第14話 自己犠牲を語る者

 私のホウキに傷を負わされたことで、〈泥濘の魔女〉の【下巻】が作り出した空間が消えた。

 私たちは、依然緊迫感で満ちたウィーンの街に戻ってきた。〈泥濘の魔女〉に勝ったのだ。

 力尽きた鳥のように墜落した〈泥濘の魔女〉の後を追うと、彼女は教会の扉に背を預けて座り込んでいた。黒衣箒ローブルームで落下死は免れてくれたみたいだが、もう立つ気力もないようだ。

 私とネリネは、彼女の前に降りた。苛烈な戦いは、私たちの勝利で無事幕を下ろした。

 それなのに、心は曇天のように重くて、吐きそうになった。異端審問官インクイジターとして正しいことをしたはずなのに、眼前で立ち上がる気力も残っておらず、血を流す〈泥濘の魔女〉を見ていると、素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。

「……やられちまったねぇ……」

 結果は敗北であるはずなのに、〈泥濘の魔女〉は重荷から解放されたような、一種の清々しさを併有した穏やかな表情を浮かべていた。

 彼女は私を見ると、挑発するような軽やかな口調で言う。

「ほら、さっさと処断しな。そこのお前にだったら、大人しく殺されてやるよ」

〈泥濘の魔女〉に急かされたことによって、より一層、心臓がぎゅうと締め付けられる。

 ネリネに与えられた任務は、〈泥濘の魔女〉の捕縛ではなく処断――つまり、殺すことだ。

〈泥濘の魔女〉が「私にだったら」と言ったせいか、ネリネも大人しくその役目を私に譲り、後ろで大人しく結果を見守っている。

 ……早くしないと。早く〈泥濘の魔女〉を殺さないと。こうしてる間にも、ライエには逃げられて、アネモネは別の花庭園ガーデンに連れて行かれてしまうかもしれない。

 異端審問官インクイジターなんだから、殺したって罪は問われない。

 だから―――。

「……サヨ?」

 後ろから、困惑するような声音でネリネが名前を呼んだ。

 ホウキの柄を強く握りしめる私は、けれど持ち上げるどころか、〈泥濘の魔女〉に近づくことすらも出来なかった。泥で満たされたさっきの空間に居た時よりも、身体は重く息が詰まった。

 ホウキの切っ先を地面から上げられない。手の震えが止まらない。

 そんな私を見て、〈泥濘の魔女〉が微笑った。

「……時間切れだよ」

 そう言うと、彼女は左手に泥で小さなナイフを作り出して――自分の頸動脈をかき切った。首から噴き出した鮮血の慣性に圧され、〈泥濘の魔女〉は横に臥した。階段を流れ落ちた血汐が石畳の隙間を手際よく縫っている。

「なっ……なにをしてるのっ!?」

 悲鳴を上げるように私は叫び、ネリネは衝撃で息を呑んでいた。

「ははっ……自分のけじめは、自分で付けるもんだ……アタシのこと、殺しそこなっちまったったねぇ」

 絶望の中で呆然としている私に、〈泥濘の魔女〉は優し気に言った。


「なあお前……人を、殺せないんだろう?」

「―――っ」


 心臓を鷲掴みにされ、血流が緩慢になったかのように身体の感覚が遠のいた。肺が腐るように萎んで小さくなっていき、呼吸が止まる。背後でネリネが困惑している気配を感じた。

〈泥濘の魔女〉の言う通りだった。異端審問官インクイジターなのに……私は、人が殺せない。

 だって私が殺す異端者も、誰かにとっての大切な人で……遺された人は悲しみに暮れることになる。最愛の人が死んだのは異端者だったから――理由はそれだけで十分なのかもしれないけど、遺された人は、その理由で上から抑えつけるように腑に落とす。

 ……そんな想いを、遺される人にさせたくないってどうしても思ってしまうのだ。

 恨まれることが怖いんじゃない。

 自分が、誰かの大切な人の命を奪ってしまうこと――それ自体がたまらなく怖いのだ。

 トリシエラにも、ちゃんと厳しく言いつけられた。

『命を奪うという行為は、命を奪われるということなんだよ』

 分かってる。それが表裏一体で、等価であることなんて。

 それでも私は、誰の命も奪いたくないんだ。

『サヨは相手の命を尊ぶけれど、敵はサヨの命を尊びはしない』

 うん。知ってるよ、トリシエラ。

 でも、相手が私を殺そうとするからって、私が殺してもいい理由にはならないでしょ?

