■ 066 ■ 組むべきか、組まざるべきか Ⅰ
「さぁ皆、作業は順調かしら?」
明くる日、ラジィが海岸清掃をしている孤児たちの様子を見に行くと、
「あ、ジィだ!」
「ほら見て! じゅんちょー!」
「でも少し海藻減ってきたかもー」
エドを中心としたヒューゴ、コニーグループの舎弟たちが元気にそう応えてくる。
流石にガンガン石鹸を作っているので貝殻はともかく海藻の方は再生より消費のほうが早いようだ。
一応、テッドには到底及ばないがラジィもまた
無論、海の底には地面があるから全く効果がない、ということはないので魔力でゴリ押しすれば何とかなるが、リッツォーリファミリーとの抗争が続いている今は無駄に魔力は消費できない。
「結局のところ、戦争ってのは物資を垂れ流すだけだからやるべきではない。世の中の真理ね」
ハァとラジィは溜息をついた。
魔術は、神の加護は強力だが万能ではないのだ。
「この抗争が一段落したら海藻の方は何とかするから、それまでは少し採取範囲を広げるとかでカバーをお願い。日当の銅貨一枚増やすから」
「分かったよジィ!」
「任せといて!」
子供たちに手を振ってラジィは海岸沿いを進む。
やがて険しい岩壁ばかりが続き、船影も人影もない砂浜ならぬ岩浜の上を器用にヒョイヒョイ飛び跳ねて行って、やがてラジィは一つの小さな
「待たせたかしら? 悪いわね」
「いや、来てくれて感謝する」
そこで待ち構えていたのは、年頃は十八、九歳ぐらいだろうか。
どこか狼を思わせるねずみ色のふさふさ髪が特徴的な青年である。
「素顔を合わせるのは初めてね。
「
「宜しくね、ガレス、ロクシー」
青年の横にフッと像を結んだ獣魔にそう話しかけると、獣魔である狼が一つ頷いた。
どうやら相当に知能は高いようだ、というラジィの読みは当たっていたらしい。
「それで、共闘をしたい、ということだけど、詳しいお話を聞かせ貰える――」
そうラジィが言い切るより早くに青年、ガレスが硬い岩場に膝と両手を付いてロクシーと共に深く深く頭を垂れる。
「図々しいことは百も承知、ながらどうかお願いだ。事が終わった後は俺のことはどうしてもいい。だからどうか妹を助けるのに力を貸してくれ!」
§ § §
「ということなんだけど、どう思う?」
岩浜で聞いた話を一旦持ち帰ってウルガータとブルーノに展開したところ、二人は顔を見合わせて、
「先ず敵の誘いに乗って誰にも断らず一人でノコノコ出ていくな!」
「あだっ!」
ガンとウルガータの拳がラジィの頭上に落とされる。
「な、何するのよ!」
「最初からまるっと罠の可能性もあっただろうが! まずそこを疑って俺かブルーノに伝えてから行けよ! いざというときに助けられねぇだろうが!」
ウルガータもこの頃はラジィのできることとできないことに少しずつ理解が及んでいる。
戦闘力が単純な身体強化と先読み頼りで、業火のような人を傷つけやすい
「アミュレットで固めた大群が閉所で人垣作って押し潰してきたらお前だってどうしようもないだろうが!」
「むぅ……この頃手の内が完全に剥かれてるわね……」
また身体強化があるとはいえ、十四歳の少女であるラジィの体力腕力にも限度がある。
行き止まりに追い込んでひたすら質量物量で押しまくれば、アミュレット持ちのソルジャーでも辛うじてラジィを制圧できなくもないのだ。
無論、大量のソルジャーを犠牲にすることを許容できればの話だ。あまり現実的ではないが、やってやれないこともない。
頭を抑えて睨むラジィの視線を、ウルガータは真正面から受け止める。
「いいかジィ、お前はまだガキとはいえ十分に整った顔立ちだ。お前に劣情を抱く奴は腐る程いる。ならお前、自分が万が一負けたらどう扱われるかは分かってるだろ」
「分かってるわよ。尻と股の裂けた怪我が化膿して腐り始めるまでは玩具にされて、最後は魚の餌ね」
そんな投げやりな返しにブルーノが瞳を細める。予想はしていたがやはり想定通りの対応をされるのは全く二人には嬉しくない。
「シェファの言った通りだったな」
ラジィは分かってないのではない。知識として知っている程度で実感が湧いてないという訳でもない。緊張感が欠けているわけでもない。
娼館を作るとシェファが言った時に狼狽えたのがよい証拠だ。他人にそういうことを強要するのは一般的には良くないことだとラジィはちゃんと分かっている。
