第11話 ヘイ彼女!オレ達とお茶しない?
現在の時間は午前10時。場所は駅前の広場。俺はどうしてこんな所に一人で突っ立っているのでしょうか?
道行く人々をなんとはなしに眺めながらひとりごちる。約束の時間は10時だったが呼び出した相手はまだ来ていない。呼び出しといて遅れるなよ。
呼び出した相手を内心で罵倒していると横から声をかけられた。
「悪いハル!待ったか?」
「今来たところ……な訳ないだろ。待ち合わせに遅れていいのはオシャレしてきた女子だけだ。何してた夏川……って誰だあんた?」
声に反応して呼び出した相手である夏川に文句を言いながら顔を向ければそこにいたのは金髪にサングラスをかけたチャラそうな男。いや、マジで誰?
「誰って夏川だよ夏川!見りゃ分かるだろ!」
「分かんねぇよ。この前まで黒髪だったし、サングラスかけてるところなんか初めて見たわ。何?イメチェン?」
「おうよ!どうだ?イケてるか?」
そう言ってポーズを決める夏川。割と様になっているのが腹立たしい。
「はいはい、イケてるイケてる。そんで?イメチェンを披露する為に呼び出したのか?わざわざオシャレしてこいなんて指定して」
普段のメンバーで遊ぶ時はそこまで服に気を遣わない。もちろん恥ずかしくない程度の服装はしているが、小物や靴なんかまでは気を遣わない。
「ふむ。確かにいい感じだが物足りないな」
何やら俺の服装を見て頷いていた夏川は何故かバックからワックスを取り出すと俺の髪をいじりだした。
「おい」
「いいからいいから。よし!あとはこれもっと…」
満足のいく髪型にできたのか俺の髪から手を離した夏川は今度はサングラスを取り出して俺にかけた。
「いいねー!決まってるねー!イケてるぜハル!」
「イケてるじゃねぇよ。いきなり何してんの?」
人の見た目いじって何がしたいんだこいつ。結局なんで呼び出したんだ?
「ナンパしようぜ!」
「じゃあな」
「待て待て待て!いきなり帰るなよ!」
「うるさい!こんな所に居られるか!俺は家に帰る!」
「その言い方だと死ぬぞ⁉︎」
帰ろうとする俺に縋り付いてきて止める夏川。駅前の広場で人目を気にせず騒ぐバカ二人。冷静になると恥ずかしくなってくる。
「ナンパなら一人でしろよ。つーかなんでナンパしようと思ったんだ?」
「新しい出会いが欲しくてな。オレは可愛い子ちゃんと青春の1ページを刻みたい!ハルを呼んだのは女の子も一対一より二対二の方が安心できると思ったからだ」
「女子とならよく遊んでんじゃん」
氷上や吉崎、最近は彩音と小唄ちゃんもか。そう言ってやると夏川は真面目な顔をして言った。
「小学生二人は論外として。オレは巨乳のお姉さんと一夏のアバンチュールを経験したい!まな板や普通乳じゃなくてな!」
「今は夏じゃなくて春だけど。あとぶん殴られるぞ」
誰にとは言わないが。
「趣旨は分かったがこの格好はなんだよ?」
「いかにもナンパし慣れてそうだろ?女の子だって不慣れな感じに声をかけられるより慣れた感じで声をかけられる方がいいんじゃね?」
「そうは思わんが…」
サングラスかけたチャラ男にナンパされたら逃げない?
「とにかく行くぞ!さあ、レッツナンパだ!」
そう言ってテンション高めで街に繰り出す夏川の後ろを着いて行く。まあ楽しそうなのは結構なことだ。結果が伴うかは知らん。
「ヘイ彼女!オレ達とお茶しない?」
「ごめんなさい」
そう言って巨乳のお姉さんは足早に去っていく。開幕初戦は一言でぶった切られた。対戦ありがとうございました。
「………」
「いつの時代の誘い文句だよ」
話しかけた時のポーズのまま固まってる夏川に突っ込む。あの誘い文句で釣れる人いるの?