 挨拶を返されなくても挨拶はするし、優しくされなくても優しくする。

 きっと想いには、対価を求めちゃいけないんだって私は思うんだ。

 だから、敵が私の命を蔑ろにしようとも、私は誰の命も奪いたくない。

 ……奪いたく、なかった。奪いたくなかったんだ。でも失敗した。〈泥濘の魔女〉はこのまま失血死して、私は彼女の死を看取ることしか出来ない。追い詰めて、私が命を奪ってしまった。

 遠のく理想に絶望して、頽れそうになる私に、〈泥濘の魔女〉は母親のような諭す口調で言う。

「……その甘さ、早く捨てることだね。でないと……アタシみたいに、なっちまうよ……――」

 思い遣るような言葉を最後に、〈泥濘の魔女〉はこと切れて動かなくなった。ただ言葉が紡がれなくなっただけなのに、数秒前と外観はほとんど変わっていないのに、死んだのだと判った。

「……っ」

 ごめんなさい。それでも捨てたくないんだと、私は心の中で彼女に謝るように言った。

 トリシエラだって、目の前で苦しむ人の全てを救えたわけじゃないんだ。

 私は今、一回目の失敗を迎えた。

 だから二回目を迎えないように、私はこれまで以上にがんばらないといけない。

 トリシエラから『夜空』を継いだとき、誰かの犠牲に心を痛め続ける……そうトリシエラと約束を交わした。私が最初プロローグに決めたことなんだ。

 つらい、泣きたい、苦しい、投げ出したい、諦めたい、もう無理だ……それらは足を止めていい理由にはならない。心を痛め続けながら、約束を守りながら、その痛みを全て抱えながら、私は前に進み続けると決めたのだ。

 涙を振り払った私は〈泥濘の魔女〉に歩み寄る。目を開いたまま、虚空を見つめて死んでいる〈泥濘の魔女〉の顔に手を翳し、私は彼女の瞼を下ろしてあげる。そして、花庭園ガーデンから私が助け出されたあの日、トリシエラが敵であるはずの剪定者プルーナーを看取った時の言葉を借りた。

「おやすみ。もう、夜は更けたよ」

 たった一言だけ……寝る前にかけるような、なんてことない言葉を呟いただけで、自分の中で何かがすとんと落ちて消えた気がした。夜の真ん中に漂っているような、浮遊感を感じる。

「……行こう、ネリネ」

 背後で静かに待っていたネリネに、敢然とした態度で言葉を投げかけた。

 ほんの一瞬だけ、悲しそうな表情を浮かべた後に、ネリネは力強く頷いた。

「はい。急ぎましょう」

 私たちは再び飛行を開始して、ウィーン国立歌劇場に向かう。

 空走列車が停車している疑似駅舎からは、微かに聞こえていた戦闘音はもう熄んでいた。

 戦いの終わりは近い。天秤がどちらに傾いているのか、秤に乗せられている私たち自身には分からないけど……たぶん、まだ絶望的な差は生まれていないはずだ。

 疑似駅舎の真下――国立歌劇場までやって来た私たちは、即座にその異様な魔力を感じ取る。魔力の性質に既知感を得た私たちは、顔を見合わせて頷き合い、意志を疎通させた。

 誘うような蠱惑的な魔力を辿って、私たちは魔力が濃い方へと進んでその濫觴を目指した。

 整然と観客席が並んだ半円形状の劇場ホール。上方で蝋燭のように灯る橙色の明かりは、下方にある座席の隙間に、のっぺりとした影を蜘蛛の巣のように這わせている。上下で対照的なその様には、暮れなずむ夕暮れ時を連想させられた。

