■ 204 ■ リュカバース開港記念祭 六日目






「おはようサリタ、コルナール、ヤナ」

「おはようございます。今日はマコさんもご一緒なんですね」


 待ち合わせ場所にクィスとマコが揃って現れたことでコルナールたちは少しだけホッと胸をなで下ろす。


「マコはもう大丈夫なの?」


 サリタの問いに、マコが晴れやかな笑顔で応えた。


「ええ、少しはしゃぎすぎてしまったようです。ちょっと休めばすぐに良くなりましたよ。心配してくれました?」

「うん。快癒したようで良かった」

「お、おお!? 先輩これっていわゆる脈ありって奴ですかね!?」

「そういうのわざわざ言わなけりゃ脈ありだったかもね」


 マコが照れたように後ろ手で頭をかいて誤魔化し笑いすれば、三人はこれが国内トップエリートである竜牙騎士団員とはにわかには信じがたい。

 もっともこれで竜牙騎士団と事を構える心配はなくなったわけで、マコが竜牙云々はもう気にすることもないのだろうが。


「うーん……先輩、ただのいい人から脱却するには私、何が足りないんですかね?」

「いい人はいい人だからいいことだと思うけど何が不満なんだ?」

「いい人ってのはお断りの言葉の常套句だからですよ! はぁー先輩はいいですね? マフィアで野性味あってワイルドでハードボイルドで!」

「分からないな……僕はお前のこと好きだけど。女の子にはお前、あまりウケよくないのか?」

「先輩にモテても意味ないですから!?」


 少なくともこの気さくな少年と殺し合いをせずにすんだことは、三人とも正直よかったと安堵していた。

 恋愛対象には、申し訳ないけどちょっと近々では成り得ないが。


「クィスさん、昨日の誘拐っていうのは……どうなりました?」

「ああ、大丈夫。ちゃんと被害者は救出してきたから心配しないで」


 そうクィスが笑うのは、コルナールたちにとっては複雑だ。


「リュキア騎士に並ぶダニ以下のクズが犯人でそりゃあ胸くそ悪かったけどね。久々に死んだ方がいい人間を見たよ」


 掃き捨てるようにクィスがそう語るのは、流石にコルナールとて気にくわない。

 リーダーの話だと、シミオンは自分をダニでも見るような目で見たクソ野郎に復讐を企んでいた、という話だったはずだ。

 シミオンの獣魔はダニだが、それはシミオンがダニのような奴であるということと同義ではないだろうに、とコルナールたちは内心で仲間を庇い立てするが――




      §   §   §




「体調はどう? ガレス」


 ダニの獣魔神フェラウンブラ魔術師を返した翌朝にして、クィスの出勤前。容態を伺いに来たラジィとクィスをベッドの上のガレスが出迎えた。

 半身身を起こしているガレスはまだ少しだけ血が足りないのか若干顔色が悪いものの思考ははっきりとしていて、だからコルンが同じベッドの上で、傍らに付きっ切りな現状が少し恥ずかしいらしい。


