■ 180 ■ お祭りを始めよう






「と、いうわけで俺たちは何らかの祭りをぶち上げなきゃいけなくなっちまったわけだ」


 円卓テーブルにてウルガータがそう経緯を説明すると、マフィアの頭領カポたちが様々な表情を浮かべた。

 変わらないブルーノ、呆れるアンニーバレ、楽しげなチャンに不満気なハリー。

 ドンを値踏みするようなオスカーに皆の顔を伺うセザール、悩まし気なクジマ。新しい五ファミリーの頭領カポは皆心なしか不安そうだ。


「受けたのかドン。断るべきだろう」


 理不尽な暴力が嫌いなハリーがやや強めの口調で非難してくるが、ラジィに語った理由を告げられると、


「確かに、ギルドや市政との間に楔を打ち込まれるのは好ましくないか……胸糞悪いが理解はした。反対はできねぇな」


 渋々といった感じでハリーは矛を収めた。

 他に反対の声は上がらないため、これを以てマフィアの総意と成す。


「祭りの口実はどうするんだドン?」

「ああ、カルセオリー伯爵家から押収した資料からいくつか見繕って、うちのインテリゲンチャが捻り出してくれた。リュカバース開港記念祭が今のところ第一候補だ」


 伊達や酔狂で一ヶ月資料室に籠っていたわけではない、とラジィが祭りの起源を紙に纏めて頭領カポたちに配って回る。

 そこにはリュカバース港の来歴と発展の経緯がつらつらと記されていて、歴史に興味のない順に頭領カポたちが資料からラジィへと視線を戻し始める。


「いくつか見繕った案の中で、可能な限り私たちではなくカルセオリー伯爵家に近い理由を選びました。主導がどちらか、民に理解して貰えますので」


 なるほど、と一同はラジィの狙いを把握した。マフィア都合ではなく領主都合なのだと市民に理解を求めて、被害発生時の矛先を少しでもアンティゴナに向ける小細工なのだ、と。


「本当はもっとリュキア貴族に近い理由が欲しかったのですが、そんなの誰も喜ばないから泣く泣く却下せざるを得ませんでした」

「そりゃ仕方ねえな。金を投じて盛り上がらねぇんじゃ大損だ、やる意味がねぇ」


 チャンが苦笑しながらヒラヒラと手を振った。やるなら儲けを出したいし、民の財布の紐を弛められなければ意味がない。

 その観点でいくと、一番無難だったのが開港記念だったのだ。


「あまり時間がありませんが、皆さんの故郷で行われる祭りの要素なども組み込めればな、とも考えています」


 異国文化を僑族や船乗りたちが懐かしめるように、とラジィに求められて誰もがめいめいに思案顔になる。

 儲けを優先に考える者、部下たちの鼓舞を念頭に置く者、食事や衣服などのリュカバースでの文化再興を考える者など様々である。リュカバースは、僑族による僑族の為の街という唯一無二に、今既に成りつつあるのである。


