■ 003 ■ 死闘の果てに
正直に言えば、ラジィはちょっと調子に乗っていたのだ。
最高峰の武器に、最高峰の防具。手元には欠損した手足すら生やすと言われる
そりゃあツァディにはまだ一回も勝ったことはないが、これだけの装備があれば負けないような気がする。
いや、ツァディは素手での肉弾戦を好むから、装備込みならきっと総合力で勝てる、可能性もワンチャンあるかもしれない。そんなふうにも思っていた。
「とりあえずさ、でかい仕事を最初に終えちゃえば後は遊んでても大丈夫よね」
幸い、巡礼の旅には必ずしももこれをやりなさいみたいなノルマは定められていない。
【
「五年の巡礼に相当する魔獣、となるとやっぱりドラゴンかしら」
ラジィは一年物間ほぼ飲み食いを最低限に保って図書館でずっと本を読んでいたような、根っこは出不精のナマケモノである。
楽をするための手段は選ばないが、それはそれとして働かざる者食うべからずの精神も孤児院で育ったラジィはキチンと理解している。
だからなるべく、一回の戦闘でこいつを倒せば五年分の巡礼に相当するだろう、みたいな魔獣を見繕った時、その相手は当然のようにドラゴンとなった。
なぜドラゴン一択なのか? それはラジィが子供の頃に愛読していた英雄譚はほぼ騎士がドラゴンを倒してお宝を持ち帰るまでがテンプレートだったからだ。
幼い頃の刷り込みというのはそれを指摘してくれる人がいないと引きずるもので、そしてラジィはこれまでの人生の大半を読書と
そのおかげもあって【
つまりラジィにとってドラゴンとは騎士でも倒せるものであり、騎士が倒さねばならない人類の敵であり、倒してしまっても何ら問題のない存在であったのだ。
ドラゴンが倒れた後のパワーバランスだとか、そういう細かいことは当然ラジィにとって想像の埒外である。
「とりあえず皆が一番困ってるヤツを倒せばいいわよね」
長らく書庫で過ごしてきたラジィは当然、このシヴェル大陸において活動中のドラゴンについて把握している。
それらは被害報告として【
「どう考えても
人間視点のあまりに傲慢な物言いであるが、これについてはそれほど間違ってはいない。
他の
存在する限り周囲に腐臭と瘴気をまき散らすだけの、迷惑極まりない死に損ない。こいつが消滅して悲しむのは精々同じ不死系のモンスターぐらいのものだろう。なにせ同じドラゴンにすらも嫌われているのだから。
「よーしあいつが死んだら私の
「【
自身を自身たらしめる魔術を全開にしてラジィは
ラジィには勝算は十分にあった。二週間にわたる観察でそれは確実なものとなった。
だが残念なことにこの二週間、
竜がブレスを吐くことは知っていたし、それは当然想定していたのだが、問題はその火力と射程が完全にラジィの想定の上をいっていたのだ。
通常ブレスというものは口から吐かれる為に強い指向性を持たされているのが常だ。
無論、首を振ることでそれを放射状にまき散らすこともできるが、基本的には
だが、
「ちょっと、そんなのってないわよ!?」
そんな
広範囲に拡散している分だけ威力も低下はするが、なにぶん
呼吸して酸素を常に肉体に送り続けないと生きられないラジィにとって、それはちょっと吸い込むだけで一気に形勢不利というか吸ったら肺が腐って一発アウトだ。
有り得ない全周囲拡散ブレスの初撃は幸いにして【
不良品を、などと言えるような話ではない。たった一回とはいえ、
頭の中でカイに感謝の言葉を述べながらラジィは果敢に
ブレスの為の魔力収束時間を与えてはいけないからラッシュ、ラッシュ、ラッシュの猛攻である。
時に閃く朽ちた牙を受け止め、いなし、あるいはローブの上を滑らせ、鞭のように振るわれる尻尾を剣でたたき落とす。
巨木や巨岩をも易々と砕く前脚を巧みにかわしながら狂ったように剣を骨に打ち付けること数百合、竜麟の剣が砕け散る頃にようやく相手の頸骨にヒビが入った。
この時点でラジィは満身創痍でローブはボロボロ、
聖獣とはいえ
このまま攻めるか退くか。ラジィは度重なる演算の末に攻撃続行を選択した。もはやローブも武器の一本も
この先のたった五年間のために、ラジィはこの先の寿命を全ベットして
千切れる鱗、引き裂かれる皮膚、切り裂かれる骨、へし折られる骨。青アザと毒素で黒く腫れ上がる肉と皮膚。
互いに言葉も悲鳴もない無言の応酬の間に緋紅金の剣もただの鈍器になり、ついに持ち上がらなくなったラジィの右腕は上腕下腕共に骨が砕けて振るうこともままならない。
それを勝機とみたか、ブレスでトドメを刺さんと僅かに
「
左腕に残る全ての力を全集中。身体の発条と捻りで左腕一本にラジィの魔力と質量の全てを乗せる。
全力の振りかぶりからの、聖霊銀剣に己の残存魔力全てを乗せて叩き込んだ地母神流奥義。魔力の奔流が神気の竜巻となって、収束していた
「さっさと、くたばれぇえええええええっ――えっ?」
そして、ブレスが爆散した。そう、ドカンと爆縮したのである。
瘴気と神気がせめぎ合い、反発し合った結果だろうか?
流石のそれはラジィの予想を完全に超えていて、その爆轟により
完全に気絶した状態でラジィが死ななかったのは恐らく【
運良くか、はたまた運悪くか。吹き飛ばされたラジィは気絶したまま近くの河に水没、そのまま海まで流され離岸流に乗ってどんどん陸地から遠ざかっていく。
§ § §
そこから先のことをラジィはよく覚えていない。とりあえず首からぶら下げていた巾着に入っている【
そこら辺の魚を捕まえ傷を付けてリンパ液を飲み何とか数日を生き延びていたラジィだったが、ついに精根尽き果てて意識を失ってしまう。
もっとも、
「……あれ」
石畳の上で再びラジィは目を開くことができたわけで、どうやら助かったようであるが、石畳?
ゴツゴツと固い床の上で左手をついて身を起こしたラジィは、その両手両脚に鎖で繋がれた枷が嵌められていることに気が付いた。
周囲を見やれば、そこは鉄格子が嵌められた狭くて饐えた匂いがする個室であり、つまるところ、
「うわー、奴隷商かぁ」
【
「ま、生きてるならいいわ。死んでなきゃあね」
右腕は使い物にならずローブは穴だらけで衣服としての意味を成してない。武器は失われ四肢を鎖で繋がれ自由は奪われ、それでもまぁ、死ぬよりかはましだろう。
何だかんだでラジィ・エルダートは前向きな少女である。
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