 夕暮れは黄昏時とも呼ばれ、この世ならざるモノの邂逅する時刻を指している。

 だとすれば、壇上に佇んでいる彼女にはぴったりな場所に違いないだろう。

 尾骶骨か腰のあたりから『海百合』を生やしたライエが、壇上で、ひっくり返した座席の角部分に座っていた。私たちが来る前に、ライエは誰か殺したのだろう――『海百合』は所々が金属的な光沢を帯びた赤色に染まっている。

「ライエ……!」

 私に名を呼ばれた彼女は、口の端をニィと吊り上げ、手を振るように『海百合』を畝らせた。そして、放射状に線が伸びた模様の天井を仰ぎ見えう。

「もうすぐ空走列車の制圧も終わる。君たちが来る前に、ウィーンを去ろうと思っていたんだけど……疑似駅舎まで追って来られても面倒だしね。最後に挨拶でんごんを残してから出発しようと待ってたんだ」

「伝言……?」

 最大まで高まった警戒心で強張った声で、ネリネが怪訝そうに尋ね返した。真剣なネリネを見て、ライエは上機嫌に組んでいた足を組み替えた。

「サヨ、ハナニラに君の生存を伝えておいた。――言ってる意味は、分かるよねぇ?」

 ぞわりと、凍てついた水に飛び込んだように、足先から頭頂部にかけて悪寒が奔った。昨日、ハナニラに殺されかけた時以上の危機感に心臓が跳ね上がった。

 同じ花庭園ガーデンに居た頃から――ハナニラが、私やアネモネに対して敵愾心を抱いていたことは知っている。その情動は五年経った今も健在で、ハナニラは私のことを殺そうとした。

 だけどもし、私が生きていたら――彼女の矛先が、自分の手元にいるアネモネに向くことは容易に想像が出来てしまった。

「ハナニラのことだ――絶対に、アネモネを殺そうとするだろう」

 ライエがしっかりと言葉にしたことで、その現実が投錨されてしまったような錯覚を得る。

「君らは私に構ってる暇はないってことさ。まさか、自分のことを待ち続ける親友を見捨てるなんてことは……優しいサヨならしないよね?」

 あばら骨よりもさらに下……そこにある柔らかい部分を無理やり引きずり出されるような、暴力的な痛切に私は顔を歪めた。

 被験花ひけんかを皆殺しにする〈泥濘の魔女〉を先に倒せたことで、私たちがハナニラを優先する意味は薄まっていた。ライエと戦うだけの、時間的余裕を手にしたはずだった。

 だけど、ハナニラがアネモネを殺すならば、私たちはライエに構っている暇がなくなる。

 このまま彼女が悠々と立ち去る後姿を、見送ることしか私には出来ないのだ。

「それじゃあ、私はもう行くことにするよ。まだ回らないといけない花庭園ガーデンがあることだしね」

 砂時計をひっくり返すように、ライエはさっきまで座っていた逆さまの椅子を正しく直した。そして役儀は終えたというように、悠然とした足取りで、薄暗い舞台裏へと消えていく。