「良くはないが、生きるのに問題はない。ただ脚が動かないだけさ」


 ベッドの上に載せれているガレスの両脚はポーションと回復のピジョンブラッドで癒着したものの、依然として指先一つ動かせないままだ。

 血は通っているから腐り落ちる心配はないが、見た目には繋がっているのに膝から下の感覚がなく、二本の脚で立ち上がることはもう能わない。


 最早如何なる身体強化を駆使しても、ガレスは自分の力で歩き回ることはできないのだ。


 沈痛な面持ちを浮かべる二人に、ガレスが穏やかに笑ってみせる。


「そんな気負った顔をしなくていいさ。俺自身の因縁みたいなものだしな」

「知り合いだったのかい?」

「ああ、知り合いというか忘れたい顔だったが」


 あの茶髪の男はシミオン・ロウズという名で、かつて獣魔神フェラウンブラ正規神殿騎士団である狩猟騎士団にてガレスの同僚だったそうだ。

 もっとも同僚といっても同じ部隊にいたとかいうわけでもなく、ただどちらも同じ職場で同じ職だった、という程度の関係だそうだが。


「クソのダニ野郎さ。生きる価値もないクズだったし、退団するときに殺しておかなかったことを今後悔してる」

「……幾ら授かった獣魔がダニだったからって、そこまで言うのは可哀相なんじゃない?」


 そうやってガレスが見下したから恨まれたんじゃないか? とラジィが控えめに忠言するも、そうじゃないと冷やかな顔でガレスが首を横に振る。


「コルンが神殿で騎士団のためにアミュレットを作らされていたって話はしたろ? その時もコルンは身体を血で染めながら頑張ってたんだがあの野郎、その光景を覗き見しながら股ぐらいきり立たせてたんだぞ」

「あ、ダニ以下のクソ野郎だわ」

「他に適切な表現が思い浮かばないね」


 コルンは今年で十五歳だ。そんなコルンとガレスが狩猟騎士団にいた頃となると、少なくとも五、六年は前になるわけで……

 十歳前後の裸の少女が血を流しているところを覗き見して興奮している男を、他にどう表現すればいいのか。まさにラジィもクィスもダニ野郎としかいいようがない。


「それだけが決定打じゃないが、そういった諸処が重なって、最終的に俺とコルンは狩猟騎士団を退団したんだけど……まさかリュカバースまで追ってくるとはな」


 正直、自分の命を見捨ててでもシミオンを殺しておいて欲しかった、とガレスの顔にはありありと書いてあった。

 そう言わないのは横にコルンがいるからであり、そうじゃなければキッパリ言い切っていたのは眼力からして疑いあるまい。


「はた迷惑なストーカーに目を付けられた不幸、としかいいようがない話ね……」

「ああ。あくまで俺らの因縁であって、だからラジィやクィスが気に病む話じゃないんだよ」


 確かに、とラジィたちは頷いた。ガレスがリュカバースを守る優秀な戦士だから無力化されたわけではなく、これは完全に逆恨みの話である。


「兄さんから私を取り返すとか気持ち悪すぎます。妄想の中で生きるのは人の勝手ですが、ダニの分際で人目に付くところまで這い出てこないで欲しいわ。私の身も心も全ては兄さんのものなのに」


 そう吐き捨てたコルンは完全にガレスにべったりで、この子もこの子で兄妹愛が強すぎだな、とラジィたちのみならずガレスも少し思っている。しかもそれはこの一件で更に悪化してそうだ、と。

 まぁコルンに目に見えた心的外傷後ストレス障害などが残らなかったのは不幸中の幸いだが。


「なんにせよ、戦士としての俺はすまないがここで脱落だ。ただロクシーが癒えれば偵察や見張りは引き続きこなせるだろう。今後もやれる範囲で協力する」


 ガレスが伸ばしてきた手を、クィスがガッシリと掴む。

 そうとも、ガレスはまだ死んだわけではないのだ。ガレスにやれることはまだ沢山ある。


「ああ、引き続き宜しく頼む、ガレス」




      §   §   §




「と、いうわけでね」


 魔術師云々の話は伏せて話されたクィスの説明に、


「か、語る言葉が、思いつきません……」


 コルナールたちはドン引きした顔で、そう絞り出すことしかできなかった。やはり拗れた関係というのはどちらか一方の話だけを鵜呑みにするのは危険なのだと。

 確かにシミオンはダニを見るような目で見られた怒りを晴そうとしたのだろう。だがシミオンがやったことはどうしようもなくダニみたいな目で見られても仕方のないことだ。


 打倒すべき敵であるガレスの負傷はふーんで終わりだが、コルンに対しては三人とも流石に哀れまざるを得なかった。

 自分がコルンの立場だったら、と考えたら鳥肌が立って止まらない。裸で血を流す己の姿を献身の女神だなんだと崇めて魔羅を怒張させる男など吐き気がする。


 この事実を先に知っていたら、コルナールたちは交渉になど一切応じず神殿を解除なんかしなかっただろう。シミオンを切り捨てて終わりにしたはずだ。

 そういう意味ではクィスたちは幸運だった、ということになるわけで、双方にとってひたすら後味の悪さだけが残ってしまっている。


 これはあとでリーダーに報告しないとだな、とコルナールは嫌な気分になった。ここまで報告したくない情報を得てしまったのは初めてだ。

 ただシミオン自身はリュカバース魔術師を害することに積極的なわけで――これからもママ・オクレーシアがシミオンを第一分隊ファーストスクワッドに留めるなら、コルナールたちは彼を拒絶するわけにはいかないのだ。その事実が一番、三人の心を重くする。


