第15話 青年、河原で決意

 彼女は立派な風呂敷包みを下げて現れた。

「お弁当、つくってきたんです」

「ずいぶん大きいですね、よかったら持ちます」

 受け取ってみると、ずっしりと重い。驚く私に月子さんは笑った。彼女が笑ったら、自然に私も笑っていた。

「張り切ってつくってたら、量が多くなっちゃって」

「何人分でしょう」

「私たちふたりだと、食べ切れないと思います」

 薄い青の空は澄み渡っている。天気はいいが、風が少しばかり冷たい。つるりつるりと風が渡っていくのは見ていて楽しい――が、足を止めていたら肌寒くなりそうだ。このまま年末に向け、寒くなる一方だろう。

 私たちが連れ立って歩く道の先には、士族の屋敷が建ち、一般公開されている庭園がある。

 そこを目指すのだろう、ゆっくりとした歩調で進む、いくつものひとの姿がある。飲食物の持ちこみが許可されているためか、弁当らしき包みを手にした姿が多く感じる――のは、自分たちがそうだからかもしれない。

 士族の庭園のためか、道々で警邏を何度か見かけた。通行人に道を聞かれ、ていねいにこたえるその横を通り過ぎる。

 到着した庭園では、想像以上のうつくしい花が咲き乱れていた。しかし想像以上の人出があって、ゆっくり堪能するどころではなかった。後々弁当を広げる場所の確保も、この様子では難しいかもしれない。

 かたわらの月子さんと顔を見合わせた。

「皮剥さん、お庭はとってもにぎわってますし、お弁当の後にまたのぞきにきませんか? 先にお昼にして……」

「名案です!」

 私は一も二もなく了承する。

 庭園では弁当を広げる場所は確保できないだろう、と意見が一致した私たちは、近くを流れる川を目指すことにした。

 私たちは人混みを縫い、途中の通用門と看板がかかっている庭園からおもてに出た。

 しっかり抱えるようにしていた風呂敷包みの中身――重箱らしい――が崩れていないことを、外からさわって確認してしまう。

 お屋敷と川の間には、見張りのためのやぐらも立っていた。

 いまでも有事には見張りとして使用できるそうだが、時代をさかのぼれば常に見張りを置いていたらしい。通りかかってみると、子供が遊んでのぼらないよう、のぼり口が封じられている。封じられていなかったら、ちょっとだけのぼってみたかった。

 河原は風がなく、椅子にするのに適当な石がたくさんあった。手拭いでも敷くかと迷ったが、頓着せず月子さんが腰を下ろしたので私もそうする。

 日向の河原は、あっという間に快適な食堂になった。

 四段のお重にみっしりと詰まった料理に驚くが、月子さんが用意してくれた小皿にあれこれと取り分けてくれる。味つけはやや薄いが、どうやら飲み屋の味つけと比べてしまったようだ。酒のつまみでなく食事として食べるには、ちょうどいい塩梅だった。

 料理はふたり分にはどう見ても多かったが、もし家族でも増えたらちょうどよくなるのかもしれない。

 ほかにも庭園から流れてきたらしき顔が、河原でいくつか談笑している。

 女友達同士と思しき顔や、老夫婦。私たちは彼らと一緒に、この風景に溶けこんでいるだろうか。

 じつは最近、ちょっとした拍子に彼女の手をにぎってみたくなることがある。

 飯屋で働く彼女にだったり、軽く散歩をする道での彼女であったり。

 いまもそうだ。

 どうやら私は、月子さんとの先行きに明るいものを求めているらしかった。彼女が自分の近くにほんとうにいるのだと、手を取って確かめてみたくなるのだ。

「もし皮剥さんのお口に合ったら、おかずに持っていってください」

 食べても食べても減らないように感じるお重を指し、月子さんがそう申し出てくれた。

「いいんですか?」

 とてもありがたく、遠慮せずにそういってしまった。

 うなずいた月子さんは、目元を赤くしている。

「そ、それもあって……多目に」

「それはありがたいです。家でも月子さんの料理が食べられるのは、なにかのご褒美みたいですね」

 とくにご褒美をもらえるようなことはしていないんですが、と続けようとしたものの、久々に月子さんが顔を覆うので、こちらも急に照れてしまって言葉が出てこなくなった。

 化けもののちいさな姿が、脳裏をよぎっていく。

 いつも化けものは私がつくっておく料理を食べている。

 それをうまいと思っているのだろうか。月子さんの料理を食べて、私とおなじようにうまいと満足するだろうか。

 いいかげん、一途くんと話をしなければならない。

 月子さんが自分の手荷物から和菓子を取り出すのを見ながら、内心ため息をひとつ落としていた。

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