「ふっ、まあ最初からうまくいくとは思っていなかったさ。何事もトライアンドエラーが大事だ」
夏川再起動。懲りずに次のターゲットを探し始める。
「君可愛いね。オレ達とお茶しない?」
「嫌です」
「ねえ君達、僕らと遊びに行かない?」
「他を当たって下さい」
「あなたの美しさに惚れました。ぜひ私と一夏のアバンチュールを」
「キモッ」
「………」
「見事に全敗だな」
流石に怒涛の連続失敗は堪えたのか夏川のテンションが下がっている。
「なぜだ…金髪にサングラスだとナンパ成功率が上がるって書いてあったのに…」
「それどこ情報だよ?」
ぶっちゃっけ普段のままナンパした方が成功率高いと思う。夏川は顔は良いし。
「くっ!こうなったら別に巨乳じゃなくてもいい!顔さえ良ければ!」
「びっくりするほど俗物的だな」
再起動した夏川はハードルを下げて……下がってるか?とにかく多少は好みから外れててもナンパするらしい。気の済むまで好きにやってくれ。
だがその後もなかなかナンパは成功しない。いい加減諦めたら?
「まだだ!まだ終わらんよ!」
「その情熱はどこから来てんだよ」
そろそろ飽きてきたんだけど?腹も減ってきたし。
「こうなったらもう誰でも……おっ、そこのお嬢さん達!一緒にランチでもいかが?奢る…よ……やべっ…」
近くを通りかかった二人組に声をかけた夏川だがその声は尻窄みになっていった。どうした?
「えっ?私達?」
「ほう?白昼堂々とナンパですか」
もはやろくに相手を確認しないままナンパし始めた夏川が声をかけたのは二人で出かけていたらしい吉崎と氷上だった。何してくれてんの?
(なにしてんだ夏川!相手くらい確認しろよ!)
(すまん!まさかあいつらがこんな所にいるなんて…)
こんな格好してナンパなんてしてるのがバレたら……弄られる!
(落ち着けハル!幸い普段と違う服装や髪型をしている上にサングラスをかけているんだ。堂々としていればバレないだろ⁉︎)
(それもそうか?あとは声だけ気をつけてれば大丈夫…か?)
「ナンパしてきたくせに何をコソコソと話しこんでるんですか?」
最初に声をかけた後、小声で相談している俺達を氷上が訝しむように見ている。
「いや〜君達が予想以上に可愛くて尻込みしちゃったよ」(高い声)
「ぐっ…!」
夏川が普段より高い声で話すものだから思わず吹き出しそうになってしまった。もうちょいマシな声にしてほしかった。
「ナンパしてきたくせに情け無いですね。まあ私達が可愛いのは事実ですが」
そう言ってふんすと胸を張る氷上。胸を張っているのに大して主張しない胸には涙が出ますよ。
「……なにやら不快な視線を感じました」
「き、気のせいじゃないか?」(低い声)
「ぷっ」
夏川が少し吹き出したが無視。あかん、これ以上会話してると笑い出しそう。なんとか会話を切り上げないと…。
「えーっと。ごめんなさい、私達はもう行きますので」
吉崎がそう言って立ち去ろうとする。よし!ナイスだ吉崎!
「まあいいじゃないですか真白先輩。ちょうどお昼にしようとしてたんですし奢ってもらえば」
「瀬奈ちゃん⁉︎」
おいぃぃぃぃ!何言ってんの氷上⁉︎こんな怪しい奴らに着いて行こうなんて何考えてんだ⁉︎お兄さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ⁉︎(錯乱)
「さあエスコートして下さい」
「えぇ…」
「ちょっと瀬奈ちゃん⁉︎」
俺達が戸惑っていると焦った様子の吉崎が氷上の袖を引く。そのまま連れてってくれないかな?
「まあまあ、落ち着いてください真白先輩」
「落ち着けないよ!何考えてるの⁉︎」
「ご飯を奢ってもらうだけですから大丈夫ですよ。ほら、行きますよ」
そう言ってまだ戸惑っている吉崎を連れて歩き出す氷上。エスコートはどうした?
