第9話 トリックスターの観劇

 次の日は、世界に幸福だけが満ちていると思えるような、澄んだ空が広がった晴れだった。雨上がりの嫌な湿気は、からっとした日差しに稀釈され、水たまりが青空と白い雲を色鮮やかに反射していた。

 庭園出身者の肉体は、花栽培ガーデニングを受け続けた副次効果として再生力が常人よりも高いようで、ハナニラに空けられた複数の風穴は、傷跡も残さずに一晩ですっかり完治した。

「でも、花庭園ガーデンに繋がる通路は、どうやって探しましょう?」

 ネリネが調達してくれていた私服に身を包み込み、私たちは警察官がいないか注意しながら、花庭園ガーデンに繋がっていそうな路地を探し回っていた。ぽかぽかと温かい日光の下を歩くウィーンの人たちの表情は朗らかで、それを見ていると、昨日の戦いは嘘だったんじゃないかと思えてくる。具体的な捜索方法が思い浮ばず思案するネリネに、私はトリシエラから聞いた手法の一つを言ってみる。

「うーん……前にトリシエラが言ってたのは、街中にある花庭園ガーデンは協力関係にある仕入れ業者がいるって言ってたっけ」

「仕入れ業者って……なんの仕入れですか?」

「ご飯だよ。被験花ひけんか花師ガーデナーたち、それだけの人数分の食料を毎日買ってる人がいたら目立つでしょ? だから、仕入れ業者と結託してることがあるんだって。あと、それより狡猾なやり方として――レストランを経由する方法がある」

「つまり……毎日食材を買い込むレストランに、花庭園ガーデンの必要分も一緒に購入させて受け取ることで、仕入れ業者にも気づかせないようにするってことですか」

 ネリネの付けた結論に、私は肯定の意を以て頷いた。

 事前に見た資料では、ウィーンのレストランの多くは市場から食材を仕入れているそうだ。

 だけど市場からすると、花庭園ガーデンによる被験花ひけんか調達の誘拐は、治安悪化と地元客の減少というデメリットしかない。市場の人間が、花庭園ガーデンに食料を供給しているとは考えづらい。

 ……となると、やはり一番可能性は高いのは、どこかのレストランが花庭園ガーデンの分まで食料を買っていると考えるのが妥当だろう。花庭園ガーデンが地下にあるなら、レストランの地下と繋げたら誰に見られることなく食料の譲渡も可能になる。

「なら問題は、どこのレストランかですけど……ウィーン中のレストラン、一つ一つに当たるのは現実的じゃないですよね」

 難しい顔をして、ネリネは顎に手を遣って考え込む。私もそれに同意し、腕を組んで渋面を作る。

「そうだよねぇ……。あっ、でも、可能性の高そうなレストランは絞れるかもよ? 例えば、ヒルダさんみたいな元魔女とか、異生命を憎んでるとか……お金で買収されたか……うぅん、ごめん、全然絞れないや」

 増えすぎた選択肢を捨てるように、首をぶんぶんと振った。それを見てネリネが苦笑した。

花師ガーデナーを捕縛して聞き出す……のも無理ですね。昨日の今日じゃ被験花ひけんかの調達なんかしないでしょうし……まず絶対に、答えてくれなさそうです」

「あーあ、ライエなら教えてくれそうなんだけどなぁ」

 未だ目的が判然としない、謎の花師ガーデナーの名を私は声に出した。

 市場で子どもを攫おうとしたり、私やネリネと戦ったことから、ライエが私たちの味方でないことは確かだ……でも、花庭園ガーデンの存在を主張するような強攻に出て目立ったりと、花庭園ガーデンの味方でもない気がする。わたしたちの味方じゃないけど、敵の味方でもないというか。

 ライエは何を考えているんだろう。いったい、彼女は何が目的で―――。

「なあなあ、昼ご飯は天辺にある歌劇場で食おうぜ」

「はあ、劇場? なんでそんなところで食うんだ。市場の周りの方が旨いもんあるだろ」

 通りすがりの観光客の青年たちが、楽しそうに談笑しながら私たちとすれ違っていった。

 そこで、天啓めいた回想が、痛みを伴って私の思考に奔った。

『痛ったいなぁ……。まさか、もうウィーンに異端審問官インクイジターが来てたとは思わなかった。警察から弾劾戦線リアフロントに要請でもあった? それとも、ただ観光に来てただけ? だったら国立歌劇場をお勧めするよ。あそこのミュージカルは、暇つぶしにはもってこいだからね』