 ライエの目前に、立ち入り禁止テープを張るようにが封鎖網を築き上げた。基本的に、何を思っているのか、何を考えているのか分かりづらいライエの表情が、驚愕に変わった。

 隣を見ると、ネリネは強い意志で視線を武装し、ライエを睨みつけていた。

「サヨはアネモネさんを助けに行ってください。ここは、わたしが」

 ホール内の壁や座席に金鎖を弾ませて、緩やかに自陣を組み上げていくネリネを、ライエは感心するような目で見つめて微笑んだ。

「最初に会った時の体たらくから、たった数日で随分と変わったもんだ。友達は選びなさいってのはよく言ったもんじゃないか?」

 汽車の煙突から噴き上がる白煙のように、凄烈な速度でライエの魔力が辺りに立ち込め出す。敢然とするネリネと向かい合って、ライエも覚悟を決めたようだった。

 魔力に感化され、椅子が軋み出す。戦場になることを舞台が悲鳴を上げているようだ。

「……ネリネ、ありがとう。でも大丈夫、私も一緒に戦うから」

 ライエからは見えない――黒衣箒ローブルームの下で震えているネリネの手を、私は優しく握った。

 恐れを悟られたネリネが、目を見開いてこちらを見てくる。

 ネリネが恐怖心を抱くのも無理はない――ライエの魔力は、最初に戦った時より格段に上昇していた。たぶん私の『夜空』と同じで、空模様や時間帯による属性強化だろう。

 今のライエを「アネモネを助けたい」という私の事情で、ネリネ一人に押し付けたくない。

 戦意を示す私を見たライエは、ワガママを言う子どもを諫めるように言った。

「サヨ。人間が持てる大切な物には、分量があるんだよ」

 ライエは両手を組み合わせ、水を掬いあげるようなお椀の形を作った。

「あれもこれもって掬ってたら、最初から大切だったものは下の方に埋もれていく。そして、いずれその尖塔は積み上げた分だけ惨憺に瓦解する。だから人は、大切な物を――自分が本当に掬いたいものを取捨選択しなければいけない。君が選んでいいのは、私と戦うか、アネモネを助けるかのどちらかだよ」

「それは違うよ、ライエ。今の私は一人じゃない。私には一緒に戦ってくれる友達が――ネリネがいる。一人分のお椀だけじゃ、全部は掬い切れないと思う。でも二人なら、もっと多くのものを掬えるんじゃないかな」

「自分が掬うものを、友達に押し付けるってこと?」

「代わりに、ネリネが掬いたいものを私が掬うよ。そうやって、みんなでお互いの大切なものを支え合えば、何一つだって取りこぼさなくて済むはずだよ」

 一連のやり取りを終えたライエは、友好的な温度を冷まし、敬遠するような目になった。

「ふうん……なるほどね。剪定者ハナニラがサヨを嫌う理由が、少しだけ分かった気がするよ」

 ガラスに亀裂が奔るような音がした。

 私とネリネを包囲するように、空気中に虹彩の亀裂が入り、そこから退廃的で嫌悪感を催す『植物』たちが溢れ出す。ライエが腰から生やしている『海百合』と同様、彼女の【魔術書】によるものだろう。

「まあでも、理由が分かっただけで、私がサヨを好きなのは変わんないよ」

 にじり寄って来る『触物』を威嚇するように、私の『夜空』の腰帯とネリネの金鎖が揺蕩う。

「――私はね、サヨ。自己犠牲が大嫌いなんだ。でもそれはこの世界で一番美しいと思うし、その生き方に殉ずる人のことも好きなんだ。――だから私は、君のことを壊したい。自己犠牲の理想はそのままに、それが遂行できないようになってほしい」

 だから二度と戦えない身体にしてやると、ライエは遠回しに宣告した。自己犠牲の生き方は美しいけど、自己犠牲それ自体は嫌いだから、それを遂行できないようにするのだと。善性を厭って悪性を嗤う、ライエらしい考え方だった。

 話は終わりだというように、ライエの放った『触物』が一斉に飛び掛かってくる。

 それらを、私は『夜空』の腰帯で寸断した。

「ネリネはこっちをお願い! 私は、ライエと戦う――!」

 返事を聞く前に、私は低空飛行で『触物』の頭上を越えてライエに切迫する。

 私のことを見つめるライエは薄っすらと笑みを浮かべていて、それが私には、トリシエラを嗤われているみたいで頭の奥が熱くなった。

 感謝もいらない。忘れられたっていい。ただ一人でも多くの人に幸せになってほしいから、自分を犠牲する――そういう生き方が美しいんだって、ライエは知っている。

 その美しさを知っていてなお、それを壊そうとするライエが許せなかった。

 思い出のアルバムの中で、ずっと変わらない精彩を保ったトリシエラが言う。

『私は死んでもいい……ただ、私以外の人は誰一人として死なせたくない。出来ることなら、 これから苦しむ全ての人も救いたい。この命が果てるまで、誰も傷つかなくなるまで……!』