「……行かなきゃダメかこれ?」
「……ダメだろ」
溜め息を吐きながら氷上達の後ろを着いて行く。バレなきゃいいなぁ…。
________________________
奢りだからとお高い所に連れて行かれるかと思ったら着いたのはランチもやってる小洒落た喫茶店だった。
渋いマスターに案内され奥の方の席に座る。いい雰囲気の店だな。
「ごゆっくり」
マスターは見るからにチャラそうな俺達にも何も言わず、丁寧なお辞儀をしてカウンターの方へ去って行った。
「素敵に渋いな。オレもああいう年の取り方をしたいものだ」(高い声)
「あなたには無理じゃないですか?」
「ああ、無理だと思う」(低い声)
「酷いなお前ら!」(高い声)
事実を言ったまでだ。というか氷上は怖いもの知らずだな。隣で居心地悪そうにしてる吉崎を見習え。
「真白先輩は何にします?」
「瀬奈ちゃんはなんでそんなに普段通りなの?」
夏川をスルーしてメニューを眺めていた氷上に吉崎が戸惑っている。
「真白先輩がビビり過ぎなんですよ。ナンパ男なんて雑に扱うくらいでちょうどいいんです」
その意見には賛成だが、そのナンパ男が目の前にいる状態で口にする氷上には脱帽だ。俺達じゃなかったら色んな意味で襲われたかもしれんぞ。
氷上の将来を心配しつつ注文を済ませる。店員が去って行くと沈黙が舞い降りた。
「………」
「………」
「……何を黙っているのですか?ナンパ男ならこういう時にこそ軽快(笑)なトークスキルで場を和ませてください」
「めっちゃ煽ってくるな…」(低い声)
下手に会話すると正体がバレそうだから黙っていようと思ったがそういう訳にもいかないようだ。
「えーっと、ご趣味は?」(高い声)
「お見合いか」(低い声)
「ぷっ」
「ふふっ」
話題に困った夏川が趣味なんて聞くものだからついツッコんでしまった。氷上だけでなく吉崎にも笑われる始末。
(なにがご趣味は?だよ!他になかったのか⁉︎)
(しょうがないだろ⁉︎正体がバレるかもしれないから普段通りの会話する訳にもいかないし。そうなると話題に困るんだよ!ハルが手本を見せてくれ!)
(しょうがないな。俺の華麗なトークスキルを見せてやろう)
「えーっと、今日はいい天気ですね」(低い声)
「そうですね」
「………」
「………」
会話終了。俺に華麗なトークスキルはなかったらしい。
(二秒で終わってんじゃねぇか!)
(無理だわこれ。とりあえず何でもいいから場を持たせてメシ食ってさっさと解散するぞ!)
料理が運ばれてくるまでの時間がこんなに待ち遠しかったことはなかった。それでもなんとか会話をしているとようやく料理が運ばれてきた。実際には大した時間じゃなかったが、かなり長く感じた。
「おっ、美味そうじゃん!」
「ここは雰囲気も良いし、料理も美味しいのでお気に入りなんです」
「良い店だな。早速いただくか」
「あの…」
「ん?」
料理に手を付けようとしたところで吉崎に声をかけられる。なんだ?
「サングラス外さないんですか?食べづらいんじゃあ…?」
「………」
「………」
「こ、これはあれだ!俺のアイデンティティだから!」
「そ、そうですか…」
夏川が苦しい言い訳をしている。理由になってなくね?
「実際にはそこまで邪魔にならんぞ。ほら、メガネかけたままメシ食うのと同じだし」
ぶっちゃっけ微妙にサイズが合ってなくて下を見てるとずり落ちそうになるから外したいんだが。せっかくの料理も色が分かりづらいし。
サングラスがずり落ちないように注意しながら注文した料理(デミグラスソースのオムライス)を食べていると吉崎から訝しむような視線を感じた。だが俺は目の前のオムライスに夢中だった。
「美味いな。卵はふわトロだし、デミグラスソースもコクがあっていい味だ」
「マジ?一口くれよ!カレーやるから!」
「やだよ。お前は大人しくカレーを食ってろ」
カレーを貪っていた夏川がオムライスを強請ってくるがやらん。なにが悲しくて男とシェアしなくちゃならないんだ。
そんな俺達を見て吉崎が溜め息を吐いた。
「はぁ…。緊張して損した…」
「だから大丈夫だって言ったじゃないですか」
俺達のアホなやりとりに呆れたのかバカらしくなったのかずっと緊張気味だった吉崎が気が抜けたような声を出す。おっと、女性陣を放置したままだった。
「あーっと、オムライス食べる?」
結局話題が見つからずそんなことを聞いてみる。ナンパ男にそんなこと言われても断ると思うけど。
「そうだね、もらおうかな」
「えっ?」
「なに?」
「い、いや、なんでもない。どうぞ」
予想と違って断らなかった吉崎に困惑しつつオムライスを差し出す。取り皿はどこだ。
「あっ、美味しい」
「真白先輩、私にもください」
俺が取り皿を探していると吉崎はそのまま食べ始めた。なんかヤケになったかのように勢いよく食っている。ついでに氷上も。というか自分で注文した料理もあるのに食い過ぎじゃね?俺のオムライスが…。