――でも、私たちも人のことは言えないな。


 人の振り見て我が振り直せか、とコルナールはそう我が身を自嘲する。

 このリュカバースにおいてマフィアは麻薬を駆逐した正義の側にあり、レウカディアはそんなリュカバースに経済活動で勝とうとせず、テロ行為で敵を蹴落とす道を選んだ。

 それが分かっていても、コルナールは神殿を維持し続けている。レウカディアの、いや自分を拾ってくれたダリルとママ・オクレーシアの為にリュカバースを害そうとしている。


 その害悪さに比べれば、シミオンなどただのダニ止まりだろう。なにせシミオンは気色悪いことこの上ないが、所詮はただの覗き魔だ。

 シミオンがダニならコルナールたちは悪魔だろう。笑顔でこうやってクィスに接し、そしてクィスの所属するマフィアファミリーを潰すべく蠢動しているのだ。これを悪と呼ばずして何を悪と呼ぶ?


 コルナールたちは悪魔だ、悪為す魔術師だ。

 シミオンなどより、よほど醜悪で害悪な。


 ただそれが分かっていてもあえてコルナールたちが祭りの場に現れたのは、


「マイスター・フラーラ。今日はモデルは足りているかい?」

「ええクィス。昨日まで調子悪かった子たちもみんな体調良くなったみたいでね。今日は万全の体制でショーを行えるわ!」


 それを確認するためだった。

 そうして五人はファッションショーを鑑賞する千人の観客の一人となり、舞台の上で主役を張る少女や女性たちに喝采し、嫉妬し、侮蔑し、そして尊敬し、敬服する。


 一度自分が立った舞台だからこそ、あそこで胸を張って羨望を一身に集める者たちがどれだけの恐怖と不安を胸に抱いて虚勢を張っているかが分かるから。

 それを貫けるモデルたちに、だからこそ一観衆として今度は生々しい感情を瞳に込めて、捧げて――


「……明日は帰省に向けて体力を温存するため、宿周辺でのんびり凄そうと思ってます」


 クィスとマコに、そう別れを告げる。

 正確には、リュカバース魔術師の体力がもっとも底をつく第七夜に全てをぶつけるために、サリタたちもまた昼を休息に充てるのが目的だが。


「そっか、うん。ありがとうサリタ、コルナール、ヤナ。君たちが付き合ってくれたおかげで退屈な警邏を楽しめた、感謝してる」

「お礼を言うのはこっち。ありがとう、クィス、マコ。この祭りの思い出を――ずっと、大切にする」

「あ、あたしも……楽しかったわ。あ、ありがと……」


 そうヤナが言葉を絞り出すと四対八つの瞳がこれ以上無い程に見開かれて、


「な、何よ! あたしだって礼ぐらい言えるんだから!」


 サリタ、コルナールよお前もかとヤナはブチ切れずにはいられない。


「ありがとうヤナ。舞台の上に立った君は凄く魅力的だったよ。君は何にだって成れるんだって、その事実を持ち帰ってくれると祭りの主催者側としてはとても嬉しいかな」


 そう、クィスに抱きしめられ、額にキスを落とされたヤナが赤くなって俯いた。


「七日目の最後の夜には花火を打ち上げる予定なんだ。宿でシェリフらと一緒にじっくり堪能してくれ。金かけたのに見向きもされないと悲しいからね」

「じゃあサリタもコルナールもヤナもお元気で! 君たちの安全は私が守りますからね!」


 そう大きく手を振る二人と別れて、三人は宿へと帰還する。

 ここから先の三人はレーギウムから来たお上りさんではなく第一分隊ファーストスクワッドの一員。リュカバースを害する恩知らずの外道、クィスから見ればゴミクズ以下の悪魔のそれだ。






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