制圧戦レイドバトルの時と同様に短い期間で決めることが膨大にあるため、再び運営委員会を設置したいと思いますが、ドン?」

「ああ、各ファミリーから人員を排出してくれ、それと同時に防衛計画も並行して立てにゃならねぇからな」


 これはまた忙しくなるな、と誰もが目の色を変え始めた。

 これは危機であり、同時に商機でもあり、ついでに言えば、


「当然、ここで俺の首が落ちればドンの椅子が手に入るかもしれんが……失敗した時にはどうなるかはちゃんと考えておけよ?」


 ウルガータを廃する千載一遇のチャンスでもある。まことに忙しい話だ、誰にとっても。




      §   §   §




「と、いうわけで私たちは極めて不利な状況で他都市の刺客を迎え撃たねばならなくなったわけです」


 改めて魔術師たちを礼拝堂に集めて、ラジィは地母神教会リュカバース支部の祭壇に立ち一同を見やる。


エルダートファミリーよりフィン、

ラオ、

クィス・エルダート、

ティナ・エルダート、

アウリス・ヒッター。


マフィアの護衛よりナガル、

ガレス・ノイマン、

コルン・ノイマン、

ヤン・シンルー、

イオリベ・シメイ、

オーエン・ソギタニ。


地母神マーター教会リュカバース支部員としてソフィア、

リッカルド、

クリエルフィ・テンフィオス、

マルク・ノファト。


 総勢十六名の魔術師たちが、ラオを除いて油断なく頬を引き締める。


「敵は誰でも狙い放題で、現時点では敵の戦術目標を想定できない以上、護衛の皆さんはまず自分や自分を雇用している頭領カポの守護に全力を尽くして下さい」


 トリアージではないが、こと平和を守るために優先される命というものは存在する。組織であれば指揮官の命は雑兵の命より遙かに重い。

 命令を下すものは、他の何に代えても生かす必要がある。そうでなければ指揮系統が瓦解して烏合の衆になってしまうのが規律の遵守に厳しい軍隊というものだ。


「取り敢えずソフィとクリエは自衛をお願いね。私の家に出入りしている以上、関係者として巻き込まれる可能性もあるから。何ならもうここに来ないほうがいいまであるけど」


 完全に部外者な二人にそう注意を促すも、


「御冗談を、巡礼が終わるまで【書庫ビブリオシカ】をお守りするのが私の新たな役目にございます」

「ずっとここに来れないのは何か日課を邪魔されて業腹ですし、それに今更じゃないかなって」


 クリエルフィもソフィアも「もう遅い」みたいな顔で拒絶するので、仕方なくラジィはリッカルドとマルクに視線を向けた。

 応えるようにリッカルドとマルクが小さく頷いたが、本当にわかっているのだろうか。


「……一応言っておくけど仮に殺されず幸運にも人質程度で助かるにしたって、人質なんて生きて五体満足であれば十分なんだからね? 捕まっている間に輪姦ぐらいはされて当たり前だと思っときなさいよ」


 ラジィとしてはいいとこのお嬢様二人はよくわかってないんじゃないか、と心配になるが、


地母神教マーター・マグナの神殿騎士を志した時から覚悟はできております」

「庶民の小娘がそんなこと気にしても仕方ないですよ」


 クリエルフィはクリエルフィで餓死しかけたうえ、娼館で禿に下のお世話までしてもらった時からもう尊厳なんてものはなくなっている。

 ソフィアはソフィアで良い暮らしをしていても所詮は庶民、貞操なんぞなんの価値もない、という認識らしい。


 まぁ当人がいいならいいか、とラジィも気にするのを止めた。それに二人が表情で指摘したように、もう遅いのかもしれないのだ。

 ラジィほど高性能ではないにしても、敵側にだって観測魔術師ぐらいはいるかもしれない。そうじゃなくったって攻撃とは事前観測と分析と効果予測を終えて初めて行うものだ。


 敵の戦力も不明なのに突撃かます馬鹿は指揮官として失格だ。

 敵がそんな間抜けであることを期待するのはただの怠慢でしかないだろう。


「はぁ、催事に関しては都市の華だから私だって色々考えてたのに……よりにもよってこの敵がリュカバースを一番害したい時期に当ててくるとか。カルセオリー伯め、次戦場で会ったら腹パンじゃ済まさないわよ!」


 そうラジィが憤る中、誰もが「それでもあいつは懲りないんだろうなあ」と何となく思っていて、それはラジィも全く同じなのがもの悲しい。


「でもまあ、回り回って自業自得でもあるのよね……結局はこれレウカディアの奴隷航路を潰したことが原因だし」

「そこは反省する必要はないでしょうラジィ。奴隷を盾にしなければ前線が維持できないリュキア騎士団が諸悪の根源だと思いますがね」


 ナガルがそう、たしなめるでもなく本心からそう言い含めてくれるが、


「人としても地母神教マーター・マグナとしてもそれでいいんだけどね。ドンの知恵袋としては明らかに失敗よ」


 ラジィとしては自分の提案でウルガータを含むリュカバース民が危険に晒されている、というのは知識担当である【書庫ビブリオシカ】の矜持として許し難いのだ。

 ましてやラジィの専門は未来予測だ。少しばかり【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】に頼りすぎて頭で予想する事を怠っていたのではないか、と。