「……カレーくれないか?」
「やだよ」
結局オムライスが返ってきた時には半分以上なくなっていた。……もう一品なにか頼むか。
その後俺がもう一品注文すると氷上と吉崎は便乗してデザートを頼んでいた。遠慮がねぇ…。
___________________________
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「……おう」
「どういたしまして…」
デザートまで食べてご機嫌な吉崎と氷上に無駄に疲れてテンションの低い俺と夏川。もう帰って寝たい。
「いや〜お昼付き合ってくれてありがとね。そろそろ解散しよっか」
「ご飯食べただけで解散とかナンパ師の風上にも置けませんね。まだまだこれからでしょう?」
「そうだね。ご飯奢ってもらったしもう少し付き合うよ」
「えっ」
解散しようと提案したのに女性陣にまだまだこれからだと言われて夏川が戸惑っている。流石にこいつらが初対面の人間に自分からグイグイ行くようには思わない。薄々感じてはいたが…。
「女の子と遊びたかったのでしょう?付き合いますよ、先輩方」
「そんな格好までしちゃって…。とりあえずサングラス外そっか、ハルに夏川君?」
「なっ…⁉︎」
「やっぱ気付いてたか…」
思わず溜め息が出る。どうせバレるなら最初から誤魔化そうと無駄な努力をするんじゃなかったな…。
「おや?先輩はバレてるって気付いてたんですか?」
「吉崎の態度が途中から変わったからな。あといくらお前でも初対面の相手にあんな態度は取らないと思うし」
「いくらお前でもって酷いですね。私は誰に対しても優しく、慈愛に満ちた、誠実な対応してます」
「草」
プギャーと指差して笑ってやると氷上が突っかかってきたので適当にあしらう。本気で言ってるなら正気を疑う。冗談だよな?
「あはは…。私は最初は気付かなくてビクビクしてたんだよね。だけど瀬奈ちゃんを一人にする訳にもいかないし…」
「まあサングラスかけて髪型変えただけの俺はともかく夏川は金髪になってるからな。というかどこで気付いたんだ?」
「サングラス外さないのか聞いた辺りから声がいつも通りになってたよ。それまで怖くてあまりそっちを見れなかったんだけど、疑問に思ってよく観察したら体格とか顔の輪郭は見覚えあるし、その後のやり取りで確信したかな」
「あー……そういや途中から普通に喋ってたな」
オムライスに気を取られて声変えるの忘れてたわ。
「まったく…。チャラそうな人達にナンパされたと思ったら瀬奈ちゃんは乗り気だし…。怖かったんだからね?」
そう言って吉崎は俺の胸を軽く叩く。すまんな。だけど文句は夏川に言ってくれ。止めなかったから同罪?すみませんでした。
「吉崎は途中で気付いたのは分かったけどよ、氷上はどこで気付いたんだ?」
俺が吉崎に謝ってると元凶の夏川がのんきにそんなことを聞く。お前も謝れや。
「最初からに決まってるじゃないですか。じゃなきゃ流石に着いて行ったりしませんよ」
「マジか…」
夏川が驚いているがそんな気はしてた。どうでもいいけど着いて行くって言うより先導してなかった?
「しかしよく気付いたな」
「観察力には自信がありますからね。ぼっちの必須技能です」
「お、おう…」
ぼっちは人間観察をよくすると聞いたことはあるがコメントに困るわ。それでもすぐに分かったのはすごいが。
「ぶっちゃっけ先輩のその服は前に一度見た事ありますし」
「そういや前に氷上と出かけた時に着たことあったな」
今着てる服は片手で数えられるほどしか着てないが、その内の一回は氷上と二人で出かけた時だ。よく覚えてんな。
「そりゃ覚えてますよ。その服でナンパしてたと思うと少々複雑な気持ちになるくらいには」
「なんでだよ?」
「デートしてた時の服でナンパなんかされてたら当たり前じゃない?」
不貞腐れたように言う氷上に首を傾げていると吉崎が答えてくれた。デートって…。
「二人で出かけることをデートって言うならそうなるんだが、甘酸っぱさとかなかったぞ?」
いつもと同じように軽口を叩き合いなが遊んだだけだ。それにそんなこと氷上だけじゃなくて吉崎ともよくあるじゃん?
そう言うと氷上と吉崎に溜め息を吐かれた。解せぬ。
「ハルは乙女心が分かってないね」
「乙女(笑)」
「あはは……ちょっと今のは頭にきた」
「右頬か左頬かくらいは選ばせてあげますよ?」
余計なことを言ったらビンタされそうになった。暴力反対!
「……先輩には乙女心を分からせる必要があるみたいですね」
「そうだね。それじゃあ実地訓練といこうか。ほら、夏川君も行くよ」
そう言って氷上と吉崎は俺の左右の腕を掴んで街に繰り出して行った。
「……青春してんなぁ」
三人の後を追いかけながら呟いた夏川の声は騒ぐ三人の声に掻き消されて消えていった。
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