 異端審問官インクイジターの味方ではないが、花庭園ガーデンの味方でもないライエ――彼女と初めて会った時の、最初の会話が自然と思い出された。

 急に立ち止まり、青年たちの方を見て固まっている私を、ネリネが不思議そうにのぞき込む。

「……サヨ?」

「……まさか……ライエは、私たちを花庭園ガーデンに呼ぼうとしてるの?」

 ここにはいないライエに向かって、私は動揺で声を震わせながら囁いた。

 異端審問官インクイジター花庭園ガーデンに呼び寄せることが、ライエの目的だとすれば――全部、辻褄は合う。

 わざと目立つように子どもの誘拐を敢行したことも、私に花庭園ガーデンの所在を匂わせたことも。

「ネリネ。ウィーン国立歌劇場に行ってみよう」

 青年たちの後を追うように歩き出し、その道中で、ネリネに私がそう思った理由を話した。

 もしも本当に、ウィーン国立歌劇場に花庭園ガーデンがあるなら――花師ガーデナーであるライエはどうして、花庭園ガーデンが不利になるようなことを私に伝えたのか。

 頭上から温かい陽光が振り撒かれ、あらゆるものが光沢を帯びる鮮やかな昼の世界で、ただ足元だけが、ライエの生白い掌の上を歩いているような錯覚に苛まれた。



「ここが……ウィーン国立歌劇場」

 私たちがやって来たのは、壮麗な宮殿のような建物だった。アイボリーカラーの体躯の上に花緑青の屋根が乗り、馬に乗った騎士の銅像がこちらを見下ろしている。道路で境界線を引き、他の建築物を寄せ付けず凛然と佇む姿は、王冠のような気品と近寄りがたさを併有していた。

 ウィーンを走る路面列車は、頂上であるこの場所に全て集まるようになっている。そのため路面列車の操車場も近くに置かれており、道路には四輪車両霊装よりも、路面列車の方が多く見受けられる。しかし、国立歌劇場の正面は観光のために歩行者天国が形成されており、たくさんの歩行者で賑わっていた。

 そして、その中に混じって警察官も配備されていた。ここが本当に花庭園ガーデンに繋がっていると、疑惑が私たちの胸中で少しずつ膨れていく。

「わたし、変じゃないですか……? 馬子にも衣装っていうか……」

 自信なさげに服装を見下ろして、周囲の視線を窺っているネリネに私は首を振った。

「そんなことないよ。ネリネは凄く似合ってる」

「あ、えっと……あ、ありがとう、ございます」

 国立歌劇場の前に立つ私たちの服装は、昼間まで着ていた私服からは一転、ドレスコードに則ったちゃんとしたドレス姿になっていた。

 ウィーン国立歌劇場を調査しようと私たちは考えたけど、中に入るにはしっかりとした服装でなければいけないと知った。そういうわけで、私たちは巡回する警察官の目を盗みながら、ドレスショップに行ってちゃんとしたドレスを購入して、この場所にやって来たわけだ。

 ちなみにドレスは、かなり値引きしてもらえた。一昨日、わたしがライエから助けた女の子がそのお店の娘さんだったようで、店主さんには死ぬほど感謝された上に、ウィッグや化粧までサービスしてもらえたのだ。

 私から誉め言葉を貰って、ネリネは気恥ずかしそうに肩を窄めた。

 今のネリネは金髪のウィッグ(変装用)を被り、淡い青色のドレスに身を包んでいる。アイラインを引いて目力を強くし、煌くルージュで唇を紅く彩っているので、いつもの幼い雰囲気は引っ込んで、女帝のような気丈さを感じさせる風貌をしている。そんな姿でおどおどするものだから、そのアンバランスが可愛らしい。

「私の方こそ大丈夫かな? 黒が好きだから選んだけど……ちょっと、黒すぎ?」

 今度は自分のドレスに、私は目を落とした。

 普段は髪を下ろしていた私は髪を後ろで結び、光沢のある黒いドレスを着ることで大人びた雰囲気を纏っていた。背中が大きく開かれてるのは恥ずかしかったけど、契約の刻印が見える胸元を露にするよりかはマシだろう。