だが、その思考が何故か自分には適用されない。己がそういう未来を辿る可能性を既に受け入れてしまっている。
もっと言ってしまえば、自分が敗北した際に暴力と凌辱を受けることへの忌避感がラジィにはない。
ラジィにとって、股ぐらに竿をねじ込まれるのと頭を拳で殴られることの二つに全く差がないのだ。
その根底にあるのは恐らく「自分などその程度の存在である」という、ティナのそれをも上回る強烈な自己肯定感、いや自己保全意識の欠如だ。
――あの子の心は今もまだ裏路地にあるのだろうさ。
まさにシェファの言った通り、ラジィの貞操観念は未だ孤児と大差がない。
「お前はそれでいいのかもしれないがな、俺たちは反吐が出るんだよ」
根本では自分が傷付くこと、汚されることにラジィは全く頓着しない。
それでは駄目だと誰かに言われたから、普段は表面的に
「甘いマフィアもあったものね。そんなんじゃドン・コルレアーニに勝てないわよ?」
「そもそもお前が失われたら勝ち目がないだろうが」
「うっ……そりゃそうかもだけど……今日のルガーは妙に賢いわね、変なものでも食べた?」
「阿呆、俺はいつだって理知的で賢いんだよ」
「嘘だぁ、知識はブルーノに頼り切りのくせに」
「それで話を逸らせたと思うなよ」
ウルガータに睨みつけられて、ラジィは辟易した顔になる。
そんなどうでもいい話をまだ続けるのかというこの態度こそが、何よりもラジィの自己保全意識の低さを能弁に物語っている。
「いいか
「仲間じゃなくて取引よ、私たちの関係は。そこ、間違えないで」
「なら言い換えよう。俺たちを子供が強姦されるのを平然と受け入れるクズに貶めるな」
「……はぁ、男の子って面倒ね。すぐプライドとか面子とか持ち出して格好つけたがるんだから。呆れちゃうわ」
「ハイハイ分かりましたよ」とラジィがヒラヒラ手を振れば、ウルガータもブルーノもこの場では一旦鉾を納めるしかない。
多分これ以上は言っても無駄だ。あとは少しずつ積み重ねていくしかないだろうと。
「で、
ようやく本題に戻ってきた、とばかりにラジィが真面目な顔で頷いた。
「その可能性もあるわね。一度は赤心を見せておいて懐に引き込んで一網打尽。まあよくある手だし」
「ああ。罠にはめるなら一度は信じさせておくもんだ」
だがそれはつまるところリッツォーリファミリーのアジトに攻め込むということだ。待ち伏せからの
「そも、雇用の関係とて裏切りはマフィアにとって禁忌だ。とても信頼に値するとは思えないが」
ブルーノの言にラジィは頷いた。
「ただガレス曰く、先に裏切ったのはアンニーバレの方だそうだけど」
ガレスによると、ガレスが働いている間は妹には魔術行使はさせない、という契約でアンニーバレの為に働いていたそうだ。
それがガレスがラジィに勝てないと分かった途端にアンニーバレはガレスの妹を魔術師として働かせ始めたらしい。
――お前が戦ってもあの
というのがアンニーバレの言で、ガレスがソルジャーと強力して徹底的にラジィに疲弊を強いるのではなく猛攻を仕掛けてきた理由が、これで理解できた。
「つまりその
「そうだってガレスは言っていたわ。それがコルンさんにとってとんでもない負担になるからやめさせたいって」
なるほどなあ、とウルガータたちは頷いた。
そりゃああれだけのアミュレットを、いくら封魔石のみとはいえガンガン量産するのが容易い筈がない。
むしろ容易ではないからガレスは自分が前線に立って、妹を魔術師としては働かせないようにしていたわけだろう。
「コルンさんは命を削らされてるってガレスは言っていたわ。しかもガレスはコルンさんに会わせて貰えないそうで」
そうだろうな、とウルガータたちは少し嫌な気分になった。ただの幽閉なら大概の魔術師は牢を破壊して目標を奪い返せる。
それを防ぎたければ、魔術師の知らない場所に封じるしかない。居場所が察知されては奪還されてしまうのだから。
「ハッ、事実上の人質か。アンニーバレもよくやるよ」
これが事実なら、この時点でリッツォーリファミリーと
よしんばこれでリッツォーリファミリーがウルガータたちを倒せたとして、その後はどうするつもりなのだろう?
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