 魔力炉心に傷を負って、まともに魔術を使えなくなっていたのに、トリシエラは私を助けるために戦ってくれた。でも、私以外は助けることが出来なかった。トリシエラは今でも、そのことを気に病んでいる。自己を犠牲に戦えなかったことに、罪悪感を感じているのだ。

 ライエの言い分は――私にはまるで、トリシエラの苦悩を肯定されたように感じた。

「助けたいのに助けられない――それがどれだけつらいのか、ライエには分からないの!?」

理解わかるけど分からないね。共感と理解は、感情と思考でカテゴリー別なのさ!」

 ライエの腰から伸びる二つの『海百合』と、私の『夜空』の腰帯がぶつかった。衝撃で腰帯の『夜空』が雪のように舞い、『海百合』は悲鳴をあげるように羽枝を蠢かした。

 ネリネが『触物』を抑えているうちに、ライエを倒そうと、私は腰帯を四本すべて使った。だが『侵食』の性質を持っているはずののに、それらは『海百合』を切断も破損もできない。

(あれは何の魔術なの……!? 硬すぎて『夜空』でも壊せないっ!)

 私の考えを読み取ったのか、ライエは嘲笑のような笑みを見せた。その視線は私ではなく、私に魔術を貸し与えたトリシエラを見ているようだった。

「サヨじゃ無理だよ。だって――トリシエラは、私に敗けているんだから」

「え――――」

 戦闘中だというのに、脳みそが完全に止まってしまう。呼吸の仕方も忘れて、息苦しい。耳を塞いだように音が凪いでいた。

(トリシエラが……ライエに、敗けた……?)

 本当かは分からない。ブラフの可能性だってある。

 それなのに、頭は否定の言葉ばかりを探して、戦いのことをすっかり忘れてしまっていた。

 だからライエが目前まで来ていたのに、すぐには反応できなかった。

 黒衣箒ローブルームを『海百合』で打ち付けられ、私は車両に撥ねられたように吹き飛ばされた。座席が空に投げ出され、息を潜めていた綿埃が舞い上がる。背中に残る痛みも、憧憬が負った傷ほどではなかった。

(ダメだ、今はライエに集中しないと―――っ!)

 私の両足を押し潰そうと、飛び上がった『触物』を腰帯で切り裂いた。ぼたぼたと落下する体液と臓物のスプラッタなカーテンに遮られ、ライエの姿を見失ってしまう。

 まさかネリネの方に―――。

 そう思って、私は『触物』を相手にするネリネに視線を向けた。私たちの視線が交錯する。ネリネはずっと遠くにいるのに、その瞳に映っているライエが見えた気がした。小さく開いた口が私の名前を呼ぼうとしている。

 私は黒衣箒ローブルームを翻しながら、背後に腰帯を伸ばしつつ振り向く――だがそれより早く、ライエの『海百合』が私の身体を切り裂いた。『海百合』の白色は、黒衣箒ローブルームの夜空色を抉っていた。

 失いそうになる意識を憧憬で繋ぎとめ、私は腰帯を乱雑に振り回す。

 ライエは軽々とそれを躱すと、ネリネの方に駆ける。私が傷を負ったこれに乗じて、ネリネのことも片付けるつもりなんだろう。実際ライエの狙い通り、私が伸ばした腰帯の『夜空』は、痛みのせいで明度は落ち、簡単に『海百合』に弾かれてしまった。

「ネリネっ!!」

 私の悲鳴のような声に呼ばれ、ネリネはゆっくりと目を伏せた。

 それは諦めるというよりは――アルバムのページをめくるように、過去を思い出しているようだった。

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