「でも、リュキアの国境防衛部隊がそんな厳しい状況だって情報も出回ってなかっただろ? 予想するのは無理だったんじゃないか?」


 ガレスの意見はその通りで、実際物資の流れからも国境防衛部隊の苦戦を示す事実は予想できないが……


「まさか奴隷を使い捨てにしているから医薬品も武具も逼迫してなかった、まではまともな人間なら考えられぬのです」


 そうイオリベは言うが、そこで視線を集めるのがシンルーである。

 皆の視線を受けたシンルーが無言でフードを被り下を向いたので、『ああ、やはりシンルーは一人考えが及んでいたのだな』と一同は納得してしまう。


「シンルーを責める気はないわ。聞かなかったのも私だし、ネレイスのお願いを聞くのは海神オセアノス教としては当然だもの」


 そうシンルーを庇いながら、しかしラジィとしてはある点に引っ掛かっている。


「そう言えば、お祭りって表向きはカルセオリー伯の息子の為にやるんですよね。どんな人が来るんだろう……」


 コルンの呟きに、一同は思案顔になってしまった。


「えーと、百八の席次を持ってると王都リュケイオンで竜牙騎士団として幼い頃から育てられる、って話だったよね?」

「ということは生え抜きの選民主義である可能性も高いですね……」


 ティナとアウリスがちらとクィスを見ながらそう語るのは、後でクィスに教えろという暗黙の合図であろう。


「しかし、たった百八人程度の増援で何とかなるものなのでしょうか? いくら精鋭といえど少なすぎると思うのですが」


 地母神教マーター・マグナとして、装備を揃えて数で殴るが基本の中で育ったマルクが疑問を呈するが、


芽蒔神スパルトイは定員割れしていると聞いているから、実際はそれより更に少ない筈よ。でも多分大丈夫だと思う。その上位百八人は守勢にも強いはずだから」

『それはどうして? ジィ』

「基本の聖句はその宗教を象徴するものなのよ、リッカルド」


『我ら大地に蒔かれし竜骨、それより芽生えし八百八士。建国夢見て七百倒れ、勝鬨謳うはただ百八士。我らの骸をこの地に埋めよ、ここが我らの故郷リュキアなり』


 これが芽蒔神スパルトイの基本の聖句である。


芽蒔神スパルトイって聖句から読み解くとね、本質は建国神なのよ。国を興す戦いでこそ真価を発揮する連中なの」


 恐らく芽蒔神スパルトイは、自分の国がないという苦しみに天使が応えて降臨した神だ。

 そんな芽蒔神スパルトイの加護を得て建国目指して戦った八百八人の魔術師のうち、建国まで生き延びたのが百八士だ。


「だから志半ばで倒れた七百は攻める戦しか司っていない。だけど百八士は建国後も生き延びているから国土防衛戦にも高い適正がある、と予想されるの」

「成程、リュキア騎士はあまりに不甲斐ないと常々思っていたのだが……彼らの本懐は侵攻戦ということなのですな、姉御」


 ならばリュキア王国が滅びたら楽しくなりそうだな、なんて考えているだろうオーエンに、複雑な顔でラジィは頷いてみせる。


「ええオーエン。芽蒔神スパルトイ魔術師が妙に弱く見えるのはこのせいだと私は考えてる。下位七百の席次には最初から国土防衛の適正が殆ど無いのよ」


 そういうことか、と一同はラジィの説明でスッキリ納得できた。リュキア騎士イコール雑魚みたいなイメージがあったが、そもそも神の力に優劣はないはずなのだ。


 なのにリュキア騎士が妙に弱く感じるのは、そもそも下位七百士は治安維持と防衛に全く適性がない、侵略特化の加護だということなら理解できる。

 しかし下位七百の大半を占めるリュキア騎士の現在の仕事はリュキアを守ることで、成程これは徹底的に噛み合っていない。


「最初から攻め込むのが本懐、だから防衛となると奴隷による肉壁を必要としていたわけですか」


 ナガルが顎をさすって頷いた。そういう意味では竜牙騎士団なら確かに防衛戦でも多大な力を発揮するだろう。

 だから百八士はリュキア各地から王都リュケイオンに集められていたわけだ。何かあった時、王都防衛戦力として活躍できるのはこの百八士しかいないのだから。


「でも、そう考えるとリュキアはわりと詰んでいるのです」


 イオリベの言う通りだ、と皆それぞれに頷いた。何せ芽蒔神スパルトイというのは、自分の国がない状態でこそ初めて真価を発揮する神、ということになるからだ。

 芽蒔神スパルトイは寄る辺なき民が自分の国を勝ち取るための神であり、その信者の八割以上は護国防衛には向いてない、ということなのだから。


「まあ、神様ってそもそも汎用性は低いしね。だから多種多様な神の信奉を許容したほうが、より組織としては安定するわけよ」


 宗教は自由であるからこそ強い。だから多種多様な魔術師がいるリュカバースは、ある意味では理想的な環境なのだ。ラジィがグラナに勝てたのも、そもそもが多種多様な魔術を駆使したからだ。


「開港記念祭防衛戦では多対多の戦闘も予想されます。こちらの強みを敵が使ってくる可能性もあるので、こちらも適時協力していきましょう。みんな、宜しくね」

『了解!』


 リュカバース魔術師のチームワークは問題ない。あとは敵のチームワークがどれほどのものか、だ。






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