 しかし、それはそれとして、髪色も黒だから全体像がカラスっぽくなっている気がした。

「たしかに、黒以外にも何か欲しいような……あ、そうだ。サヨ、少し後ろを向いてください」

「うしろ? いいよ」

 私が後ろを向くと、背後で魔術が使われる気配を感じられた。それから、ネリネのひんやりとした手が私の首元に触れ、なにかを絡みつけた。手に取って、顎を引いて見てみる。それは金色のチェーンネックレスだった。

「わたしの魔術で作ってみました。どう、でしょうか……? デザインも、少しアクセサリーっぽくしてみたんですけど……」

 たしかにデザインも、ドアの施錠に使うような武骨で太いものではなく、蜘蛛の糸のような細くて華奢な可愛らしいものだ。少し力を加えただけで千切れてしまいそうな、嫋やかな脆さがフェミニンな印象を深めている。

「すごい綺麗……! ありがとうネリネ。これ、大切にするよ」

「えっ……! いえそんなっ、それは今付けるように、急ごしらえで作っただけの物で……!」

「それでも私は嬉しいよ。それとも……後で返した方がいい?」

 顔色を窺うように尋ねた私を見て、ネリネは慌てたように手をあわあわと動かした。そして明後日の方に視線を逃がしながら、雑踏に掻き消されそうな小声で囁く。

「あ……いえ、その……サヨが貰ってくれるなら……わたしも、嬉しいです」

 ネリネは口元をもにゃもにゃ動かしながら、少しだけ赤くなった頬を髪で隠した。

 街中を警察官が巡回していたせいで、ドレスアップを終えてここに来るまでの間に――午前中はネリネの防護魔術の起動を待っていた――予想以上の時間を費やしてしまい、時刻は既に午後四時を回っていた。日差しには淡い橙色が混ざり始め、ウィーンの街は熟れるように赤みを得始める。

「そろそろ行こう。警備員に尋ねられた時に見せるように、チケットも買わないとだし」

「はい。花庭園ガーデンに繋がる道の捜索……始めましょう」

 出入口を警備する警察官の間を、出来るだけ平静を装って通過する。一度通り抜けて他の人たちに紛れてしまえば、緊張感は呆気ないほど緩んで消失した。

 受付でチケットを買った私たちは、歌劇場の中へと足を踏み入れる。

 外見に劣らず、内装もまた宮殿のように豪奢だった。床や壁は橙色の間接照明を映えさせる大理石で出来ており、柱や手すりには瀟洒なデザインが為され、天井には細緻な彫刻が彫られている。大理石のせいか空気は少しひんやりしていたけど、観劇を楽しみにする人たちの熱量によって段々と温められているようだった。

「なんかわたし、場違いな気がしてきました……」

「大丈夫、私も今そう感じてる……」

 壮麗な雰囲気に圧されながらも、私たちは通を装って堂々と館内を歩き回る。チケットは、あくまで係員や警察官に尋ねられた時に、怪しまれないようにするためのフェイクだ。本当に観劇する気なんて勿論ない。出来るだけ公演前の、館内が人で溢れているうちに花庭園ガーデンに繋がっている道を探したかった。出入口で貰った館内マップに目を落としながら、私は首を捻る。

「うぅん……従業員用の通路に、花庭園ガーデンに繋がる道があると思うけど……これ、どっちが上?」

「地図読むの苦手なんですね……」

 ネリネに館内マップを手渡して、二人で目を落としてあっちだこっちだと視線を往復させる。

 ――と、そこで。

 ウィーンに来た初日に感じ取った、名状し難い感覚が私の中で起こった。

 運命的な出会いに噴出する衝撃、はたまた、自分の同位体に出会ったことで弾ける拒絶反応。

 館内マップから顔を上げる前から、私の前に誰がいるのか、心の深いところで理解っていた。

 踊り場を視点に、左右に階段が分裂している――両階段。その踊り場に立ち、女は私たちを見下ろしていた。

 病的なまでに白い肌は、艶めかしいというよりも生々しい。大胆に肌をさらけ出すデザインのドレスは、彼女の肢体を惜しみなく人々の目に晒している。だが、そこにあるのは女性的な柔らかい美しさだけでは終わらず、食虫植物のような蠱惑的かつ攻撃的な毒性を孕んでいる。

