いていません。私はアンブロジオ・テンフィオス総務局次長に尋ねているのよ。それともアンブロジオ総務局次長を黙らせなければならない理由でもお有り?」


 ラジィは此を一顧だにもしなかった。

 周囲のざわめきにも、神殿騎士にも目もくれず、ラジィはただアンブロジオの、娘クリエルフィによく似た色の瞳をじっと見据える。


「私はマルクに帰るのは危険だと言ったわ。だけどマルクは『父親には娘の最後を知る権利がある』と、そう語って【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】へ帰ったのよ。そのマルクを貴方たちは殺したのでしょう」


 ラジィが突きつけてきた己の知らない事実に、アンブロジオの怒りが沈静化されていく。


「娘を案じる親の心を汲んで、己の身の危険も覚悟で帰ったマルクから私の情報を引き出すために、内赦局は罪無きマルクを殺したのでしょうに。どうしてそのような悪辣なことができる貴方たちを信用しろというの?」


 マルク、マルク・ノファト。【道場アリーナ】候補生として【書庫ビブリオシカ】候補生たるクリエルフィと同格ながら、クリエルフィに忠実だった青年。

 最後まで、己の良心に従って行動していた青年の顔が、アンブロジオの心に陰りとなって現れ出でる。


「マルクを殺した内赦局が私を殺さない道理はないわね? そうでしょう? アンブロジオ総務局次長」


 そうラジィが問いかけると、ウリエンス・ザムラディエル広報局員がやや焦りの籠もった眼でアンブロジオに耳打ちする。


(言い返して下さい。ヤマツならあとでいくらでも体裁を整えられます)


 ウリエンスの耳打ちにアンブロジオは頷き、しかし次の言葉が喉から出てこない。


 ラジィのそれはハッタリだ。移動に一ヶ月以上を要するリュカバースにいながら、ラジィに【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】のことなど知れるはずもないのだから。

 だからアンブロジオは言い返そうとして、


「吐きたければいくらでも嘘を吐きなさい。私たちの言葉の正誤など、ここにいる皆にはどうせ分からないのだからね。私が知りたいのは、『マルクを見殺しにした』貴方が何と応えるか、それだけなのだから」


 ラジィの指摘を前に、アンブロジオの心は次なる言葉をどうしても紡げない。

 だが、


讒言ざんげんを騎士たちに広めるのは止めて頂きたい、【書庫ビブリオシカ】。我々がマルクを殺したなどとはとんでもない言いがかりだ」


 アンブロジオの身体はアンブロジオの心を平然と無視して、自然と落ち着いた言葉を発することができた。

 心のままに動いていては組織を動かすことなどできないと、そう訓練されたアンブロジオの身体は、


「マルクは自刃したのだ。そこまで彼を追い詰めたのは、他の天使と共謀してクリエルフィを含む数多の魔術師を殺害した御身ではないか」


 その善性を無視して平然と胸を張って嘘を紡ぐ。

 その堂々たる振る舞いに、ざわついていた神殿騎士たちが持ち直す。


 やはり嘘を吐いているのは【書庫ビブリオシカ】の方なのだと。

 娼館から現れ、マフィアを操り、天使と共謀して魔術師殺しを為すような輩の言葉に、耳を貸してはいけないのだと。


「……そう、それがマルクの善意に対する貴方の回答なのね」


 そうして、悲しそうに首を小さく左右に振ったラジィ・エルダートが帽子と外套を脱ぎ捨てると、周囲から驚嘆とも畏怖ともつかぬ声が漏れ出でる。

 サイハイソックスとスカートの隙間にある白い太股を扇情的に際立たせるような、漆黒のローブに身を包んだラジィエルダートの――その、姿は。


 その頭上に輝くは光輪クヮルナフ、あるいは光輪ヘイロー、あるいは光輪オーリーオラ

 その背に負うは虹のような光を放つ三対六枚の純白の翼。


 この世のものとも思えぬ神々しき光をその頭上と翼に抱く姿は――疑いなくも天使のそれだ。


「マルクを殺し、その事実をもねじ曲げる内赦局とそれを許容する総務局次長に、【書庫ビブリオシカ】は従えません。要求を拒絶します」

「それはつまり、マフィアと共に我々に敵対すると、そういう意味に相違ありませんな?」

「都合よく事実をねじ曲げ好き勝手に繋げ証拠とするのは止めなさい総務局次長。政治部は港町として発展した此処をマフィアから奪いたいだけでしょうに。その口実として私の捕縛を槍玉に挙げておいて善人面は笑わせるわ」


 バサリ、と三対六枚の翼をはためかせ、ラジィがその痩躯を宙へと舞い上げる。


「手足たるマフィアを捨てて自分一人で逃げる御積りか!」

「逃げはしないわ。でも此処で私たちが戦ったら周りに被害が出ちゃうもの。丘の上にある公園のガゼボで貴方たちを待ちます」


 ふわり、と翼を翻し、


「神殿騎士の皆もよく考えることね。たとえ命令だろうと、聖務だろうと、使命だろうと――貴方たちが殺した人の家族や仲間は、貴方たちを人殺しとして恨むのだって、その事実を忘れないように」


 一言を残し、宣言通りにリュカバースの丘の上へと移動し、着陸する。

 新たな命令が下されず、それを見守るしかできなかった神殿騎士たちが再びアンブロジオに向ける視線には、僅かな動揺が見え隠れしていて、だから、


「【書庫ビブリオシカ】はその暴威で以て己の罪から逃げる道を選んだ! この事実を許容しては地母神教マーター・マグナの因って立つよすがが危ぶまれるも同義! 神殿騎士諸君、心せよ! 【神殿テンプル】カイ・エルメレクを殺害した罪から逃れる【書庫ビブリオシカ】を、我らは如何なる犠牲を払おうと法の下に裁かねばならぬと知れ!」


 アンブロジオは政治部として、組織を率いる責任者として平然と嘘を吐いて、組織を纏め上げる。仲間を鼓舞する。

 今更方便の一つや二つが何だというのだ。組織の発展のために【至高の十人デカサンクティ】が泥を被ろうとしないから、アンブロジオら政治部が悪役を引き受けねばならぬのではないか。


「総員、抜剣! 此より我ら地母神教マーター・マグナは反逆者、【書庫ビブリオシカ】ラジィ・エルダートの捕縛と、それが糸引くマフィアの排除を行なう! 各員奮起せよ!」


 地母神教マーター・マグナの為に憎まれ役を買って出ようともしない、清らかなる【至高の十人デカサンクティ】に――この決断を否定などさせはしない。否定する権利などあるものか!


かつえる民に温もりを、難き道行きに安寧を。只人にそれが成せぬというなら、私がそれを成しましょう』


 神殿騎士たちが聖句を詠唱し、十人一組の班となって身体強化済みの手にそれぞれの武器を手にして、次なる命令を待つ。


 準備はいいかと。

 覚悟はいいかと、そう問うまでもない。


 聖句を唱えたその瞬間から、彼らは既に死をも恐れぬ神の使いだ。


「マフィアを排除し、【書庫ビブリオシカ】を捕縛し、このリュキアに住まう民に再び安寧をもたらすのだ、前進せよ!」

『おおっ! 我ら地母神マーターに代わりて世界を護る一振の剣なり!』




 だから彼らは怖じ気づきもせず、弾かれたかのように、死の舞台へと躍り出る。




 たとえこの身が凶刃に倒れようと、この死、この命は難き道行きを歩む只人たちのために、と。






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