第14話 青年、げんなりでため息で

 蛙の友達。

 ――一途くんだ。

「ああ、彼なら離れにいる……はずです。たぶん」

 それほど身構えていない声が出て、私はほっとしていた。

「そんな、無責任に」

「べつに監視してるわけじゃないですから……前に顔を合わせたとき、藻を取りに潜ったとか言ってました」

「蛙っぽいね」

「ええ、蛙らしいこともしてますよ」

 あれ以降怪我をしていなければいい。治るのがはやいのだ、私の知らない間になにが起き終わっているか、わかったものではない。

「ね、皮剥くんからして、どんな子なの?」

「食べものの好みが合うので、誘いやすいんですよ一途くんは――いえ、大海くんは」

 ひさしぶりに、一途くんを渾名以外で呼んだ。口に出した瞬間、ほんとうにこの名前だったろうか、と考えたほどだ。

「一途?」

「ええ、なんというか……考えはじめると、そればっかりになってしまうので。彼の仲間内での渾名です」

「ああ……研究やってたんだもんねぇ」

 一途くんの過去も調べてあるのだ。ずしりと胸の奥が重くなった。

「あの、彼がなにか……硫黄さんに調べられるようなことを」

「ね、ちょっとあそこ寄っていい?」

 道のはしに出ている屋台を指差し、硫黄さんの足はそちらに向いている。あん巻きの屋台だ。満腹になっている私はついていくが遠慮することにした。

「ここのね、生地がふわふわで格別なんだよ。ついつい食べちゃう」

「毎度あり!」

 蛇の店主の様子からして、硫黄さんは馴染みの客らしい。

 格別というだけあって、客は途切れずやって来ている。硫黄さんの買い物が済むと、私たちは邪魔にならないよう足早にそこを離れる。

「……化けものについて嗅ぎまわってるのがいる、ってね、けっこう前から目をつけられてて。彼だけじゃなくて、あっちこっちにたまぁにいるんだよねぇ、そういうの。そういうひとらも、みんなおかしな動向がないか調べられてるんじゃないかなぁ」

「一途くんだけじゃないんですね」

「だと思うよ。酔狂な連中をみんな調べるんじゃ、大変だろうなぁ。ぜったいそんな仕事したくないね」

 買ったあん巻きを一口にし、硫黄さんはぱんぱんと手を払った。

 月子さんが菓子を口にして嬉しそうにすると楽しいのに、どうしてか硫黄さん相手だとなんとも思わなかった。

「あちこちのそういう……化けもののことを訊けるひとを訪ねるって、以前一途くんから聞いていました。化けものに興味があるのは、べつに一途くんに限ったことじゃないんじゃ……なんで彼ばっかり、っていうのが、正直なところです」

「興味を持ってるひとたちは、みんな目をつけられてるよ。放置されてるのひとは、撒き餌」

「まき……?」

「おとりだよ。蛙の子みたいに、興味のあるのが寄ってくるでしょ」

 思いも寄らない言葉に、私は口をぽかんと開けていた。

「で、まあきみの家に時々泊まってるから、その上司である僕に話が来たの。元々あの狐とちょっと面識もあったしね」

 では一途くんが目をつけられていたのは、ここ最近の話ではないのか。

「あれこれ裏で画策するのって面倒だからさ、僕が直接蛙の子をとっつかまえて話を聞いたことがあって」

 飯屋から出てくるところを待ち伏せて、硫黄さんは一途くんをつかまえたのだという。

 それがかれこれ一年ほど前らしい。

 硫黄さんはこれといって名乗らず、「あんまり化けもののこと調べてるとやばいよ」と警告だけしたそうだ。

 一途くんは逃げ出したという――それはそうだろう。

 硫黄さんは大きい。腕力があるだろう、と見た目で想像させ、そのとおりの腕力を持っている。

 一途くんはきっと、ものすごく怖かったに違いない。以前硫黄さんを見かけて一途くんが逃げるように姿を消したのは、そういう由来があってのことだったのか。

「だから僕が牛攻なんてつくってたりするんだよ」

 なにが「だから」なのか、そこが飲みこめない。

「どういうことですか?」

 空を見、しばし硫黄さんは考えた。

「これ、内緒にしておかないといけないのに、わざわざ蛙に教えにいったようなもんだからから」

「ああ……機密の漏洩を張本人にしたのだから、厳罰になりかねない、とか」

「そうそう。あの一二三っての、もったいぶった言い方してさぁ。協力するなら考えますよって」

「だから牛攻を」

「うん。しつけが終わったら狐に渡すんだ、蛙にけしかけるみたい」

 それをまた私に話してしまっていることも、たぶん危ないのではないか。このひとはいったいなにを考えているのだろう。

「だってさぁ、すぐつかまえる、ってわけじゃないんだよ。だったら、まだあの蛙の子は化けものに接触してないんじゃないの?」

 それはわからない。

 ただ私が化けものと接触しているのは確かだ。

 なにをこたえたものか、私は口ごもってしまう。

「化けもののこと調べるのもだめで、邪臭は全部徹底的に掃除しよう、ってだけなんだったら、あの子はとばっちりでしょうよ」

 ――私が掃除の対象になるなら、それはとばっちりではない。

「それじゃあ、一途くんが被害をこうむることは、ないかもしれない……?」

「わかんない」

 硫黄さんは頭をかく。

「もし今度あの狐がきたら、僕があんまり蛙の子のことも話すなっていってた、ってつっぱねちゃいな」

 生真面目な硫黄さんの顔に、私は唖然とする。

「そんなこと……」

「友達のこと、ぐちゃぐちゃ嗅ぎまわられるのいやでしょう。あいつらは火のないところに煙を立てるのがうまいよ」

 ぞっとした。

 それはいやだ。なにより、私本人が化けものを寝泊まりさせている。一二三さんと会いたくないのは確かだった。

「そんな顔しないの、なんかわかったら教えるから」

「……教えていいものなんですか、それ」

 胸を叩いた硫黄さんに、私は脱力しそうになる。

「狐が口止めしてきたら教えない」

 気持ちがなんだか重くなっている私に対し、硫黄さんはあれこれ話したからか、気が晴れたような顔になっている。

「だからかわりに、月子と進展したら教えてね」

 お断りです、というかわりに、私は深いため息をついてやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る