 それを察知しているのだろう――男たちは彼女を熱い視線で見るものの、本能で感じ取った恐怖のせいか、どこか身体は強張らせ避けているようだった。

 悠然と、彼女は階段を一段ずつ降りて、私たちの前で立ち止まった。姿勢や重心の置き所、どこを見ても殺意も警戒心も抱いていない。一昨日、殺し合ったことが嘘のような、親近感を感じさせるような態度だった。

「一昨日ぶりだね。いやあ、生きていてくれて本当に良かったよ。心臓を潰したってハナニラが言ってるのを聞いた時なんか――もうねぇ」

 演技めいた調子で両手を広げ、ライエは毒が滴っているような含みのある笑みを浮かべた。

「取り敢えず、観劇でもしながら話そうか。でないと、ハナニラに見つかってしまうかもよ?」

 罠である可能性は勿論あったが――私たちにヒントをくれるライエと話せるのだから、そう悪い提案ではなかった。案内されたのは、ホールの端にある三階の小さな関係者席だった。

 周りには、私たちとライエ以外は誰もいなかった。私の右側にネリネが座り、左側にライエが腰を下ろした。すぐにホールは暗闇に包み込まれ、カーテンコール経てオペラが始まる。

「私が初日に言ったヒントを、覚えていてくれたみたいで良かったよ」

 肘置きに置いた左手で顎を支え、ライエは壇上に視線を固定したまま話し始めた。

「それに、ハナニラにも殺されなかったみたいだし」

 私のことを思い遣ってくれる姿勢に、心を堅固にしていた戦意が緩んでいくのを感じた。

「……どうして、ライエは私に親切にしてくれるの?」

「ん? 私の親友と同じ名前だから」

「なにその理由!」

 思わず大きめの声で突っ込んでしまった。下層の人からすごい見られた気がする。

 私の調子を真横で見ていて、ライエは上機嫌になりながら笑いを抑え込んだ。

「状況は佳境に入ってる。花庭園ガーデンの場所を見つけ出した君たちは、あとは〈泥濘の魔女〉よりも先にハナニラを打ち倒すだけだ。つまりは、どっちが先に花庭園ガーデンを潰せるかの競争。単純な戦況だね」

「でも、ライエの目的だけが分からない」

 物語るような仰々しい口調で述べたライエに、私は呻くような低い声で呟いた。

 私たちが置かれている状況は、たった今、ライエが説明した通りだったが――でもただ一人、ライエのいる位置だけが不明瞭なのだ。私たちの味方になってくれるのか、敵なのか……直接会えた今だから、はっきりさせておきたかった。ライエはお道化るように、両手の平を見せた。

「トリックスターの立場なんかそんなものさ……と、曖昧にしておく必要ももうないし、サヨには言っておこう。私の目的を。というか、お願いだね」

「お願い?」

 ライエは無垢で穏やかな表情から一転、忌々しいものを嘲笑うような酷薄な笑みを形作った。

「私の目的は――君たちには、ハナニラの花庭園ガーデンを潰して欲しい」

 一瞬、言われた意味が分からず完全に呆けてしまった。隣で黙って話を聞いていたネリネが、電流に痺れたように身を前のめりにして、私の代わりにライエに尋ねる。

「……仲間割れ……ってことですか」

 もっとも高そうな可能性を挙げたネリネに、ライエは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「それは希望的観測だね。私が君たちの味方になることは決してない。むしろ私は、君たちがハナニラよりも優先して処断しなければいけない相手だよ」

 剪定者プルーナーよりも重用な立場なんて思いつかず、怪訝な顔をする私たちにライエは告げる。

「私は大花庭園グランドガーデンから派遣されてきた、抜擢者だ」

「なっ……!」

 驚愕で漏れたその声が、自分とネリネのどちらものか判らなかった。

 世界中の花庭園ガーデンを統括している上層組織――大花庭園グランドガーデン

 どこにあるのか分かっておらず、そこで何がされているのかも判っていない完全なブラックボックス。弾劾戦線リアフロントがずっと追っている元凶。私も、剪定者プルーナーをヘッドハンティングする抜擢者の存在は知っていたが……まさか、初任務で目の前にすることになるとは思わなかった。

「ライエは……すごい人なの?」

「……すごい人、ね。悪人に対してそれ言う?」

「あっ……」

 声を漏らして口を塞ぐ私を見て、ライエは愉快そうにくつくつと笑ってから、続ける。

「ここの前任者は無能でね。被験花ひけんかをいたずらに殺すわ調達しまくるわで、バレるのも時間の問題だった。だがハナニラがそいつを殺して、剪定者プルーナーの地位を簒奪してからは流れが変わった。警察署長を謀殺してヒルダにすげ替え――負傷者、死者数をゼロに抑えたまま成功体を四人も作り出した。ハナニラは、大花庭園グランドガーデンにいる有象無象よりもよっぽど優秀だ」

 死者数ゼロで成功体を四人という事実に、私とネリネは驚愕で息を呑んだ。

 花庭園ガーデンの実験は、精神的のみならず肉体的にも多大な苦痛がもたらされる。長年の花栽培ガーデニングで筋肉が壊死して身体を欠損する子もいれば、驚くほど簡単に死ぬ被験花ひけんかもいる。

 そのくせ実験の成功率は――契約の刻印を獲得する成功体は、ほとんど輩出されない。

 多くの花庭園ガーデンがそんな低劣な常態なのに、ハナニラの花庭園ガーデンは負傷者も死者数もゼロで、成功体を四人も作り出したのだ。

 大花庭園グランドガーデンとしては、辺境の小さな花庭園ガーデンで腐らせておきたくない才能だろう。

 だからこそ……なおのこと分からない。

 抜擢者のライエが、ハナニラの花庭園ガーデンを潰す理由が。

「だが、私はハナニラを見限ろうと思う」

 私の疑問を悟ったのか、ライエは先に答えてくれた。

「彼女は剪定者プルーナーとしては優秀だが、所詮はそこ止まりだと判断した。だから、いらない」

 砂漠よりも乾ききった、虚無に転じそうな目でライエは吐き捨てた。私の右隣に座っていたネリネが、不快感に眉尻を上げ、厳しい目でライエを見た。。

「自分たちの思い通りにならなかったからって、そんな勝手なこと……ッ!」

「それが組織というものじゃないか。組織とは、同じ目的を達成するために複数人が協力する共同体なのだから、それに沿わない奴が切り捨てられるのは順当だ」

 いつの間にか、演目も終わりを迎えていた。拍手と共に天幕が降り、観客たちは感想を言い合って余韻に浸りながら、次々とホールを後にしていく。ライエも椅子から立ち上がった。

「まあ、私の目的は以上だよ。最後に何か、聞きたいことはあるかな」

 椅子に座っている私を見下ろして、ライエは鷹揚な態度で尋ねてきた。

「……アネモネは、無事なんだよね?」

 井戸の底を覗き込むような、好奇心と恐怖心が綯い交ぜになるような気持ちで訊いた。

 アネモネが生きているということは、確信してる。だけど……花栽培ガーデニングを受け続けた被験花ひけんかが、身体や精神を壊してしまうことは、私のいた花庭園ガーデンでもあったことだ。

 だから、アネモネが無事なのかどうかを、聞いておきたかった。

「……やっぱり君が、ミモザだったんだね」

「え……?」

 問題に正解したように、合点がいったと言いたげに、ライエは意地悪な笑みで口の端を吊り上げた。

「ああ。今のところ彼女は無事だよね。そう、今のところは……ね」

 その含みのある言い方を受けて脳裏に過ったのは、ハナニラがアネモネを殺める光景だった。

 立ち去ろうと歩き出したライエの背中に、私は慌てて椅子から立ち上がって言葉を投げる。

「ライエは……私たちと、戦うことになるんだね」

 ライエは決して、私たちの味方というわけではない。もうハナニラに執着がないと言ってるだけで――どうでもいいと言ってるだけで、ライエ自身の立ち位置は、変わらず花庭園ガーデン側だ。

 だから私たちは、ハナニラと〈泥濘の魔女〉だけでなく――ライエのことも、倒さなければいけないのだ。

 最終確認を取るように決然と立つ私を見て、ライエはふっと不敵に笑った。

「君たちじゃあ、私とは戦いにならないよ」

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